2章
だんだん走るのが辛くなって来た頃、それは現れた。
苔が生えた狛犬が妙に怖く、所々枯れ木もある不気味な神社が。
でもせっかくここまで来たんだから、勇気を出して境内に入る事にした。
石段は部分的にひび割れたり欠けたりしていたが、
どうやら人が手入れをしている様で目立ったゴミは見当たらなかった。
石段を登りきり鳥居をくぐった先には小さいながらも本殿があった。
ここにも狛犬がいる。さっきの狛犬といい見られている感じがしてどうも好きになれない。
別にお参りに来たわけじゃないし、何だか早くココを立ち去りたくなった僕は本殿に背を向けた。
――――――――――――――チリン―――――――チリン―――――――チリン
!?
なんだ、どこから聞こえた!?
急に聞こえた鈴の音に僕はすぐさま本殿の方を振り向いた。
少女だ。
先ほどまで誰も参拝してなかった本殿に肩まで髪を伸ばした少女が立っている。
体の前で手を合わせて何かを願っている様で僕には気づいていないようだ。
僕はこの時思い出していた。
今朝見ていた夢を。
あの子は僕が見ていた夢の、女になった僕の姿だ。
髪を見て単純に思ったのではない、彼女の体の揺れを見て思い出したのだ。
全身に鳥肌が立ち、悪寒が走った。
ここにいてはいけない。
そう感じた僕はすぐさま今来た道を全速力で戻り始めた。
石段を2段飛ばしで駆け抜け、肩で息をしながら竹の道を走る。
ペースを考えずに走ったために、通学路に戻った時に体力の限界がきた。
尻餅をついてその場に座り込み地面をずっと見据える、
特に意識せずとも荒れる呼吸で心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。
少しずつ呼吸が戻り始め、今思えば何が怖かったのだろうかと思い始めた。
狛犬?鈴の音?夢の少女?
落ち着いて考えると、僕の知らない道からきた参拝者かもしれない。
こんなになるまで走る必要はなかったのではないだろうか。
そんな事を考えられるくらいになり始めた頃
―――――――チリンッ!!
また聞こえ始めた。
僕は慌てて伏せていた顔を上げて立ち上がろうとした。
「!?」
少女がそこにいた。
僕から1Mも離れていない。
ずっと後ろを向いている。
「お、お前誰だよ!!」
プレッシャーに耐えられずに目の前の少女に叫んでしまった。
「うふ、うふふふ」
彼女は揺れる、どんどん揺れる。
「僕がお前に何をした!!」
「うふふふふふふふふふふふふふふふ」
彼女は何も聞いていない、何も俺に言っていない。
夢に見た彼女がココにいる今、これはもう夢ではない。
覚める事がない現実を目の当たりにし、僕に出来る事は考えるだけだった。
「・・・僕に何か言いたい事でもあるのか?」
「・・・・」
彼女はその言葉を聞くと不気味に笑うのを止めた。
そして両手を挙げたと思ったら急に雨が降り始めた。
こいつは間違いなく人間じゃない・・・
僕がそう思い後ずさりをした時、彼女もまたこちらを振り向き始める。
長い髪は雨のせいで顔面にへばりついて口元しか見えない。
その様に恐れをなした僕は金縛りにあったように動けなかった。
「お前は嘘の塊だ」
彼女は喋り始めた。
「誰からも人気がある者は嘘つきだ、誰からも良い部分しか見えないなんて事はないんだ。
お前は嘘つきだ、嘘で塗り固められている。勝手気ままに振舞って人気な訳がない。
本心を言えば傷つく物も出るし、嫌われもするのだ。なのにお前はそれを認めない」
「・・・」
「目を覚ませ、我慢をするな。対立して分かり合える事もある。
お前は本当の友達を作るべきだ、居心地だけを求めればいずれ限界が来るだろう」
「お、俺はそんなふうに思っていない!!」
「ぃひ、ひひひひひひ」
彼女は口を歪めて笑う。
低く長いその笑い声は頭の中が掻き乱されているようだ。
「ひひひひひひひひひ」
彼女は笑いながら近づいて来る。
彼女はもう揺れてはいない、僕が揺れている。
僕は頭を抱え、その場に倒れこんだ。
何で彼女の言葉に言い返す言葉が見つからなかったんだろう。
僕の本心・・・か。