第13話 エルフの『決断』
「俺、ここから早く出たいんだ。
何かいい方法はないか?」
目を輝かせながら話を聞くルナリアさんに、(約5時間ほど使って)人類が直面した異世界転移について説明した後、俺は満を持して本題に入った。
本当はもっと早く本題に入りたかったが、彼女があまりにも楽しそうに話を聞いてくれるので、俺も延々と話してしまった。
「うーん、この迷宮は『階層主を倒すと前の階層に戻れなくなる一方通行型』だから、引き返すことはできないね」
「ほぉ、それは知らなかった。
そういえば、6階層には扉が1つしかなかったな。
出口どこだよ、って思ってたけどそういうことか」
「うん、だから、出る方法はただ1つ。
この迷宮自体を攻略すること。
この次の次の階層が、最下層っぽい。
そこにいる迷宮の主を倒せば、解放されると思う」
「お、それは耳寄りの情報だな。
すぐそこにボスがいるなら話は早い。
今すぐにでもぶっ倒して――」
「それはダメよ!」
(――おぉ、ビビった。
めっちゃ食い気味で拒否られたんだが)
あまりの即答ぶりに、俺は少し狼狽してしまった。
エミリアさんは困ったような表情をしている。
怒っているわけではないようだ。
きっと俺の知らない、迷宮主を倒してはいけない理由があるのだろう。
「なんか理由でもあるのか?」
「うん。
迷宮って一度攻略すると消えてしまうの」
「おぉ、それで?」
「わたしは生粋の迷宮探索者。
大好きな迷宮が消えるなんて耐えられないの」
「……は、え、あ、あぁ」
少女は純粋無垢に、はにかんで笑う。
「だから、お願い。
わたしとずっと、ここにいて?」
それはとても、魅力的なお誘いだった。
見目麗しい少女からこんなことを言われたら、
世の男性は一瞬で恋の奴隷になってしまう。
笑顔ひとつで、理性など簡単に吹き飛ぶ。
男はみな、愚かな生き物だ。
そして残念なことに、
俺も、世の男性の1人だ。
答えなんて、とうに決まっている。
「そうか、よく分かった。
俺は1人で勝手にクリアするから、ルナリアさんはどうぞ気が済むまでここにいてくれ。
それじゃ!」
今の俺は美しい女性と一生を添い遂げることよりも、独身のまま自由に生きたい。
そうしたい。
ビバ☆独り身。
俺はスッと立ち上がり、次の扉を探しに――。
「――ちょっと待って」
ガシッと、スーツの袖を捕まえられる。
「ほんとに行くの?
迷宮主を倒したら、ここが消えちゃうんだよ?
サトーはそれで、ほんとにいいの?」
ルナリアさんは信じられないといった面持ちで、必死に俺の腕に縋り付いてきた。
(いや、信じられないのは俺の方です!)
俺は理解した。
点と点が線で繋がった気分だ。
なんで、このエルフが70年も飽きずにこんな場所にいたのか、俺はようやく理解できた。
理由はこんな感じ。
==========
クリアしてしまうと、ダンジョンが消える。
それは嫌だ。
でも、引き返すこともできない。
どうしよう。
→70年経過!
==========
な、信じられないだろ?
このエルフ、ダンジョンに脳をやられている。
ダンジョンジャンキーだ。
一刻も早く、ここから出してやらねば。
俺も早く外に出て、いろんな場所を冒険したいし。
「誰がなんと言おうと、俺は行く!
こんな場所で一生を終えるなんて、
悪いがとうてい無理な相談だ」
「おねがい、行かないで!
わたしにできることなら何でもするから!」
「たぶん意識してないんだろうけど、
そういうハニトラ、マジでやめてくれ!」
ルナリアさんは俺にぎゅっと抱きつき、
必死に抵抗を試みる。
(くっ、女性相手はやりずらいな!
モンスターだったら殴っておしまいなのに)
痛くないよう優しく引き剥がそうとするが、
彼女の執念すさまじく、なかなか引き剥がせない。
このままでは埒が開かない。
なんとかして、
この哀れなエルフを言いくるめなければ。
(あ、そうだ!)
頭の中で、豆電球がピカッと光った。
この少女を諭すための妙案が、
天啓のように降ってきた。
これだ、これしかない。
「ルナリアさん、ちょっとこれを見てくれ!」
俺はポケットの中からスマホを取り出し、
――カシャ!
とりあえず適当に、夜空の写真を撮った。
「ほら、これでダンジョンはなくならないぞ!
映像として、ずっと残り続けるんだ!」
『この紋所が目に入らぬか』!
みたいな感じで、スマホを見せる。
「え、なにこれ、すごい」
スマホの画面には、時空を切り取ったと錯覚してしまうほど、精巧な夜空が映し出されている。
驚きと喜びが入り混じった表情のルナリアさん。
食い入るようにスマホの画面を見つめる。
これには流石のルナリアさんもニッコリ。
つかみは成功。
このまま、押し切る!
「たしかに、迷宮の主を倒すと、ダンジョン自体は無くなってしまうかもしれない。
でも!このスマホがあれば、いつでもどこでも、映像として収めたダンジョンを見て楽しむことができるんだ!」
見よ!
これこそが人類の叡智!
ジョブズおじさんの残した最高傑作!
(さぁ、ダンジョンをクリアすると言いなさい!)
俺もなんかテンションがおかくなっている。
「うーーーーーーん」
長考!
このエルフ、なかなか折れてくれない!
なら、もう一推しだ!
「同じダンジョンにずっといるのは勿体ないだろ。
ここから出て、いろんなダンジョンを巡った方がいいって、そう思わないか?」
この世界には星の数ほどダンジョンがあるんだ。
(たぶん。)
こんな所で足止めをくらっていたら、いくらエルフといえどすべてを回りきることは出来ないだろう。
「うーーーーーーーーーーーーーーん」
長考!!
もうこうなったら、アレを使うしかないのか?
あの伝説の名シーン。
『うるせぇ!!!行こう!!!』を。
『「行きたい」と言ェ!!!』でもいい。
いや、やめておこう。
ルナリアさんは、考える。
忙しなく動き回りながら。
時には、
自作の椅子に腰掛け、『考える人』のように。
時には、
草原に寝っ転がって、夜空を見上げながら。
時には、
俺のスマホを借り、嬉々として写真を撮りながら。
ルナリアさんは、考える。
(この子、ほんとに考えてるのか?)
そんなこんなで、20分後。
「……サトーは、ここから出たいの?」
考えて、考えて。
ルナリアさんは最後に、俺の意志を聞いた。
きっと、勇気が欲しいのだろう。
70年も過ごしたこの場所を離れるのも、
自分の貫いてきた信念を曲げるのも、
自分の好きなものを自分の手で壊すのも、
とても、勇気がいることだ。
「あぁ、俺は、ここから出たい。
ここから出てこの世界を思う存分楽しみたいんだ」
俺はルナリアさんの目をちゃんと見て、
真剣な気持ちを伝えた。
「――そう」
俺の気持ちを聞いた彼女は、
一瞬、どこか安堵したような表情を見せた。
重たい荷物を下ろしたような、
そんな、気が楽になったような表情だ。
そして、
「わかったわ。
一緒にここから出ましょう」
本当に心臓が止まるかと思った。
それほどまでに、彼女の微笑みは美しかった。
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