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信頼と疑問

「聞いたか!? お嬢があたしを優秀だってよ!」

「それは皆が思っていることだわ」

「ゴロツキとお嬢から言われるのとじゃ違うぜ?」


 ヘルディナが立ち去った執務室には、興奮したパウラの声が響いていた。ブレヒチェは「いつもこれくらい素直だったらいいのに」と嘆息した。

 彼女はまだ浮遊を続けている依頼書を回収すると、改めて内容を見つめた。ヘルディナも懸念していた匿名依頼。ブレヒチェも少しだけ気になっていた。

 それは宮廷魔法使いとしてのものなのか、冒険者として培ってきた勘なのか、それともただの女の直感なのか。いずれにせよ、怪しいと思っているのは間違いない。


「ピーテル」

「はいはーい」


 ブレヒチェが名前を呼ぶと、どこからともなく男が現れた。

 ――ピーテル・ビスホップは、ブラッディ・ベアに籍を置く情報屋だ。彼に手に入れられない情報など存在せず、ありとあらゆる筋と通じているとも自称する。

 実際にその自慢通りの腕であり、頼んだ情報はすぐに仕入れてくる。そして間違いなく正確で新鮮。


「依頼主を探してもらえる?」

「おいおい、魔女サマ。匿名依頼を探ろうだなんて、契約違反じゃないのか」

「マスターに咎められたら、私の責任にするわ。どうにもきな臭いのよ」

「そりゃああたしも思ったけど……」


 長い事商人をしてきたパウラにとって、その〝取引〟が本当に利益を生むのか。それを見極める目がある。

 いくら羽振りが良いとしても、ドラゴン一頭を所望する依頼は過去になかった。あったとしても鱗だけだったり、牙だけなどのほんの一部。

 頭を悩ませるほどの依頼は皆無だったのだ。

 それにこんな依頼をしてくるような、馬鹿の顔を知りたかったということもある。


「大丈夫っすよ。自分にかかればちょちょいっと終わりますし。マスターになんてバレませんって!」

「速度だけで言えばお嬢の方が上なのを忘れんな」

「うっす」

「ま、お嬢も暫く王都を離れるだろうし、その間にやってくれ。あたしも何とか誤魔化しとくさ」

「ありがとう、パウラ」


 ピーテルは早速仕事に取り掛かるのか、音もなく部屋から消えた。誰一人として驚かないのは、このギルドではこういったことが〝当たり前〟だから。

 ギルド〝ブラッディ・ベア〟に在籍する者達は、全てが全て、尋常じゃない能力を持っている。

 それもヘルディナ・ローデンビュルフが一人でかき集めた人材であるということも。

 そしてその精鋭たる誰もが、ヘルディナを下に見ることはない。それは各人が、ヘルディナ直々に挨拶を済ませた者達だからだ。

 彼女の実力を目で見て、脳裏に焼き付けた者達は、ヘルディナの決定を否定することなど無い。ついていくに相応しい女だと、誰もが思っているのだ。

 同時に、ヘルディナのためならば汚い手も辞さない連中が多い。

 もとより柄の悪い連中で構成されるギルドメンバーは、目的と家族の平和のためならば手段を選ばないのだ。


 ――ギルドの長であり母であるヘルディナも、それに然りである。


「それにしても、材料だけでいいんだな。うちには腕利きもいるのに、作成までは依頼しないわけか」

「金のある王国民だったのなら、異種族を毛嫌いするでしょう」

「何が違うんだかねぇ……」


 この拠点には、鍛冶場も存在する。そこには他のギルドが喉から手が出るほど欲しがっている技術者がいる。

 しかしそれを安易に手に入れないのは、その技術者が人間ではないから。

 ドワーフであるその双子――イーフォ・スハープとイーリス・スハープは、ブラッディ・ベアきっての職人である。もっとも技術を得ているのは妹であるイーリスで、兄のイーフォは口下手で人見知りな妹に代わって営業と窓口担当をしている。

