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第二の人生

 村長に空き家を手配してもらったクオ・ヴァディスは、さっそく家の掃除から始めることにした。しかし、家の中はそのまま使えそうなほど綺麗だった。家具も一通り揃っている。


「空き家というからボロボロなのかと思ったが、よく手入れされているな。村人が管理しているのか、まるで昨日まで誰かが住んでいたようだ」


 念の為にクローゼットを開けてみたが、誰かの衣類が入っているということはなかった。むしろ、家具はあるがそれ以外が何もない。食器もなければこれから寒くなっていく季節に多く必要となる薪などもない。水はすぐそばに井戸があるが、汲んで運ぶための桶もない。


「村に商店などはあるだろうか? 薪は自分で作れるが」

 

 雨露を凌げるだけでもありがたいが、生活に必要なものはこれから用意していかなければならないようだ。王都では金を出せば大体のものは手に入ったが、辺境の村で手に入るだろうか?


 ひとまず村を散策するために家を出たクオ・ヴァディスの前に、若い女性が姿を見せた。


「はじめまして、コロゾフさんに紹介されてきた人ですね? 私はマリルといいます」


 肩甲骨の下辺りまで伸びた艶やかなブロンドの髪を揺らしながら、女性が自己紹介をしてくる。年齢は二十歳前後だろうか、瑞々しい肌と煌めくターコイズブルーの瞳が、自分からはもう失われてしまった若さのエネルギーを感じさせる。


「ええ、私はクオ・ヴァディスといいます。突然仕えていた家から放り出されてしまいまして、途方に暮れていたところをコロゾフさんに助けてもらいました」


 自分がどういう設定で紹介されたのかがよくわからないので、嘘もつかず、どうとでも言い訳がつくような自分語りをしておいた。


「それは大変でしたねー……そうだ、色々な物が必要になるでしょう? 村で唯一の雑貨屋さんがありますから、案内しますよ」


 どうやら商店があるらしいと知り、安堵したクオ・ヴァディスはマリルの申し出に従って二人で雑貨屋に向かった。


 村を歩くと意外に人が多く感じるが、道行く人は年寄りか子供ばかりで、青年層があまりいない。マリルと同年代の村人が見当たらないが、それを聞くのもなんとなく憚られる。辺境の村だから、働き盛りの人間は都会に働きに出ているのだろうと思うが、決めつけも良くない。


 辺境の村というのは、とかく危険が多いものだ。周りに自然が多いので、その分人間に害のある魔獣などが現れやすい。そういうものが村を襲ってきた時に、村を守るために戦うのは青年層だ。


 あるいは国境が近いこともあり、隣国から侵略を受ける危険性もある。国の隅々まで国王軍の目が行き届くわけでもないし、だからこそ追放された男がこっそり紛れ込むこともできるわけだが、それは他国の侵略行為を見逃してしまうことも意味する。老人や子供ばかりでは伝令を出すのもままならないだろう。


 実際にそういう悲劇が起こっていなくとも、これから起こる危険性は常にあり、それ故にクオ・ヴァディスのような働き盛りの男性は歓迎されるのだろう。村の出身者が身元を保証している前提があればこそだが。


「私はいつも近くの森で薬草を採って雑貨屋さんに売っているんですよ。ポーションを作って町へ売りに行くんだそうです」


「そうなんですね、森へは一人で入っているのですか?」


 マリルの生業は、どこの土地であっても危険が多いものだ。それでも彼女が普段から一人で森に入っているのなら、この周辺に危険な魔獣がいる可能性は低いだろう。ポーションが作れる雑貨屋さんというのも気になるが、薬師が町に行ったついでに生活雑貨を仕入れていると考えれば不思議はない。


「ええ、一人なのであまり奥の方にはいけないんですよね」


 概ね予想通りの答え。それなら、あまり目立つことなく自分の特技を活かせるだろう。つまり、長年鍛えて王国最強とまで謳われた剣の腕をこの村の守りや村人の護衛に役立てられる。あまり強い怪物がいたら、剣の腕が立ちすぎることに不信感を抱かれかねない。


 とはいえ、若い娘さん相手に「守ってやる」なんて言うわけにもいかず。とりあえずはこの村をうろついて何かしら手伝えることを探し信頼関係を築いていく必要があるだろう。


「あの……クオさんってけっこう強かったりしますか? 腰に剣を差していますし」


「えっ? あっ、そうですね。お仕えしていた方の護衛などを任されたりはしていました」


 そういえば剣を差していた。この話の流れは既に彼女の護衛をするかどうかという地点に到達していたことに、言われるまで気付かずにいたのは迂闊としか言いようがない。


 親子ほどに年の離れた相手であるし、余計な気を使う必要もなかったのかもしれないと、少し相手を女性として意識してしまっていた自分を恥じた。


「よろしければ、薬草採りの護衛をしましょうか。私の生活もあるので、いくらかの報酬もいただきますが」


「いいんですか! ぜひお願いします」


 とても喜んだマリルは、やはり一人で森に入るのは心細いのだけど、頼りになるような男手もないので仕方なく危険を冒していたと語った。


 ずっと剣に生きてきた身だ。その腕を活かして第二の人生を送れるなら、これほど良いことはないと思う。


 レガリスは微笑みを見せてくれたのかな、と現金なことを考えるクオ・ヴァディスだった。

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