☆見られても減らない
とあるスーパーの中。
制服を着た男女がかごを持ってうろついていた。
「狼くん、今日の晩御飯は何が良い?」
隣を歩く狼くんの顔を覗いて聞いた。
「……昨日とは違うので」
狼くんは小さく呟いた。体格は大きいのに声は小さいのが面白いなあ、と思いながら精肉コーナーへ行く。
「なら、狼くんの好きな生姜焼きにするね」
「ん」
狼くんは素っ気ない様な返事をするが、本当はどんな言葉を使えば良いのか分からなくて無口になっているだけだ。私は知ってる。
無言で狼くんはカゴに豚肉を入れてくれる。
「ありがと」
私が微笑むと狼くんはそっぽを向きながらも頷いてくれた。
買い物を終えてレジでお会計をしている時に大事なことに気がついた。
「あれ?一円玉が足りない……」
財布のどこを探しても見つからないから何か一つ諦めようとした時、すっ、と狼くんが一円玉を置いてくれた。
「ん、ありがと」
狼くんがお財布を持ってくるなんて珍しいこともあるものだ。と、不思議に思っていると店員さんが私達のやりとりを見て言った。
「仲の良いカップルだこと」
カップル?その言葉の響きに疑問を持って狼くんと目を合わせる。すると、狼くんは眉をしかめてうっすら頬を赤らめていた。
ああ、カップルなんて検討違いなことを言われて怒っちゃったのかな?なら、すぐに否定しないと。
「違いますよ。腐れ縁のような関係ですから」
店員さんに微笑むと、店員さんは不思議そうな顔で「そう……?」と呟いた。
家事は私の仕事で、力仕事は狼くんの仕事という概念のもと買い物袋を置くと狼くんは先を歩いた。
狼くんと私の歩幅は全く違っていて、狼くんと歩くといつだって私は小走りしなくちゃいけなくなるから、狼くんはゆったりと歩いてくれていた。
なのに、今日の足取りは何だか怒っている様にすたすたと私を置いて行く。なんでだろう。
狼くんの家へ帰ると、いつもの様にエプロンを付けた。
エプロンを付けたら何倍も料理上手に見えるって本当だよね。と、思いながら料理を始めた。
「今日ね、授業中寝なかったんだよ。凄いでしょ」
料理を作りながらソファに座る狼くんに話す。
けれど、いつものように返事は返ってこない。寝てないし、めんどくさい訳でもないのに返事をしないのはさっきから怒っているからなのかな?
いや、よくよく考えたらいつも返事はないよね。むしろあったら「狼くん具合悪いの?」ってなるんだった。
だから、返事が返ってこないこの状況がごく当然のことなのだ。
「物理の時間も寝なかったんだよ。今日は睡魔に勝ったんだ」
「……ほぉ」
狼くんの低いあいづちが遠くから聞こえてきた。
話ながらも(と、言うよりは一人言をぶつけながらも)料理には目を離さずに、晩御飯を作った。
「いただきます」
「いただきます」
生姜焼きを一口食べてから狼くんが言った。
「ん……今日のも上手いな」
「ありがと。愛情たくさんいれたからね。もちろん美味しいよ」
にこーっと大量に冗談混じりの笑顔を振り撒いたら狼くんに目を反らされた。
み、見るに堪えない顔だったの!?と、頬をふにふにしてみると柔らかく伸びた。あれ私の頬肉こんなにも伸びたっけ?もしかして、太ったかも。
次々と咀嚼していってすぐに食べ終わった。
「ご馳走さまでした。うまかったよ」
「どういたしまして。ご馳走さまでした」
そう言って狼くんが食器を片付けに行ったから、私も立ち上がろうと腰をあげた時。
「食器洗いは俺がするから凛子さんは座ってて」
と、声をかけてから私の分の食器まで持っていってくれた。
「ありがとう」
お礼を言いながら途中まであげていた腰をゆっくりとソファに下ろした。
台所からカチャカチャと食器の音が聞こえてきたから、ああ。狼くんったら優しいなぁ。偉い子だなぁ。と、呟いた。
