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決意と出発

「このたびは、大変申し訳御座いませんでした」


 わたくしは、ぺこりと頭を下げた。

 ドラゴンの討伐に赴く前に、やっておくべきことがあった。それは――両親への謝罪。

 ここまで、王妃になるために必死に育ててくれた両親。わたくしの我儘で戦いを覚えたいと言っても、快く受け入れてくださった方たち。

 そしてギルドの創設の出資をしてくださった理解のある二人。

 本当はお兄様にも謝罪をしたかったのだが、生憎お仕事があるということで来られなかった。


 今わたくしの目の前にいるのは、父でありローデンビュルフ公爵家現当主である――テオドール・ローデンビュルフ公爵。茶色の頭髪に、わたくしと同じ金色の目。

 長年、王国騎士団を率いてきたその厳格な表情は油断ができない。現在も軍師として騎士団に貢献をしており、その厳しさは常に保たれている。

 その隣に座っているのは、母――コルネリア・ローデンビュルフ公爵夫人である。わたくしと同じ赤毛に、ヘーゼルの瞳。

 おおらかで物静かな母は、いつも父の隣でにこにこと微笑んでいる。

 実は怒ったら怖いのはお母様のほうなのだけれど、それを知るのは家族と使用人達だけ。

 二人は喋ることなく、わたくしの謝罪を見つめていた。


「……お前がわざとあんなことになるように、仕向けたとは思わない」

「はい」

「しかし、国からの命令と、私との約束がある以上――もう止める理由もない」

「はい」

「ヘルディナ。体には気をつけるのだぞ」

「はい……あの、お父様。別に国を出るわけではありませんので」

「そうか」


 お父様はふぅと息を吐くと、にんまりと笑った。〝切り替わった〟とわたくしは確信する。

 お父様は器用な方だ。貴族たる厳しくも正しい風格と、本来の悪戯心の溢れる性格をうまく使い分けている。

 そしてその判断が異様に早い。


「実は私もあんな王子に娘をやりたくなかったんだ」

「もう、テオドール。気が緩むのが早いですよ」

「ははは、すまんすまん」

「でも私もそれには同意です。ヘルディナ、無理をさせましたね」

「いいえ、お母様」


 お母様は花のように笑った。口ではお父様を諌めているものの、本心では殿下をよく思っていなかったのは分かっている。

 だって何度か花を贈られていたけれど、どれも不吉な花言葉のものばかりを選んでいた。一緒に花を管理している使用人達は黙っていたが、王宮の人間が知識人だったらどうするつもりだったのだろう。

 流石に死を望むようなものや、滅亡を願うような花の贈り物をしようとしたときは必死に止めた。

 結果でいえば、王子と等しく抜けた者達で、何も起こらなかったのだけれど。


「ヘルディナ。賭けはお前の勝ちというわけだ。好きなだけギルドに向き合いなさい」

「はい、お父様」

「ちょっと待ってください、テオドール。賭けとはなんですか?」


 さあ、と血の気が引いた。わたくしもお父様も、笑顔のまま固まっている。

 おかしい。お母様の得意の魔法は、植物系のはず。どうしてだか部屋の気温が下がっていくように感じる。


「も、ものの例えだ。本当にお金を賭けているわけがないだろう」

「……」

「嘘ではないぞ!? ヘルディナもなにか言いなさい!」

「賭けておりません。お母様に心配をさせるようなことは、一切」

「……そう。ならいいのです」


 お母様の雰囲気がもとに戻り、わたくしもお父様もほっと胸を撫で下ろす。誓いますが、本当に何もしていませんわ。

 お父様は、こんなときにまで悪戯心を発揮しないで欲しいものです。

 しかし家を出ていかないとはいえ、こういうやり取りも頻度が減るのだろうと思えばさみしくなる。

 二人は明るく受け入れて下さったけれど、公爵家の名前に傷をつけたも同然だ。そして長い時間と資金をかけて準備してきた后教育も無駄になった。

 本当に二人には申し訳無さしかない。

 せめて、安心させるためにも。遠征以外は必ず家に帰るようにしようと誓う。


「ヘルディナ。これからギルドの仕事で、遠くへ行くのですね」

「はい。ドラゴン討伐に参ります」

「私も行きたいぞ」

「黙っていてください、テオドール」

「はい」


 あの最強とも言われる王国騎士団を作り上げた、テオドール・ローデンビュルフを一言でたしなめるとは。お母様、恐るべし。


「母はいつでも、あなたの帰りを待っておりますよ」

「ありがとうございます」






 さて、本格復帰の初回依頼が、まさか遠征を伴う依頼になるなんて。

 遠征をしたことがないということではなく。だけれど、あっても日帰り程度だった。それを遠征と呼べるのかはさておき。

 今までは公爵令嬢という立場で、長い間、王都を空けることができなかった。あの我儘で愚かな王子がどんな要求をしてくるかも分からないし、あまり遠くには出向くことはなかった。

