手紙
その日、木崎はいつもより早く学校へ着いた。
元々彼は早く登校する方ではあったが、その日は一緒に登校している上級生の班長が、寒いからマラソンだといって、全員走って登校させたため、いつもより十五分以上早く着いたのだった。
教室の扉を開けると、まだ誰も来ていなかった。彼は自分の机にランドセルを乱暴に放ると、窓際に立ちぽつぽつと登校してくる生徒たちを、暫くぼんやりと眺めた。
あと一ヶ月で三年生も終わり、春休みが始まる。
木崎は窓から離れると、誰もいない教室内をブラブラと歩きだす。やがて彼は、冬馬の席の前で立ち止まる。
いつも何処か目立っていて、クラスの皆から人気のあった冬馬のことを、木崎は嫌っていた。いや、嫌いだった。彼は、いつか冬馬を泣かせてやろうと機会を狙っていたが、その前に冬馬は学校へ来なくなっていた。
「フンッ……」
木崎は面白くなさそうに鼻で笑うと、次にその前の席、仁栄の席へと視線を移した。いつも冬馬と一緒にいた仁栄のことも、彼は嫌いだった。
冬馬の分もいつか絶対に痛い目に遭わせてやるから、楽しみに待っとけよと、彼は心の中で呟くと、仁栄の椅子を蹴った。
蹴られた椅子の衝撃で机が大きく揺れた。そして中の汚れた道具箱が姿を現した。
木崎は自分以外に誰も教室にいないことを確認すると、道具箱を引っ張り出すと机の上に置いた。すると机の奥から、一枚の白い便箋がヒラリと床に落ちた。
木崎はすぐに拾ってそれを観察する。表には「ジンエーへ」とカタカナで書かれていた。
一瞬、「ジンエーへ」の意味が分からなかった木崎だったが、裏側にカタカナで書かれた「トーマ」と言う文字をみて理解した。そして、表情を曇らせた。
「あん?」
彼は、「深水仁栄」という名前に違和感を覚えた。
三年生で初めて、仁栄と同じクラスになった木崎だったが、彼はその「仁栄」という名前を、以前何処かで聞いたことがあるような気がしていたからだ。
「……チッ」
木崎は思い出せない苛立ちから舌打ちすると、躊躇することなく封を破った。
「なんだこりゃ?」
木崎は内容を確認すると、手紙をくしゃくしゃに丸めて、教室の隅に置いてあるゴミ箱の方へ放り投げた。くしゃくしゃにされた手紙は、ゴミ箱のヘリに当たって、教室の隅っこへ転がっていった。