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letter ~十六年と二十四日のありがとう~

作者: 相原ミヤ

あれから、もう一年が経ちます。

君が去ってから、一年が経ちます。



覚えていますか?

君と出会ったのは五月の晴れた日。

君は私の家の東側の家に来ました。

君と出会って、私の日々は変わりました。毎日がとても満ち足りて、輝き始めました。


小学校から帰ると、荷物を置いて、君と一緒に河原で遊びました。

君はいつも私の前を歩いて、私はいつも君の後姿を見ていました。


小学生のころは、何も恐れず、ただ毎日を遊んでいました。

知っていますか?

友達と一緒に考えた物語。

一人で考えた物語。

主役は君でした。

学校で友達と君の話をしていました。

足の速い君が好きでした。

声のきれいな君が好きでした。

力の強い君が好きでした。

大食いな君が好きでした。


中学校に入っても、君と私の関係は変わりませんでした。

部活に追われて、君と遊ぶ時間は減ったけれども、私と君の関係は変わりませんでした。

思春期の頃、友達関係に悩むこともありました。

誰にも心を開くことなんてできませんでした。

他人から好かれる自分を演じて、私は私が何かわかりませんでした。

生きている意味を考えることが多くありました。

そんな時も、君は私の大切な友人でした。

誰よりも信頼できる友人でした。

君と一緒にしし座流星群を見たとき、私は空でなくて君を見ていました。

何とも興味なさそうに座っている君の横顔を私は見つめていました。

君はどんな私でも、一緒にいてくれました。

居心地の良い君の隣が好きでした。


高校に入ると、楽しい日々がありました。

勉強は大変だったけれども、素直な私を見つけました。

会話に困れば、君の話をしました。

親と喧嘩をして家出をした時、君は一緒に来てくれました。

夜中の0時に家を出たとき、私は君に声をかけました。

君は目を覚まし、少し迷惑そうに、それでもいつものように笑っていました。

何も言わず、一緒に来てくれました。

結局、0時から4時という夜中の家出だったけれども、君は一緒に来てくれました。

君と一緒に暗い冬の空の下を歩いたことは、何よりの思い出です。

寒い冬とは対照的な君の温かさが好きでした。


大学受験に失敗したときも、泣いている私の近くに居てくれました。

近くにいるだけの温かさを教えてくれたのは君でした。

何も言わず、それでも君は私の近くに居てくれました。

君はとても温かかった。

君の温もりが本当に好きでした。


県外へ進学して、寮へ入った私は君と会うことがあまりできなくなりました。

奨学金を借りて、交通費を節約して、私は実家にあまり帰りませんでした。

それでも家に帰った時は、君と一緒に出掛けました。

大人になっても昔と変わらず、君と一緒に河原へ行きました。

その時、小学生のころを思い出して、懐かしさを覚えていました。

実家から寮へ帰るとき、君の温もりを忘れないように、君の優しさを忘れないように、私は君を抱きしめました。

君の匂いを忘れないように。

私は君を抱きしめました。

君は困った顔をして、何事もなかったかのように笑っていました。

何事もなかったかのように背を向けました。

私は君の後姿が好きでした。


就職して、私は仕事に追われていました。

一人暮らしのアパート暮らし。

土曜も日曜も、盆も正月の関係なく働きました。

サービス残業当たり前で、早朝から夜中まで働きました。

仕事で追い詰められて、人生を否定されて、夜に一人で泣く日もありました。

人生を否定されて、自分を否定されて、弱いのに誰にも弱さを見せれない私がいました。

それでも、君は何も変わりませんでした。

君は昔と変わらず、私と一緒にいてくれました。

君がいたから、私は弱さを受け入れることができました。

弱い自分を許すことができました。

誰から否定されても、君が私と「是」としてくれていました。

君がいました。

何も変わらない君がいました。

君が何も変わらないから、私はどちらが前なのか分かりました。

後ろに進むことなく歩くことが出来ました。

君は私の友人であり仲間でした。

誰から否定されても、君だけは私の仲間だと、そう信じていました。


就職して数年。

仕事に慣れた私は休みを休むことができるようになって、君と会う時間が増えました。

君の温もり。

君の匂い。

君の後姿。

君の優しさ。

君は何も変わらないようで、少し変わりました。

その頃から、君は少しずつ無口になりました。

寝る時間が増えました。

それでも、河原を歩く君の姿は昔と変わりませんでした。



君と出会って十六年と二十四日。

会えない日もあったけれども、私が君を忘れたことはありません。


君と出会って十六年と二十四日。

君は去りました。


君と出会って十六年が過ぎたころ、君は少しずつ動けなくなりました。

今までの君はとても強くて、私に弱さを見せませんでした。

君と出会って十六年が過ぎたころ、弱い君の姿を初めて見ました。

君の眠るところを初めて見ました。

食欲がない君を初めて見ました。

君の調子が悪いと連絡を受けた昼、仕事が終わって私はすぐに駆けつけました。

まるで待っていたかのように、家族がそろってから君は去りました。


次の日に骨になった君は、とても小さく感じました。

それでも、十六歳を過ぎてこれだけ大きな骨をしているのは珍しいと言われました。

君を葬儀屋へ連れて行く日、私はたまたま休みでした。

まるで、この日を選んでくれたような気がしました。


君は私にとって、とても大切な存在でした。

君がいたから私は強くなれました。

君が隣にいてくれたから、人生の困難を乗り越えてこれました。

君がいたから、私はここまで歩くことができました。

君の存在が私を導き、守り、育てれてくれました。


君が去ってから一年。

今でも君の温もりを覚えています。

君の声を覚えています。

君の後姿を覚えています。

君の匂いを覚えています。

君の目を覚えています。


何もかも覚えています。

君と過ごした日々を覚えています。


君が去って一年。

とても短い一年でした。

君が住んでいた家は、君が去って一か月後になくなりました。

実家に帰っても、君と河原に行くことがなくなり、何をして時間を過ごせば良いのかわかりませんでした。

それでも、人は慣れるものです。

君のいない家の東側にも慣れました。

君の出迎えのないことにも慣れました。

それでも、忘れることができません。

君のとの輝く思い出を。


確かに、君は私の人生の大きな一部でした。


十六年と二十四日。

ありがとう。



犬がいました。


私がまだ小学生のころ、我が家にもらわれてきた雑種の雄犬でした。

彼は体が大きくて、力が強くて、私はいつも綱に引っ張られていました。とても賢い犬でした。とても声のきれいな犬でした。薄茶色の毛に、大きなこげ茶色の目をした立派な日本犬でした。実家の東側に犬小屋があって、彼はそこにいました。私が学校から帰る時、姿が見える前から吠えて出迎えてくれていました。彼は私の親友でした。彼と散歩に行くことが私の日課で、それは晴れの日も、雨の日も、いつも変わりませんでした。


 そんな彼が亡くなったのは、一年前の五月二十七日でした。中型~大型犬、雑種、外飼い。彼の好物はパンか、ご飯に母の作った味噌汁をかけたものでした。ドッグフードは嫌い。それでも亡くなる二週間前まで、私と一緒に河原を走っていたのだから、大往生だったはずです。今でも、温もりを、匂いを、吠え声を、こげ茶色の目を、鮮明に思い出すことができます。

 彼がいなければ、きっと今の私はいなかったでしょう。彼と出会って、彼と過ごして、彼が私に多くのことを教えてくれたから、私はこうやって日々を生きているのだと思います。


 本当に、ありがとう。

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