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凛子さんと狼くん  作者: 太郎
意識し始めた関係性
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たこ焼き

 翌日、前日作ったたこ焼きを学校に持っていった。お昼の時間に皆に試作として食べてもらうつもりだったのだが、たこ焼きの匂いは教室に入った瞬間にバレてしまい複数の女子に囲まれた。

 バーゲンセールの五割引きになった服はこんな気持ちなのかと思いながら、おずおずとたこ焼きを出すと皆の目が輝いた。

 そして、現在。立食パーティーかと思わせる程、私の周囲にたこ焼きを求める女子が群がっていた。


「なんだよ、これ!めっさ、うめーじゃん!」

「えへへー。ありがとう」


 赤い天使はガツガツと私が作ったたこ焼きを食べていく。その姿は食べると表現するよりも、捕食というのが相応しい。

 狼くん以外の人に料理を褒められるのは久しぶりだから、いつのまにか頬は緩んでいた。家で姉に料理を振る舞っても、いつも何も言われなかったからなあ。

「ほんっと、お世辞じゃなくうめーから」

「下品でしょう。止めなさい」

「だっ、うっせー」

 黒い天使は微笑みながら赤い天使の頭を掴んだ。

 その可愛らしい微笑みの女性がするような行動じゃないんだけど何故か彼女だったら当たり前の行動に見えてしまう。

 人体の不思議だね。と、言うと違うわよ。と優しい笑顔で黒い天使が返してきた。違うのか。


「まあ、この子がこんなに褒めるのも分かります。凄く美味しいですよ、凛子さん」


 黒い天使もさっきたこ焼きを食べていたらしい。その様子を私は見てなかったけど、口の端にソースが付いているから気がついた。


「ただ説明書通りに作っただけだからね」

「それも才能の一つですよ」

「うふふー。照れちゃう」


 私が頭をかいて照れていると、たこ焼きを食べた女の子達が口々に感想を述べた。


「ん。これだったら行列になるわー」

「メインは唯川さんに作ってもらうで決定だね」

「美味しいよ。大丈夫?私のほっぺ落ちてない?」

「本番も楽しみにしてるからねー!」

「えっと。本番もですか?」と、私が聞くと。

「勿論、唯川さん以外には作れないと思うよ。だって、ほら」


 神妙な面持ちで、クラスメートの女の子の一人が後ろの机を指差した。

 そこには他の人が作ったデザートと、飲み物らしきものが置かれていた。何故らしきものなのか。理由は簡単だ。それがその物だと判断するのが難しい見た目をしているからだ。

 不思議なことにそのデザートと飲み物はなかなか食欲というものを沸き立たせないという新たな魅力を持っている。


「うちらが作ってきたのアレだからさ」

「そう。試食してみたんだけどなんか、不味くて」

「だから私達が作ったら危険だと思うの」

「ね。唯川さん。当日は全部作ってくれない?」


 デザートと飲み物を作った女の子が悲しそうな顔をして私を見る。


「わ、分かったよ。じゃあさ、売り子とか販売するのを任せても良い?」


 本当は私なんかが作った食べ物を食べてもらうのは気が進まないけど、皆の役に立つなら頑張りたい。


「本当!?ありがとう!」

「え、へへー」


 ぎゅうっと手を握って女の子は笑った。だから、こっちもつられて笑った。


「でも、食べずに決めるのは悪いから皆食べてからの方が良いんじゃ……?」


 私が言うと手を握っていた女の子は眉間にシワを寄せて首を振った。


「死人が出るわ」


 低いその声は本気だった。


「ん?えっと、どんな殺人兵器を作ったんですか?」

「最初はね、皆料理を作ってたんだけど特有の女子のノリで闇鍋的な要領で好きな食べ物を入れていたら、気がついた時には異臭を放っていて、食べれる様なものじゃないと判断したの」

