欠片
「よいしょ……っと。今日はまた一段と多いなぁ」
深い森のように静かな場所で、僕は今日もいつも通りの作業を行う。
僕は廃品回収者。人々が落とす“心の欠片”を回収している。
僕がいるのは、人々が“心の欠片”を無作為に落としていく、言わば廃棄場所。
そして、その“心の欠片”を拾い集め、ある場所に持っていくのが僕の仕事。
“心の欠片”って言うのは、人々が棄てた感情とかのこと。
怒りや哀しみ、欲求等々が、欠片になるんだ。
怒りだと金属の欠片、哀しみだとガラスの欠片になる。まあ金属とかガラスとか知らないんだけどさ。全部チーフの入れ知恵ってやつ。
今日もいつも通り作業をこなしていると、新しい“心の欠片”が降ってきた。それをそっと拾い、合わせた両手の上で包むように持った。
それは見たことのない──とても綺麗な欠片だった。
いや、欠片には見えない。透き通った球体で、中では七色の光が優しく煌めいていた。
「へぇ、珍しい物が落ちてきたわね」
僕の後ろから球体を覗くのは、廃品回収者のチーフだ。
チーフの鋭い瞳は、あまり好きじゃないけど、チーフのことは好きだ。色々なことを教えてくれるから。
「それは、夢。きっと大切な夢だったんだろうね、傷一つない」
……。
「チーフ。じゃあ何故、廃棄場所に落ちてきたんですか?」
「まあ、まず普通には落ちてくるモンじゃないからね。夢の欠片が落ちてくることはあっても、夢の結晶は……人が死んだ場合に、その死者が命を閉ざす前に持っていた、全ての感情がそれに集まって、落ちることがあるの」
…………。
「あれ、聞いてない?」
「とても綺麗ですね」
素直な感想を溢した後、チーフが睨んで来ているのに気付く。
「あ、聞いてましたよ。何か色々混ざって出来るんですよね?」
「何か大事なことが抜けてる気がするけど、まあそう言う解釈で間違いないわね」
僕はしばらく、この夢の結晶を眺めていた。すると、一瞬だけ、とても哀しい光が見えた。
その光を見た途端、僕の視界がぼんやりとしてしまった。
「チーフ……目がよく見えません」
「それはね、涙が出ているからよ」
なみだ──何だか、哀しいけど、どこか温かい響きだ。
「あなた達、廃品回収者はね、始めは感情を持たない、無のようなものなの。でも、ここで色んな感情に触れることで、あなた達も感情を手に入れるの」
感情……そうか。この結晶を綺麗だと思ったのも、チーフへの思いも、全部今の僕だから持てたんだ。
昔の僕じゃ、何も感じなかったんだろう。
「そして涙は、もう誕生の合図。ここでの記憶はなくなっちゃうけど、ここであなたが見たもの、感じたものは、あなたの人生を作り出す要因になるわ」
誕生……そうか、僕は。
今やっと、生まれるんだ。
「チーフ……ありがとう」
僕の体が浮かび上がって、どこかへ行こうとする。
「さよなら。頑張って」
夢の結晶から放たれた光に包まれて、僕は今──命を手に入れた。
この結晶を落とした人の遺志を、終わりにはしない。
祝うように、光は僕を照らしていた。