宿泊研修当日⑤
「あ、代表の仕事だったら狼くんも連れてこないと」
腕を引かれながら、思い出したことを代表に言うと彼女は止まってくれた。
けど、振り返った表情は苦虫でも噛んだかのようで眉間にシワを寄せていた。
「少年も連れてくるの……?」
「だって、狼くんも代表ですよ」
「まあ、そうなのですけど。私はあの男を好きではないから一緒にいたくないわ」
ぴくり、耳が動いた。
狼くんのことが好きじゃないという言葉が、自分を好きじゃないと言われた時のように深く胸に刺さる。
お気に入りの宝物をバカにされたみたいで悲しくなったと同時に、狼くんの良いところを教えたくなった。
「狼くんは良い人ですよ」
「……それくらい知ってるわ」
予想外の答えが返ってきた。どうせ信用できないとか、だとしても私は好きにならないわよ。みたいな答えだと思っていた。
「え、となぜですか?」
「幼女が大事にする人なら、良い人に決まってるでしょう」
「学年代表さん……ありがとうございます!」
狼くんを良い人だと言う人が、一人でも出来たことが嬉しすぎて嬉しすぎてついがしっと、彼女の両手を包んだ。
学年代表には目を反らされてしまったけど、このことを早く狼くんに伝えたい。狼くん、学年代表さんが良い人って言ってくれたよって。
私が目をランランと輝かせていると、目線を反らしたままで学年代表はため息をついた。
「あの、ねぇ。学年代表って呼ぶの止めてくれるかしら」
「じゃあ、何て呼べば良いんですか?」
「……ぇで」
微かに聞こえたけどそれを単語として理解するには難しかった。
いつもは怖いくらいに大声で喋る彼女なのにこんな時は、声に覇気がなくってか細い。
「はい?」
「こんなこと私に言わせるなんて最低なのです。だから、名前で呼べと言ったのです」
「名前で、ですか」
「そうなのです。はい、私の許可が下りたのだからどうぞ好きにお呼びなさい」
学年代表お得意の仁王立ちポーズ。でも、ごめんなさい。そんなポーズをしてもらって悪いんだけど……
「ごめんなさい、私貴女の名前知らないんです」
「は!?私の名前を知らない人間がこの世に存在しているなんて初めて知りましたわ!」
さっきまで殊勝で柔らかそうな雰囲気だった彼女はがんがんと怒鳴り始めた。いや、私が名前を覚えてないのが悪いんだけどね。
どうも昔から名前は覚えるのが苦手で狼くんや加奈のことを覚えるのすら3年くらいの時間がかかった位だし。
だから役職や特徴で人を見分けるんだけど、それのお陰で名前も呼べないから交友関係も狭い。
「残念ながら、覚えれないんです」
覚えてない、よりも、覚えれないの方が私の現状を表すのに最高な言葉だと思い選択した。
そして、それは合っていたのだと思う。彼女は一瞬悲しそうな顔を見せてから私の手を取った。
「なら、覚えるまで教えてあげるのですよ」
彼女は微笑んでから私の掌に丸を描いた。
「私の名前は鶴丸麗。私の名前には丸とゼロが含まれているのですよ」
どうやら彼女が書いてくれた丸は彼女の名字に含まれる丸と、名前に含まれる麗=ゼロを掛けているみたい。
覚えれない私への気遣いが優しくって嬉しい。
「ありがとうございます。鶴ちゃん」
「つ、つ、つ、つるちゃ…!?」
私が笑顔で名前を呼ぶと彼女が目を白黒させて驚いた。だから名前を間違えたのかと思ったけどそんなこともなかった。
「ダメでしたか?」
「いえ、違うのよ。名前で呼ばれたのなんて、初めてですしそれに愛称をつけてもらって喜んでいるだけなんですの!」
口調は怒っているけど内容は普通に、合っているし嬉しいよって感じだった。
遠回りな言い方で分からなくなるけど、素直じゃないところが学年代表いや、鶴ちゃんらしくて良いと思う。
「うふふ。じゃあ、これからは鶴ちゃんって呼んで良いんですか?」
「勝手にすれば良いんじゃないのですか?」
投げやりに言っているけど、本音は良いよって言っているみたいだからこれからは鶴ちゃんと呼ぶことにした。
☆ ☆
ホテルを出発した私達はバスに乗り込み、次の目的地へと向かっていた。
本当はバスレクの人に読んで欲しかったんだけど、代表の仕事なので注意事項を述べていく。
「今日は、宿泊研修二日目で最終日です。皆さん浮かれて怪我しないように気をつけて一日を過ごしましょう」
私の担当の言葉を言い終えたから震える手で持ったマイクを口元から離して、狼くんに渡した。次は狼くんが話す番なのだ。
「えー、しおりにも書いてある通り、今日は丸山牧場に行ってアイスクリームを作ります移動などは全て班で固まって下さい。その後は、各自お土産を買って良いそうです。えー、名一杯楽しみましょう」
狼くんがゆっくりとだけど皆の前で話せたことに感動して思わず手を叩いていた。頑張ったね、狼くん!って抱きつきたい衝動にかられたけど流石に自重した。
そして拍手をしながら感動しているのが私だけだと知って、慌てて手を止めて狼くんの腕を引いて自分の席に戻った。
戻る時には、赤い天使が「頑張ったじゃん」と笑って背中を叩いてくれたのが嬉しかった。
席に戻って狼くんに「スゴいね!話せたね!」と囁くと、狼くんは薄く微笑んだ。
「……普通のことをしただけだ」
「ううん。偉いよ」
よし、頑張った狼くんのために今日の晩御飯は豪華なものにしよう。
狼くんは私の手料理を食べたいって言っていたから、きっと喜んでくれるはず。
改稿いたしました。