 そう考えると、わたくしは縛りがなくなったということなのかしら。急に開放感が生まれたわ。

 長期遠征なんて経験がないから、準備に戸惑うかと思ったけれど――最悪、最低限の装備と肉体さえあれば、現地調達が出来るもの。

 特に悩む必要なんてない。

 地図を持ち、わたくしは軽快な足取りで王都を出た。


 今回の討伐対象であるドラゴンは、火山で生きているドラゴンだという。

 高温のマグマにも耐えうる肉体と鱗を持ち、長い年月を経て生み出されたその皮は、どんな武器ですら通さないと言われる硬さを誇るらしい。

 主食は溶岩と言われており、岩をも噛み砕く強靭な顎と牙を持っていると聞いた。

 話を聞くだけでもワクワクしてくる。

 そんな魅力の塊に早く会うためにも、目的地へとたどり着かねば。



 王都から徒歩で出てきて暫く。城壁が遠くに見えたころ。そろそろいい具合だろう。

 わたくしは両足で何度か地を蹴って、跳躍する。足首を振って、何度か屈伸もして、準備運動を万全に。

 最近の〝実践〟は、戦地が貴族社会だったから。体が尋常ではないくらいになまっているはず。

 これからドラゴンとの戦闘も控えているのだし、移動程度で体が音を上げてはいけない。

 わたくしは地に足をつけると、両足へ魔力を注ぐ。足の筋肉が、久方振りの魔力に喜んでいるような気がした。土をぐっと踏み込んで、飛ぶように蹴り上げた。

 砲弾が発射されるような音を立てて、わたくしの体は前に進む。地に足を踏み込むたびに地面が削れているような感覚がするが、別に気にすることでもない。


「ふっ、あはは! 楽しいわ!」


 貴族の面倒なことも、あの馬鹿の尻拭いも、后教育も、何もかも解き放たれてから初めてやる仕事。

 楽しくてたのしくて、仕方がない!

 あまりにも楽しすぎて、魔力の調整を間違えて、更には足を引っ掛けてしまった。勢いよく転んだわたくしは、川で石を投げて遊ぶ水切りのように地面を転がった。

 高速で移動していた反動で、それはそれは物凄い衝撃で地面をえぐりながら。

 最終的に巨大な岩にぶつかったことで、勢いは止まった。感覚的な距離からして、数キロほど吹き飛ばされたようにも思える。


「ぺっ、ぺっ……。口の中が土だらけ……」


 あぁ、当然だけれど。わたくしはこの程度の衝撃は傷にもならない。咄嗟に魔力で身体全体を覆い、保護膜を作ったのだ。

 本来であれば一度目の着地の時点で、わたくしの体は粉々になっていたところだろう。粉々よりもぐちゃぐちゃね。

 少しでも魔力を纏うタイミングを間違えれば――もう人ではなく、肉塊になっていたに違いない。


「あら?」


 体中の土埃を払いながら立ち上がると、目の前の岩だったものは崖だったようだ。よくよく考えれば、岩程度だったらわたくしを受け止めきれず破壊されていた。

 崖だったからこそ、わたくしを止めることができたのだろう。

 たしか、崖まで辿り着いたら、そこを超えれば火山がすぐ見えたはず。思ったよりも走っていたみたい。


 さて、崖の高さは数メートルから十メートルほどといったところだろう。

 わたくしは両足に魔力を流す。この程度の高さであれば、さほど多くの魔力はいらない。

 特に力も込めることはなく、通常の跳躍と同じような感覚で飛び上がれば、あっという間に崖の上だ。うまく着地に成功すれば、見晴らしの良い景色が見えてきた。

 ――いえ、一般的には恐ろしい景色なのかもしれない。

 見渡す限り岩でできた世界。先程までの道のりには木々があったのに、崖を挟んで環境が全く異なっている。この崖が境界線というわけだろう。

 居住区のような場所も見受けられるが、到底人間が住める環境とも言えない。そうなれば追いやられた亜人が住んでいる可能性が高くなる。

 ――……ここは、見ていってもいいかもしれないわ。亜人種は我が国では忌み嫌われる存在だけれど、わたくしの〝家〟では受け入れたい高ステータスの種族が多い。

 家――ギルドも賑わっているけれど、まだまだ弱い。本格的に管理を任された以上、もっともっと高みを目指したい。


 そして遠くには頂上の赤い火山が見える。これが今回の目的地。あの火口に、討伐対象であるドラゴンが住んでいるのだ。


「うふふふ。ほんっとうに、楽しくなってきたわね!」

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