妹と二人で歩いてるところをクラスメイトの氷の女王に目撃された翌日から、氷の女王の様子がおかしいんだが?
「く、櫛崎さん、おはよう!」
「…………」
「嗚呼櫛崎さん、今日もお肌がスベスベで見蕩れちゃうわ!」
「…………」
氷の女王こと櫛崎さんは、今日も男女問わずクラスの人気者だ。
辞書の『傾国の美女』の欄に載っててもおかしくないくらいの絶対的な美貌を持っている櫛崎さんなので、さもありなんといったところではあるが。
だが櫛崎さんはそんなクラスメイトたちに対して、いつも通り無表情のガンスルーを決め込んでいる。
にもかかわらずみんな「櫛崎さんはそうでなくっちゃ!」とか「嗚呼、櫛崎さんの射抜くような冷たい瞳、素敵……」と、恍惚とした表情を浮かべている。
うちのクラスにはドMしかいないのだろうか?
まあ、俺は至ってノーマルなので、冷たく無視されるとわかっていて挨拶をする気概はない。
なので隣の席に座った櫛崎さんのことも、一瞥するだけですぐスマホに目線を戻した。
――が、
「…………」
「――!?」
何故かそんな俺のことを、今日も櫛崎さんは無言でギロリと睨みつけてきたのである。
またオレ何かやっちゃいました??
「ねえねえお兄!」
「ん?」
その日の夜。
妹のみちるがノックもせず突然部屋に入ってきた。
「みちる、いつも言ってるだろうが。ノックくらいしろよ」
「えー、メンドいから別にいいじゃーん。ねえねえそれより、お兄日曜日暇でしょ?」
「いや、暇じゃない。一日中ゲームするという大事な用事があるからな」
「つまり暇なんだね。じゃあ私の買い物に付き合って」
「暇じゃないって言ってるだろうが」
ホントこいつは人の話聞かないな。
「ほんじゃ日曜日よろしくねー」
「オイ」
俺は一言も行くとは言ってないのに、みちるは満面の笑みを浮かべながら、鼻歌交じりに出て行ってしまった。
……まったく、しょうがねえなあ。
そして迎えた日曜日。
「……みちる、暑苦しいから離れろ」
「えー、いいじゃん別にー。お兄も可愛い妹に懐かれて嬉しいでしょ?」
「1ミリも嬉しくないし微塵も可愛いと思ってない」
「あはは、お兄はツンデレだなー」
欠片もデレの要素がないんだが?
まったく、まさか高校生にもなって、中学生の妹に腕を組まれながら外を歩くことになるとは。
子どもの頃からみちるはこんな調子で、成長したら流石に兄離れするだろうと放っておいたらこのザマだ。
完全に教育に失敗したな……。
「……あ、相川君」
「え?」
その時だった。
不意に背筋がゾクッとするほどの冷たい声が鼓膜を震わせた。
こ、この声は……!?
「……櫛崎さん」
「…………」
そこに立っていたのは案の定、氷の女王こと櫛崎さんであった。
いつもの能面のような無表情から一転、この世の全ての不幸を纏めてぶつけられたみたいな絶望に満ちた顔をしている。
何があったの!?
「わー、すっごい綺麗な人ー! 知り合い?」
「ああ、うん、クラスメイトの櫛崎さん」
「あぁ……、う……、うあ……」
櫛崎さんは頭を搔き毟りながら、ちい○わみたいなうわ言を繰り返している。
マジで櫛崎さんどうしちゃったの!?
「ウララララララァ!!!!」
「「――!!?」」
遂にはちい○わのうさぎみたいな奇声を発しながら、物凄い速さでどこかに行ってしまった。
な、何だったんだろう……。
「く、櫛崎さん、おは……あれ!? 大丈夫櫛崎さん!?」
「…………」
「嗚呼櫛崎さん!? いったいあなたに何があったというのおおおお!!!」
「…………」
その翌日登校して来た櫛崎さんは、ゲッソリとやつれてゾンビみたいな顔になっていた。
こ、これって多分、昨日俺と会ったのが原因だよな……?
