久し振りの自宅
ごろん、と寝巻き姿のままベッドに飛び込んだ。
「ふぁー。幸せ」
ついつい、一人だというのに言葉が漏れてしまう。だって、久し振りの自宅に帰ってきたから。仕方がないの。
経緯は数時間前に遡る。
「げ……今日、母親が帰ってくる……」
突然携帯を持ったまま、狼くんが悲しそうな声をあげた。虚ろな目で画面を見ている。
「あら、ちょうど良かったね。宿泊研修でのお土産を渡せるよね」
「まあ、腐らないで渡せるのは良いんだが……」
狼くんのごくりと唾を飲む音が聞こえてきた。きっと、狼くんのお母さんを想像しているんだろう。だから私も狼くんのお母さんを想像した。
狼くんとは似てもつかない、本当に狼くんのお母さん?って聞きたくなるような雰囲気の人。
可愛い、素敵な人だから私は大好きだ。勿論狼くんも好きだと思う。
「久し振りだから何を話せば良いのか分からない」
「今までのように話せば良いんじゃないの?」
「今までのように……か。面倒だな。ほとんど忘れてしまった。凛子さんも一緒にいてくれないか」
狼くんが私の服の裾を掴んで悲痛な声を出した。
そんな捨てられそうな犬のような悲しそうな目をしてるけど。
「無理だよ」
だって、せっかくの親子水入らずを邪魔なんて出来ないもの。
たとえ狼くんが私がいて欲しくても、狼くんのお母さんは狼くんと二人だけで一緒にいたいかもしれない。
いや、絶対二人が良いはず。狼くんのお母さんが帰ってくるの、いつ振りだろう。
「り、凛子さんなのに俺の頼みを断るのか」
「私なのにってどういうことよー。無理なものは無理なの。観念してお母さんと仲良く親睦を深めなさい」
「凛子さんだって、俺の母親のこと知ってるだろ?母親と仲良くするってなったらどうなるかも」
「……分かってるけど。だからそんな目をしないでってば!……もう知らないっ!」
変わらずに悲しそうな目をしている狼くんの手を振り払って、狼くんの家を出た。何で私はあんな感情的になってしまったのは分からないまま。
そして、自分の家に戻った。
しかし扉を開けて「ただいまー」と言った瞬間に帰ってきた言葉はどう聞いても私を歓迎していなかった。
「えー。何であんた帰ってきたの!」
その声は私の姉のもの。
たしか姉は遠くの大学に行っているから家を出ているはずなんだけど、今は帰ってきているとお母さんから連絡が入っていたのを思い出した。
どうやら私の部屋を使っているらしい。だから、私が帰ってくるのはお断り………と。
「だって、ここは私の家でしょー」
「帰ってきたとしてもあんたの寝る場所はないよ。私がいるんだから」
やっぱり。姉は私の部屋を使っていた。
「いいもん。私は居間で寝るから」
「いくない。あんたが帰ってきたら食費がかさばるじゃんか」
「お姉ちゃんに言われたくなーい」
「っち」
お姉ちゃんは舌打ちをしたあと、本を片手に居間のソファに寝転がった。
お姉ちゃんが居間で寛いだら私がゆっくり出来ないじゃないの。と、頬を膨らませて怒りを主張したのにお姉ちゃんは気がついてなかった。
もう、お姉ちゃんのモノがあっても良い。自分の部屋に戻ろう。
……ということで現在。
しばらく帰って来なかっただけで私の部屋は使ってもいないのに、お姉ちゃんによって汚くなっている。
ベッドに転がる人形を取り寄せて、胸に抱いた。よくよく見たらこの人形も羊だ。
知らない間に私は狼くんが私に似ていると言った羊を引き寄せていたんだなと、自分を不思議に思った。
「あ、そうだ」
今度狼の人形も買おう。そして狼の人形を狼くんに、羊の人形を私に見立てて側に置いておくの。
あと狼くんの周りにたくさんの友達として小さな人形も置きたいな。そしたら、現実も友達沢山になるかもしれない。
……でも、狼くんが赤い天使と話した時、私の気分は嬉しくなかった。アレは何でだったんだろう。
「んーむ」
腕を組んで頭を捻ろうとしたけど、横になっていたから上手く捻ることは出来なかった。
取り合えず、小さな人形を作ったら私の胸のモヤモヤも取れるかな?と、私は立ち上がって押し入れを開いた。
「うん、まだ残ってた」
小学生の時に使っていた裁縫セットはあの時のまま残っていた。それにたくさんの布と綿も。
取り合えず、指が動くのに任せて何も考えないで作ってみよう。よしっと、小さく呟いた。
☆ ☆
凛子さんが俺をおいて部屋を出ていった。
さすがに母親と俺との仲介役は嫌だったのだとは思うのだが、おいていかれる、一人残されるというのは慣れない。
きっと母親とのことが過去にあるからだろう。だから正直今は手が震えるほど、怖い。
だがすぐに母親がやってくることの方が怖いというのが本心だ。今更母さんともお袋とも呼べないあの人に会ってどうすれば良いのかが分からない。
『ガチャリ』
玄関から扉の開く音が聞こえた。
きっと、この扉を開けたのは最も俺が望んでいない人……母親であろう。
例え母親が俺の今の一人っきりという状態を終わらせてくれる救世主だとしても、怖くてぎゅっと力強く目を閉じた。
テレビも付いてない静かな部屋にはドッドッドッドッという俺の激しい、心臓の音だけが響いていた。