 ドワーフだというのにイーフォは口がうまく、ギルドメンバーの詐欺師達にも絶賛されるほど。妹のために二倍も喋らなくてはならないため、自然と身についた技術だという。

 そして詐欺師だけではなく、戦いに出る戦士たちもスハープ兄妹を褒め称える。

 妹であるイーリスの作り出した精巧で確かな武器たちは、そんじょそこらの武器屋では手に入らない逸品なのだから。


 もともと人から避けられるようにして生きてきた者達は、異種族であるだとかでの差別も区別もない。

 お互いにどんな境遇であれども、高い技術と誇りを持って依頼に挑む。

 ヘルディナも貴族でありながら、見た目や境遇ではなく、彼らが今持っている〝才能〟に惚れてスカウトをした。

 そうして内を見てくれるヘルディナだからこそ、ギルドメンバーはついていくのだ。


「にしても……」

「うん?」

「ついにヘルディナ様と働けるんだよなぁ……」

「……はあ」


 パウラはうっとりと笑顔を浮かべた。ブレヒチェは「またか……」と頭を抱える。

 荒々しく強気なパウラではあるものの、ヘルディナに助けられてからは彼女を非常に尊敬している。

 ヘルディナを尊敬するのはギルドメンバーでは同じなのだが、パウラは表でははっきりと言わないのが面倒なところだ。

 これがあるからこそ、詐欺師や盗賊を経験してきたパウラが、ギルドの帳簿をあれこれしない理由でもあるのだが。


「私はバーに戻るわ。また何かあったら呼んでちょうだい」

「おうよ」


 ブレヒチェは執務室を後にした。

 廊下では二人組のメンバーとすれ違う。ブレヒチェを見ると、きらきらと目を輝かせて頭を下げた。

 代理ギルドマスターの妻でもあり、有名な魔女であるブレヒチェは、ギルド内での地位は高い。時折、ヘルディナの秘書としても動くことがあるため、メンバーからは一目置かれている。


「依頼帰り?」

「はい!」

「休憩室は空いていたはずよ。ゆっくりして」

「ありがとうございます!」


 彼女の人生も闇の深いものばかりだったが、今はこうして尊敬してくれる後輩すらいる。ブレヒチェもパウラに強く言えないほど、ヘルディナには感謝していた。

 廊下を抜けてバーへ戻ると、依頼から戻ってきたメンバーが増えて賑わいを見せていた。

 ここはバーではあるものの、食事の提供も行っている。仕事帰りに立ち寄って、仲間と談笑しながら美味しい料理を味わえるのだ。

 メンバーに言わせればまさに家。

 帰れば誰かがいて、あたたかく迎え入れてくれる。ここは誰も否定をしないし、快く受け入れてくれるのだ。


「話は終わりましたか」

「ええ。完了した依頼がありそうかしら?」

「食べてからパウラのもとへ行くそうですよ」


 帰ってきたメンバーを見て、改めて依頼を思い出す。緊急性があるものではなく、すぐに報告書の提出が必要になるものはないだろう。

 それに安心すると、ブレヒチェは改めてカウンター席に座る。バーテンダーは即座に、ブレヒチェへ果実酒を提供した。彼女が最近、気に入っている酒だ。


「ありがとう、ロベルト」

「いいえ」


 バーテンダーでありアルケミストであるロベルト・ホフマンも、立派なギルドのメンバーである。

 彼はメンバーに食事と酒を提供するスタッフでもあり、これから仕事へ向かうメンバーへポーションなどのアイテムを販売する店でもある。

 戦闘面では圧倒的に劣る彼だが、ポーションや毒物などにおいてはこのギルドで最も優秀と言えるだろう。


「しかし、癒しの力を持つ聖女ですか。一度お会いしたいものです」

「実験でもするの?」

「まさか! ……あぁ、いえ、そうなりますね。癒やしの力があれば、私もより多くの毒を食べることが可能になるでしょう? その原理をよく調べて……」

「本当に毒が好きなのね……」

「ええ。あれに勝る美食はありませんから」


 こんな男ではあるものの、提供する料理は誰もが舌鼓をうつ。そして敵でなければ相手に毒を与えることもない。

 ――もっとも、報酬として毒をねだることはあるのだが。

 節度と常識を持った変態なのである。


「ロベルト! これおかわり!」

「はい、只今。……申し訳ありません、ブレヒチェ。お相手は難しそうです」

「いいわよ、行きなさいな。一人で飲んでいるわ」


 ギルドは今日も順調に回っている。それぞれが優秀であるからゆえに、トップにいるブレヒチェがあれこれしなくても構わないのだ。

 ブレヒチェはリュドが出撃しないかぎり、ここを出ることはない。攻撃魔法も扱えるものの、ここ数年はずっとリュドのサポートに回っていた。

 それで何かに困ったことはないし、ブレヒチェもリュドのサポートをするのが好きだ。

 何よりもヘルディナには、リュドとブレヒチェはギルドの砦としているように、と頼まれている。


 ブラッディ・ベアはその評判で嫌われつつも、功績を数多く残している。

 目の敵にしている同業者も少なからずおり、特に拠点である獣の爪は狙われやすい。だからリュドとブレヒチェは常にバーにいて、奇襲から家を守るように言われている。

 辛い過去を持つブレヒチェにとって、大切な我が家を破壊されるわけにもいかない。そして尊敬するヘルディナに家を任された以上、ここを守り抜くと決めた。


「よう、べっぴんさん」

「!」

「隣良いかい」

「……もう」


 誰もいなかったはずのカウンター席。隣に座るのは、よく見知った大男。

 ヘルディナが帰ってきて慌ただしくなり始めたギルドを見て、思い表情をしていたブレヒチェ。だが隣に愛する夫がいるだけで、すぐに明るさを取り戻した。


「これから忙しくなるわよ」

「楽しくもなるぞ」

「ふふっ、きっとそうね」


 国には〝無能〟と突き放された破天荒な令嬢は、本格的にギルドをかき回していく。二人はそれに胸を躍らせ、乾杯した。

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