何に櫛崎さんがあんなにショックを受けたのかは見当もつかないが、俺のせいでこうなってしまった以上、流石に今日は話し掛けないわけにはいくまい……。
「あ、あのー、櫛崎さん」
「…………」
隣の席に座った櫛崎さんに、恐る恐る声を掛ける。
櫛崎さんは完全に色が消えた瞳を俺に向けてきた。
こ、怖……!
「き、昨日はゴメンね? 俺が気に障ることをしたなら、謝るよ」
「……別に。相川君は何も悪いことはしてないわよ」
あ、そうなの?
じゃあ、何で昨日はあんなに……。
「それより、私なんかには話し掛けないほうがいいわよ。彼女さんに嫉妬されても、私は責任持てないから」
「彼女??」
ああ、それって。
「いやいや、昨日のあれは彼女じゃなくて妹だよ。俺に彼女なんかいるわけないじゃん」
「――!! そ、そうなのッ!!?」
「っ!?」
途端、櫛崎さんの死んだ瞳に光が宿り、眩しいくらいの後光が射した。
櫛崎さん???
「なぁーんだ! そうだったのぉ! それならそうと、早く言ってよ、もぉー!」
「??」
とても氷の女王とは思えないくらいのハイテンションガールと化した櫛崎さん。
櫛崎さんイケナイお薬とかヤッてないよね??
「うおおおおお!!! 櫛崎さんの笑顔、眩しすぎて目がぁぁ〜!! 目がぁぁぁぁあっ!!!」
「目がぁぁぁああああーーーー!!!!」
あまりにもレアな氷の女王の笑顔に、クラス中が某大佐になっている。
わけがわからないよ(QB並感)。
「……でも、こうなったらもう、私もうかうかしてられないわね」
「?」
櫛崎さん?
「相川君、私と一緒に帰りましょう」
「「「――!!?」」」
その時クラスに電流走る――!
その日の放課後。
あろうことか俺は、櫛崎さんからそんな誘いを受けた。
んんんんんんんんん???
「え、えっと……何で俺なんかと……」
「何でもいいでしょ。それとも相川君は、私なんかとは帰りたくない?」
「い、いや、そんなことはないけど」
「そう、じゃあ決まりね」
「……」
櫛崎さんの意図がまったく読めず、ただひたすらに怖い……。
とはいえここでキッパリ断れるほどの気概は俺にはなかった。
「そんなあああ!!! 何で相川なんかと櫛崎さんがああああ!!!」
いや俺が訊きたいくらいだよ。
「嘘だと言ってよ、バーニィイイイイ!!!!」
因みにその台詞は、作中では一度も使われてないらしいよ?
「く、櫛崎さん!?」
校舎を出た途端、何故か櫛崎さんは昨日のみちるみたいに俺の腕にしがみついてきた。
いやマジで今日の櫛崎さんはどうしちまったんだ!!?
「あ、あのー」
「何? 私に腕を組まれるのは嫌?」
「い、嫌ではないけど……」
ただ周りの殺気の籠った視線が痛すぎる……。
中には血の涙を流してる生徒までいる。
「うふふ」
「……」
が、櫛崎さんはいつになく上機嫌だ。
櫛崎さんの笑顔を見ていたら、俺の心臓がトクンと一つ跳ねた――。
ま、まあ、櫛崎さんが楽しそうなら、別にいいか……。
「あー、俺の家はここだから」
その後は特に会話が弾むこともなく、お互い無言のまま家に着いてしまった。
「そう、じゃあまた明日ね相川君」
「う、うん、また明日」
櫛崎さんは俺に軽く手を振ると、颯爽と一人去って行った。
マジで櫛崎さんは何がしたかったんだろう……。
「おはよう、相川君」
「――!」
その翌朝。
家を出ると、そこでまるで待ち構えていたかのように櫛崎さんと出くわした。
「お、おはよう」
「偶然ね。よかったら一緒に登校しない?」
「あー、うん、い、いいよ」
有無を言わさないような圧のある笑顔でそう言われたら、うんとしか言えない。
ホントに偶然だったのかな……?
