宿泊研修前日
「また来なかったのですねっ」
昼休み中で皆騒いでいたというのに、この声が聞こえた瞬間しーんと教室が静かになった。
誰に対しての言葉なのか?と、皆が声の主に視線を集めているから、声の主も驚いていて慌てていた。
「学級代表……ちょっと……来なさいっ」
皆の注目を浴びて苦しそうに言う声の主は先週、私の髪を引いた学年代表で私達を手招きした。
学級代表ってことは私と狼くん二人だよねと、狼くんに目配せしてから二人で席を立った。
がらがらと扉を閉めたけど彼女は、まだ小さな声で言った。
「わ、私に辱しめを受けさせるなんて……最低なのです」
照れて顔を赤くさせている彼女が私を睨む。そんな顔で睨まれても怖くもないよー、と言うのは相手の気持ちを逆撫でするだけだって知ってる。
「学年代表さんが勝手に叫んだんじゃないですか」
私が微笑むと更に彼女の頬は赤くなった。え、そんなにみったぐない笑顔を見せてしまったの?
「な、な、私をバカにしてるのですか!?」
「してないですってば」
声を荒げる学年代表と落ち着かせようとする私。その間に一人冷静な狼くんが小さく唸った。
「……話は」
それはそうだ。狼くんの大好きなお弁当の時間を邪魔されているんだから。怒っているのが表情だけじゃなくオーラから丸分かりだ。
そんな狼くんを私の後ろに隠しながら(狼くんが大きすぎて隠れなかったけど)彼女に聞いてみた。
「あの、話は何でしょうか?」
「ごほん。私としたことが……失敬。アナタ達また代表会議に出なかったけど代表の自覚はあるの?宿泊研修は明日なんですよ。知ってましたか?私としては自覚がないやつに代表を任せたくないんですの。だから、止めて下さらない?」
代表会議があるの知らなかったなぁ。と頭を捻った。
人見知りとコミュニケーション障害(所謂コミュ障だからどうってことないらしいけど)という大きな問題を持っている私達は他のクラスの代表と話すことなんてないしそれのせいもあるかも。
けれど。
「……無理ですよ?」
「は?」
彼女が切れ長の瞳を丸くさせた。豆鉄砲を喰らった鳩のような表情ってこういうことをいうんだ!と分かる様な表情。
「だって、私達が代表止めたらクラスの皆が困るじゃないですか。代表はそれで良いんですか?」
「み、皆が困る…考えてなかったわ。じゃあ、仕方がないからアナタ達に代表の仕事任させてあげましょう」
腕組み、仁王立ちポーズは彼女の好きなポーズみたい。やっぱり似合うからスゴいなって思う。
「あ、あと話はそれだけじゃないのです。代表会議で配った紙をわざわざ私が持ってきてあげたのです。感謝しなさい」
「わっ」
彼女が私の頭にばしばしと紙を当てた。
彼女の方が私よりも身長が大きいから私の頭に置きやすかったのかな?もっと大きくならないとダメだよっていう遠回しの忠告なの?
だとしたら私の力ではどうにも出来ないんだけど、取り敢えず今日帰ったら牛乳を飲もう。
「ありがとうございます」
「ふんっ。あと、少年もこの幼女の後ろに隠れてないでしっかりと前に出たらどうなのです?デカイ図体でみっともないですよ」
「……ふ」
狼くんが低い声を漏らした。きっと、鼻で笑ったんだと思う。そんな人を小馬鹿にする様なことを一体どこで覚えてきたのやら。
「……凛子さんは幼女じゃない」
狼くんが言ったこの一言に驚いてしまった。いや、私は幼女じゃないのは分かってるし今触れなくても良いことだよね?
「そんなの知ってます。でも幼女に見えるから仕方がないでしょう。愛称だと思うのです」
「ぅわぁー。愛称……」
思わず頬を両手で押さえていた。だって、愛称なんて付けられるのは初めてでその初めてが学年代表なんだよ。凄い凄い嬉しい。
押さえつけてないと頬から羽が生えて飛んでいきそうな、そんなイメージ。あ、想像したら気持ち悪いことなった。
「ほら、幼女が喜んでますのよ。幼女で良いのですよ」
「……っく。凛子さんのバカ」
「ええっ。何でバカなの!?」
「バカだからバカなんだ」
「ちょっと、私がいるの覚えていますの?バカで遊んでないで。私に構うのです!」
学年代表は大きく叫んだ。そんな声だと廊下だと尚更響いて目立つんじゃないかという心配は的中して数人廊下を覗いていた。
けれど、学年代表は気がついてない様子。
「嫌だ」
それは即答だった。狼くんはまっすぐ彼女を見つめながら(睨みながらが正しいかも)言ったのだ。
「なっ!?」
「ろ、狼くん!そんなことないですよ。学年代表さん」
「凛子さん、フォローしなくて良い。俺はこいつが気にくわないんだ。……凛子さんの髪を引っ張ったし」
「そーですか。はいはい。二人して私をバカにするのですね。よく分かったのです」
彼女はぷいっと顔を反らした。
「違いますよ」
「アナタ達の言葉は信用ならないのです。私の事をこんなにもバカにしたのはアナタ達が初めてです。よぉく覚えてなさいよっ」
そう言い残して彼女は走っていった。彼女の頬がうっすらと赤く見えたのは気のせいだったのかな?
「……凛子さんご飯」
彼女の後ろ姿を眺めていると狼くんが私の後ろ髪を引っ張った。彼女が髪を引っ張ることには怒ってたのに、自分がやるなんて酷いなぁ。
「分かったよ、教室戻ろうか」
「……ん」
彼女とのことを思い出してもやっぱり狼くんは成長したと思う。
私以外の人とも話せるようになっている。これからももっと、もっと頑張ってね。私がいなくなっても大丈夫なように。
狼くんに向かって微笑むと狼くんは理解出来ずに首を傾げた。