「う、うん」


 確かにあの異臭と見た目からは食欲はなくなる。

 デザートは何か毒々しい青と緑色の液体がパフェの容器に入れられている。

 そして、飲み物も素晴らしく毒々しい色をしていて軽く沸騰している様にも見える。

 流石にこれを出すことは出来ない……けど、食べないでいるのは流石に作った人に失礼だと思う。私だって食べてないのに嫌と言われるのは悲しいもの。


「因みに、これは何を作ったんですか?」

「チョコレートケーキと野菜たっぷりジュース」

「チョコレートケーキだったんですね。液状化していたから全く気がつきませんでした」

「あっははー。だよね。私達もそう思った」

「じゃあ、野菜たっぷりジュースの方から頂きますね」

「え、飲むの!?」


 誰かが大きく叫んで私の行動を止めようとしたけど、私は迷わず飲んだ。作った人に感謝を込めて。

 口に入れた瞬間、ぬるっとした感触が舌の上を移動した。明らかにゼリーとは違うのだけど、固形とも液体とも言えない感触だ。

 それが気持ち悪くて思わず吐き出しそうになったんだけど、ゆっくりと味わい、飲み込んだ。


 ーーゴクン


「だ、大丈夫!?」


 加奈が私の心配をしている。けどそんな必要ないよ。だってこのジュース……


「美味しい、から……」


 あれ。急に加奈が倒れた。

 いや、違う。私が倒れたんだ。何でだろう。頭がグラグラして気持ち悪くなって目の前が暗くなってきた。


 あ、狼くんが。私のことをおんぶした。


 気のせいかなぁ。狼くんが必死に走ってる。どこ行くの?保健室って言ってる。何で?ううん、よく聞こえないな。


 でも、一つだけ分かることがあるの。狼くんの背中がすっごく、あったかくて安心するってこと。



 ☆ ☆



「ほわ……」


 目を開けると目の前は見覚えのある白い天井だった。これはきっと、狼くんの家の天井だ。

 あれ?おかしいな。さっきまで学校にいたはずなのに、何で狼くんの家にいるの?と、ボンヤリする視界の中で辺りを確認すると自分がソファで横になってるるとが分かった。

 そういえばさっき、何か凄く良い夢を見てた気がする。ほわほわで暖かくて楽しい夢を楽しんでた。あ、でも今も暖かい。

 私の身体を大きな毛布が覆ってくれてるし、誰かが私の手を握ってくれてるから。


「狼くん……だぁ」


 手を握っているのは狼くんだった。目を瞑ってた狼くんは私の声でゆっくりと目をあけた。

 ソファで横になる私の手を、狼くんは地面に座り込みながら包んでくれている。もしかして、私が寝てる間、ずっとそうしてくれてたの?

 けど狼くんは顔のすぐ前で握っているから、狼くんが瞬きすると睫毛が触れるし、吐息がかかるからくすぐったい。

 私は目覚め一番に狼くんの顔を見れたことで嬉しくなって笑顔になったけど、狼くんは眉間にシワを寄せて私を鋭く睨んだ。


「……んで」

「え?」

「……何であんなにも危険そうな飲み物……いや、飲み物じゃないよな。何で毒を口に入れたんだ!!」

 狼くんが声をあらげている。


 けど、声は怒っている様に聞こえるのに、表情は今にも泣きそうだった。なんか、犬みたいに守ってあげたくなるような表情。

 私がそんな顔をさせたの?


「ごめんね」

「……謝るな」


 狼くんは私の手を強く握りしめて、唇をつけた。子供の頃見たお伽噺の中の王子様がお姫様の手の甲にするキスを思い出した。

 ちゅ、という生々しい音に反応してびくりと身体を震わせたが狼くんは私の手を離さなかった。


「無事で良かった」

「そんな大層なことじゃないんだから」

「凛子さんは分かってない。後であいつらに聞いたら料理の過程で入れない様な物を入れていたんだ。だから、もしものことがあったら」

「心配してくれたの?」

「ああ。良かった」

「ふふっ。私も良かった。あのジュースが美味しいこと分かったからね」

「美味しかったとしても二度と飲むなよ。俺が許さない」

「ん。ごめんね。もうしない」

 よしよしと狼くんの頭を撫でて立とうとすると狼くんに止められた。

「あんなのを飲んだ後だからあまり動かない方が良い。やることは全て俺がやるから安静にしてて」

「ありがとう……あ、そうだ。今日はどうなったの?」

「凛子さんが倒れた後、あの毒物は廃棄して、料理は凛子さんの許可が出れば全部任せることになった」

「そっか。じゃあ、明日。やらして下さいってお願いしにいこう。あと、謝りにいこう。皆に迷惑かけちゃったから」

「俺もついてくよ」

「ふふっ。ありがとう」


 そして、ごめんねと呟いた。私の勝手な行動のせいで色んな人に迷惑をかけた。もう二度としないから。ごめんね。と再び呟いてから考えた。


 倒れた時に見た幸せな夢。

 狼くんが私のことをおんぶしてくれたという夢は何だったんだろう。やけにリアルで今にも身体に僅かな体温が残ってる気がする。

 暖かかったなあ。




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