☆人前では話さない
「ぎりセーフ……だよね?」
自転車を停めながら狼くんに聞くと、狼くんは平然と答えた。
「じゃないか?8時までだろ?余裕だ」
「なら、良かったー……」
胸を撫で下ろして、ほよんと柔らかい膨らみをぽんっと叩いた。
その動作を意味ありげな顔で狼くんが私を見つめてから、目を反らした。あ、狼くんの頬が赤い。
「んー?」
「……何でもねぇ」
「狼くんがおかしい……いつものことか」
「違ぇーよ」
びしっと、狼くんのデコピンをくらったから過剰に痛いと反応して遊びながら学校に入っていった。
「今日は学年集会があるんだね」
日誌を取りに行ってから先生に言われた言葉を思い出して呟いた。
「知らん」
狼くんはぶっきらぼうに答えて、目を細めた。
「いつも狼くんは寝てるもんね」
「……ああ」
「怒られないように気をつけて」
「おう」
会話はそこで終わって二人しかいない教室に沈黙が生まれた。
さわさわと緑がないた。こんなに綺麗だったんだ。
夏の緑がこんなにも美しくて輝いた物だとは知らなかったなあと、窓の外を眺めていると微かに遠くから虫の鳴き声が聞こえた。
「綺麗……」
私が呟くと、狼くんも返事をするかの様に呟いていた。
「だな」
狼くんも窓の外を眺めていた。温かい日差しに包まれて心まで温かくなる。外もぽかぽか、中もぽかぽか。
「今度行きたいね」
「ん?」
狼くんは首を傾げた。可愛いその仕草。何で皆は怖がるんだろう。と、考えてしまう。
「山、それか公園でも良いね」
「おう」
「ピクニックとかも良いな」
「おう」
「そしたら、サンドイッチ作るよ」
「おう」
「楽しみだね」
「ん」
返事は素っ気なくて簡単なのはいつものこと。狼くんなりに考えているのだと信じて。
「あ、狼く……」
他の生徒が来て狼くんは私から目線を外して話しかけるなオーラを飛ばした。狼くんは他の人が来ると話さなくなる。ちょっと言いたいことあったのになあ。
まあ、いっか。帰りに言っても良いような内容だったし。
「あ、凛子。おはよー」
「おはよー」
ひらひらと手を振ると、相手も返してくれた。
相手はクラスでも仲の良い女の子で名前は加奈という。中学からの同級生だから何かと一緒にいる。
「今日は早いね。あ、日直かぁ」
「うん。そうだよ」
「頑張ってね。じゃ、私は部活だからー」
「ありがとう。加奈も頑張ってね」
加奈は大きな荷物を背負ってパタパタとかけていった。
けれど廊下に響く加奈の足跡が小さくなって、聞こえなくなっても狼くんは話しかけるなオーラを保っていた。
だから私はぼーっと窓を見ながら考え始めた。
何で狼くんは他の人(私以外の人間)がいる時私と話してくれないんだろうって。
確かに、初めて狼くんのことを見る他人は狼くんの見た目で怯えてしまうかもしれない。
大きな身長。尖った八重歯。黒目がちのつった瞳。しかも、無口で無愛想。
知らない人にはこれだけ揃えば恐れるに充分な要素かも。
だけど、少しでも話してみたらがらっと印象は変わるの。
私もそうだった。
幼稚園に入りたての時、私はクラスに馴染めなかった。同じく狼くんも。
だけど図工の時間で男女のペアを作らなければいけなくなった。皆、各々好きな様に話しかけてペアを作っていくのを私はただ眺めていた。
その時余り物同士で組んだのが狼くんだった。
二人で粘土で動物を作るというのがテーマだったが正直造りたくなかった。
だって、狼くんは皆に怖がられていて何を考えてるのか分からなくて小さな私にとっては恐怖でしかなかったから。
他のペアが次々と何かを作り始めてる中、私と狼くんだけは黙って粘土を眺めていた。
私はただ時間が過ぎてしまうのを必死で祈っていた。
そんな中、狼くんは言った。
「ずっと、考えてたんだけど…ドラゴンとフェニックスどっちが良い?」
一瞬、意味が分からなくて思わず「へ?」と聞き返した。
しかし狼くんは諦めずにもう一度「ドラゴンとフェニックスどっち作りたい」と聞いたのだ。
まさか沈黙の間、ずっと考えていると思ってなかった私は驚きで狼くんは思っていた様な怖い人じゃないってことを知った。
「じゃ、じゃあ。ドラゴンで」
私が小さく言うと狼くんは満足そうに頷いて粘土をこねはじめた。
一緒に作ったドラゴンは幼稚園児が作ったとは思えない程力作で、先生方に驚かれ褒められた。
だけど、先生に褒められた時の嬉しさよりも狼くんがイイ人だったって知った時の方が嬉しかった。
それをきっかけに徐々に話して、話しかけられて、近づいて今の現状にいる。
だから皆も狼くんの事を知れば絶対に好きになるのに。
だけど、そう簡単に狼くんを知る方法が見つからない。どうしたら良いのかな?
狼くんと一度話してみれば、その人は狼くんのことを、知って怖いイメージがイイ人のイメージに変わる。
つまり印象が変わって、狼くんはいろんな人に好かれることになる。
それには話す機会を作らなくちゃいけない…
あ!そうだ!良いこと考えちゃった。どうしよう。私ったら天才かも。
にやにや頬が緩んでいるのが自分でも分かる。
後で狼くんに言ってみようっと、心に誓った。
イラストは最高に紳士な精神のお方に描いていただきました。感謝です。