そしてボンヤリとその音を聞いていたら瞼が重くなって、視界は暗くなっていった。
気がついた時には食器洗いを終えた様子の狼くんが私の隣で目を瞑っていた。
私はご飯の後すぐに寝てしまったのかな、と考えながら目を擦った。
狼くんのいつも使っている毛布が私の足下に掛けられていて、足がぬくい。
狼くんの匂いがする毛布に顔を埋めてぼーっとしようと思ったが狼くんに掛かってないのに気がついた。
「暖かさのお裾分け」
狼くんに毛布を掛けてから狼くんの肩に頭を乗せてまた、寝に入った。
もう朝だった。
昨日はそのまま眠っちゃったんだ。と、思いながら瞼をごしごし擦って眠気を覚ますが、ふあっと欠伸が漏れた。
隣で寝てる狼くんを起こさないように朝ごはんの支度の為にゆっくり台所へ向かった。
目玉焼きを作ってる途中、狼くんが起きてきた。
「おはよ……良い匂いがする……」
「おはよう。朝御飯だよ。まだ、味噌汁作ってないから先にシャワー浴びてきてくれる?」
「おう……」
頭を掻きながら狼くんは行った。後ろを向いた狼くんの髪がピョンと跳ねていたのが可笑しくて、バレない様に小さく笑った。
「できた?」
風呂あがりの狼くんが、上半身裸でバスタオルを首に巻いて短パンをはいた姿で、帰ってきた。
「できたよ。……って、その格好寒くないの?上は着ないの?」
「あちーじゃん、別に良いでしょ?」
狼くんはタオルを持ちながら首を傾げた。むっ、その顔可愛いじゃん!写真撮りたかった!とか、親バカ発言は飲み込んで狼くんを促す。
「風邪ひかないなら良いよ。ほら、ご飯の用意して」
「おう」
狼くんは不満そうに眉をしかめて用意をしたが、私はその理由も分からずに食事をとった。
食後、私もシャワーに入ってなかったから狼くんが使ったばかりで湯気だらけの風呂場に入る。もわん、と息苦しい。
「狼くん換気扇つけなかったんだ。いつもつけてって言ってるのに。全くもう……」
愚痴をこぼしながら蛇口を捻った。熱いお湯が勢い良く頭にかかり少し身震いしたが、気にせず被った。
そして、シャンプーを付けて頭を洗ってる瞬間だった。
ばたん、激しく扉の開く音が聞こえて振り向くと、そこには狼くんがいた。
「やべぇぞ!今日俺ら日直だったから早く行かないと……」
扉を開けた犯人である狼くんとバッチリ目が合った。
眉間にシワを寄せていた狼くんは何かに気がついたように目を丸くして、口を半開きにしたまま言葉をなくしている。
シャワーのお湯の音だけが五月蝿く二人の沈黙を切り裂いていた。
「えっと……狼くん……?閉めてくれる?」
「……すまん」
謝ると同時にすぐに扉を閉める狼くん。先程石化していたとは思えない機敏な動きでバタンッ、と。
閉め際に見えた狼くんの顔が、紅潮している様に感じたのは気のせいだろうか?まさか、思春期でもあるまいし私の裸を見て恥ずかしいとかないよね。うん。
まあ、別に裸の1つや2つ見られても減るものではないし、増えるものでもないから私は恥ずかしくない。
あ。でも、最近ちょっとお腹に肉がついてきたんだった。それを見られたのはちょっと恥ずかしいかも。と頬を擦った。
「狼くん、髪乾かしたからあと制服着るだけだからもう少し待ってて」
既に制服に着替えた狼くんに言うと狼くんは私の方を一つも見ずにソファに座ってニュースを見ていた。
日直は今日のニュースというのを発表しなくてはいけないからその為だと思う。
「……おう」
狼くんがぎこちなく首を縦に振った。まるで、機械の人形の様にギギッと音が鳴り出しそうな勢いで。
「用意できたよ。じゃ、行こっか!」
私は鞄を抱えて狼くんの家を出た。それを見て狼くんも鞄を持ってついてくる。
私達は急いで自転車に乗って走り出した。
イラストは素敵な方が描いてくださいました。ありがとうございます。