第5話 再出発は『スマホとともに』
「う……ここは?」
どれくらい眠っていたのだろうか?
目が覚めると、視界一面に星空が広がっていた。
山の上でしか見られないような、圧巻の星空。
あまりにも綺麗すぎて、絶句してしまう。
(あぁ、めっちゃ綺麗やなぁ。
―――って!)
シュバッと起き上がる。
「そうだ、俺は魔王と賭けをしていたんだ!」
全身をまさぐる。
どこか欠損していないか、慎重に確かめる。
結果は―――五体満足ピンピン。
失われた肉体は、すべて元通りになっていた。
「俺は……勝ったのか?」
必死に記憶を探る。
すると、ぼんやりとだが記憶がよみがえってきた。
気を失う直前、
俺は最後の力を振り絞ってコインを投げた。
結果を見る前に意識を失ってしまったが……今こうして生きているということは、きっと『表』を引き当てたのだろう。
「いや、実はここが死後の世界パターンも……」
そう思い、頬をつねってみる。
ちゃんと痛い。
死後の世界でも痛みを感じる可能性はあるが……とりあえずは、生きていると判断してよいだろう。
「あれ、涙が……」
気がつけば、目から涙がこぼれ落ちていた。
それはもう、ボロボロと。
この涙は、恐怖から解放された安堵の涙ではない。
死の淵に立ってようやく、お母さんの最後の言葉とちゃんと向き合えた――その証として流れた涙だ。
「俺は勝った、勝ったんだ!
うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
誰もいない星空の下で、俺は全力で叫んだ。
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「よし!」
ひとしきり泣いたあと、
頬をパンと叩き、気合いを入れ直す。
いつまでも泣いてちゃいられない。
俺はこの世界で、今度こそ自由に生きていくと決めたのだから。
まずは、現状を把握するところから始める。
さきほど体を確認したが、
もう一度、異変がないか確認。
「あれ、なんか細くなってない?
心なしか、筋肉もついたような?」
高校を卒業してからずっと蓄積していた脂肪が綺麗さっぱりなくなっている。
あと、どこか筋肉質になっている。
「肉体を修復する際に、魔王がいい感じにカスタマイズしてくれたのかも。
すごく動きやすいし、これは素直にありがたい。
魔王には感謝しないと―――。
したくないなぁ」
魔王にされたことを考えれば、これくらいは当然かもしれない。
なんなら、もうちょっとオマケがあってもいい。
(まぁ、でも、感謝しても損はないか。
母も感謝は大事って言ってたし)
悩んだすえ、俺は心の中で魔王にお礼を言った。
色々と思うことはあるが、何より、魔王のおかげで母の死と向き合えたことは確かなのだから。
体が無事なのは分かった。
次は服装と持ち物の確認。
まずは服装。
着ている服は、転移する前と同じ社会人スーツだ。
ただし、体はきれいに治っているのに、服だけは切り傷いっぱい&血で汚れたまま。
Yシャツなんて、最初から赤シャツだったんじゃないかと思うほどだ。
あとで洗わないと。
持ち物は、ほとんどなくなっていた。
背負っていたバックも消えている。
買い物袋も、その中に入っていた弁当も消失。
唯一残っていたのは、スマホだけだった。
転移する直前まで動画を見ていたはずなのに、気がついたらポケットの中に入っていた。
とりあえず、スマホの電源をつけてみる。
「お、ついた。
ん、なんだこれ?」
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ver『Hello I World』
アップデートしますか?
『はい』
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電源をつけた瞬間、トップ画面にアップデートの通知がデカデカと表示された。
いつものアップデートより主張が強いし、『いいえ』や『あとで』といった選択肢がない。
強制アップデートっぽい。
(I World ……アイ、イ、イセカイ!
『こんにちは異世界』ってことか?)
俺はなんとなく状況を察する。
神が何かしらの意図を持って、スマホを異世界用にアップデートしたのだろう。
「アップデートすると、元々あったデータって全部消えるのかな?
写真とか消えて欲しくないんだけど。
まぁ、強制っぽいしやるしかないか」
母と撮った写真など消えて欲しくないものは多々あるが、選択肢がないのでしかたなく『はい』のボタンを押した。
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ver『Hello I World』
アップデート中
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現在:3%
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アップデートに時間がかかりそうなので、その間に周囲の探索を行うことにした。
現在、俺は夜の草原にいる。
草原といっても学校の校庭くらいの大きさで、草原を取り囲むように断崖絶壁の岩壁が存在している。
感覚としては、ぽっかりと空いた巨大なクレーターの中にいる感じだ。
周囲にモンスターはいなさそう。
異世界の草原といったら、ゴブリンやスライムがうようよしているものだと思っていたが。
夜は彼らも寝るのかもしれない。
だとすれば、寝首を掻くのが効果的だ。
なんか卑怯だから俺はやらないけど。
辺りを見渡すが、100メートル先に小さな林がある以外、めぼしいものが見当たらない。
とりあえず、周囲を警戒しつつ林の方へ向かうことにした。
「お、小川が流れてる。
これで服を洗えるな」
歩いていると、幸運なことに小さな川が流れているのを見つけた。
水は澄んでいてそれほど深くないし、なにより変な生物もいない。
異世界特有の巨大昆虫とかいたら速攻で逃げる。
まずは、洗った服を乾かすための火を用意。
林で枝を拾い、ミニ・フレイムで火を起こす。
木には見たことのない謎の実がなっていたが、食べられるか分からないので一旦保留。
異世界に来て早々に食当たりは嫌だ。
そういう役はゲテモノ系配信者に任せる。
バシャバシャと服を洗う。
完全には落とせなかったが、これで血の匂いは抑えられるはず。
周囲には誰もいなさそうなので、漢裸一貫、一気にすべての服を乾かした。
星空の下で裸になるのは気持ちがよい。
なんかこう、原点に帰った気がする。
変態ではない。
そうこうしているうちに、スマホのアップデートが終わったので画面を確認する。
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〜アプリ〜
『i health』
『i data』
『i bank』
『i tube』
『i board』
『i ranking』
『i map』
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「なんだ、これ?」
これまで使っていたアプリがすべて消えており、代わりに知らないアプリがダウンロードされていた。
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