学校祭
狼くんと一緒に試作を重ねに重ねた野菜ジュースとデザートは予想以上に好評で、学校祭で使われることになった。それからも、どうしたらコスト削減できるかとか他クラスに負けないような仕上がりになってるかと改良を重ねた。
駆け抜けるように時間は進み気がついた時には学校祭を迎えていた。
「待ちに待った学校祭です!初めてですので、次回に生かせるようにまた後悔のない様にやりましょう」
浮わついた心の皆に私の声は聞こえたか分からないけど、出来るだけ大きな声で話した。
ざわざわと騒がしい皆は各々の作業服に身を包んでいた。ステージは何やるのか知らないけど、トリッキーな格好の人からふわふわのドレスを着てる人までいる。
私はステージ発表の人じゃなくて、クラス展示かつ店番だから制服にエプロンをつけて廊下に出た。
うーん。これだといつも家にいる時と対して変わらなくって新鮮味にかけるなぁ。ま、誰も見ないから良いのかなー。
エプロンの端を摘まみながらくるくると回っているとくんっと、頭に重さがかかった。
髪の毛が引っ張られたのだ。
「わっ……」
「おはようなのです。幼女」
「あ、おはようございます」
振り向くと学年代表が私の髪の毛を握っていた。
けれど、前に名前を教えてもらったのに思い出せないからもにょもにょと唇を尖らせた。
その姿を見た彼女は空中に丸を描いた。
「鶴丸麗」
ぼそりと呟くようなその言葉で全てを思い出した。彼女は学級代表で鶴ちゃんだってことを。
「鶴ちゃん!!」
「ん。ちゃんと覚えるのです」
「それで、今日はどうしたんですか?」
今だ髪の毛を掴んだままの鶴ちゃんの顔を覗きこむ様にして聞くと鶴ちゃんは目を丸くしてから顔を赤くした。
「あっ、あ、ああ。そうなのです。今日の学校祭に一緒に回れるか聞きに来たのです」
「あー、私ね。今日はずっとクラス展示につきっきりだから行けないんです」
ふっと、私は笑ったはずなのに鶴ちゃんは悲しそうな顔をした。
「そ、そ、うなのですか。なら、仕方がないのです」
「ごめんなさい。来年は一緒に回りましょうね」
「その言葉信じますからね」
キラーンと目を輝かせて鶴ちゃんは笑った。
さっきまでは悲しそうな顔してたのにコロコロ変わるなぁ。
「はい」
「それでは、私も仕事があるのでこれくらいで失礼するのです!」
そう言うと鶴ちゃんは風の様に去っていった。
「凄い忙しい人なんだな」
「……今の話、本当か」
「わわ!?」
後ろから低い声が聞こえて振り向くと狼くんが立っていた。
私が驚いたのがショックだったのか少し目を伏せている。だって、皆後ろから声かけるから驚いちゃうのは仕方がないんだよ。
「ごめんね。で、どのこと?」
「……凛子さんがずっとクラスにつきっきりってこと」
「うん。そうだよ。だって私は学級代表だもん」
「俺も代表だけど言われてないし、俺が凛子さんと一緒にいる時間が少なくなる」
「そんなこと別に良いでしょ?だって…」
だって家でも会えるし。それに一緒にいようと思えばいつでもいれる。
そう言おうとしたのに言うことは叶わなかった。
狼くんが力強く私の腕を掴んだから。
凄く痛い。けど、離して、止めてなんてそんなこと言えない雰囲気が私達の間に生まれた。
狼くんの冗談じゃなく真面目に怒っているのが、腕を通じてひしひしと伝わってくる。
何で怒ってるの。私が変なこと言ったから?何が狼くんの気に障ったの?
ぐるぐると考えることの結末は全て『私は狼くんに嫌われた』で、嫌で、怖くて現実を見たくなくて、更に考える。
「……いっ」
狼くんは手の力を更に強くした。ぎりっと、私の腕が悲鳴をあげる。
でも、私は知っている。この力が狼くんの持つ力のホンの数パーセントでしかないことを。狼くんが本気で掴んだりなんかしたら、私の腕が破裂する。
だから、怒っていても配慮は忘れない狼くんの心遣いに今にも謝りたくなった。
「……凛子さん」
腕の力とは反対に声はか細くって今にも泣きそうだったから、私が苛めている気分になった。
「俺は、『そんなこと』にしたくない」
意味が分からなかった。
けれど、その言葉を最後に狼くんは私の腕を解放してくれた。
熱が宿る腕を擦りながら俯く狼くんの顔を覗こうとすると、狼くんは去ってしまった。
ポツンと残された私。
腕の痛みも、狼くんの怒りの理由も、そこから生まれてくるズキズキとした心苦しさも分からなくてただただ首を傾げた。
☆ ☆
じゅーじゅーとたこ焼きの焼ける音。楽しそうに展示を見て回る人の笑い声。
隣の人の声まで聞こえない位に五月蝿いこの教室にいるのに、私だけ異空間に飛ばされたかの様に静かだった。
無音の環境の中、手だけは動かして黙々とたこ焼きをつくりクレープを作りジュースを注ぐ。
最早、強制的作業となりつつあるこの動作は終わらない。
嗚呼。五月蝿い位にいつも隣にいる狼くんがいないから、こんなにも静かなのかな?
狼くんは、どこに行ったんだろう。一人で迷子になってないかな。人に囲まれて怖がってないかな。私がいなくて寂しい思いをしてないかな。
思わずため息が漏れる。
こんなこと考えても狼くんには届かないのに、私は本当に馬鹿だ。狼くんはこんな風に考えられるのが嫌だったんだ。
だから狼くんも愛想をつかして、怒って、行ってしまった。
「さっきからため息ついてるけど……この作業が疲れたの?」
私の隣で同じ作業をしていた女の子は問いかけた。
「えっ!……あ、違うよ?」
「無理しなくて良いよ。ずっとやってもらってるからね。もう、凛子ちゃんの作業を見て大分要領は分かったし、凛子ちゃんはお疲れさまってことで回ってきて!」
「ん?大丈夫だよ、私は」
狼くんがいない今は何を見ても楽しめる気がしない。それならドン底まで疲れて何も考えられなくなりたい。
「遠慮しなくて良いって!ほらほら!」
そして、お節介なその言葉に押されて私は店を出て回ることになった。