「よいしょ」
「っ!?」
今日も櫛崎さんは、昨日みたいに俺の腕にしがみついてきた。
「く、櫛崎さん……」
「何? 問題でもある?」
「……いや、ないです」
もちろんここで俺に何か言える気概は(ry
「うふふ」
「……」
俺なんかと登校して、何がそんなに楽しいのかな櫛崎さんは……?
でも、櫛崎さんの笑顔をすぐ横で見れていることに対して、悪くない気がしている俺もいた。
――この後も俺たち二人は無言で登校し、腕を組んだまま教室に入ったものだから、クラス中は阿鼻叫喚だった。
こうして毎日朝と放課後は、俺たち二人は腕を組みながら登下校するのが日課になった。
一ヶ月も経つ頃には、隣に櫛崎さんがいることが、俺の中ですっかり当たり前になっていた。
最初のうちは怨嗟の籠った視線を投げ掛けてきたクラスメイトたちも、最近では一周回って悟りの境地に達したのか、皆一様に仏様のような顔で日々を過ごしている――。
「お、お兄ッ!?!?」
「――!」
そんなある日。
いつものように櫛崎さんと腕を組みながら二人で帰っていると、遂に家の前でみちるに目撃されてしまった。
うわぁ、これは説明が難しいぞ……。
「そんなッ!! 嘘よッ!! あの冴えないお兄に、こんな美人の彼女がいるなんてッ!!」
事実でも言っていいことと悪いことがあるぞ妹よ?
それに俺たちは一緒に登下校してるだけで、別に付き合ってるわけじゃない。
「あ、この人! 前に会ったお兄のクラスメイトの櫛崎って人!」
「うふふ、はじめましてみちるちゃん。あらあら、近くで見たら相川君にそっくりね。とっても可愛いわ」
「か、かわ……!?」
櫛崎さんはみちるにスタスタ近付くと、みちるの頬に右手をそっと添えた。
キマシタワー!
「そ、そんなお世辞を言っても、わ、私はあなたをお兄の彼女とは認めないからね!」
何でお前にそんなことを言う権利があるんだよ。
「心配しなくても私たちはまだ付き合ってはいないわよ」
ん?
その言い方だと、将来的には付き合う予定があるみたいにも取れないですかね?
「そ、そうなの?」
「ええ、あと一つだけ訂正しておくわね。相川君は冴えない男なんかじゃないわ。私が入学して間もない頃、クラス中の人たちから付き纏われて辟易していたら、『人の迷惑も考えろよ!』って助けてくれたんだから」
ああ、あったねそんなことも。
あれは事なかれ主義の俺でも、流石に見過ごせなかったからな。
あれ以来、櫛崎さんには決してベタベタせず、遠くからみんなで見守るという暗黙のルールが出来たんだっけ。
「あはー! わかるー! お兄って普段は他人に興味なさそうな風を装ってるのに、困ってる人がいたら何だかんだ助けてあげなきゃ気が済まないんですよねー! ツンデレなんですよツンデレ!」
「うふふ、そうそう、ツンデレね」
おぉふ。
あんなに敵対心剝き出しだったみちるが、一瞬で籠絡されてしまった……。
氷の女王、恐るべし。
「あ、あの、櫛崎さんのこと、お姉さまって呼んでもいいですか?」
みちる!?
何ちょっと頬を赤く染めてんだよお前!?
「ええ、よくってよ」
「やったぁ!」
一緒に超巨大ロボに乗りそうだなこの二人(迫真)。
「なるほどなるほど、何となく状況はわかりましたよ。お姉さまも大変ですね」
「うふふ、そうなのよ」
二人してジト目で俺を見てくる。
またオレ何かやっちゃいました??
「お兄! お兄がラノベ主人公体質なのは知ってるけど、そろそろちゃんとしてあげないと、お姉さまが可哀想だよ!」
「そうよ、相川君」
「……はぁ?」
そう言われましても……?
この日以来、みちるは櫛崎さんと俺が帰って来るのを家の前で待ち構えるようになり、大好きなお姉さまとキャッキャウフフするのが日課になったのである。
――そして更に一ヶ月後。
「いやお兄!? そろそろいい加減に決めろやあああああ!!!!」
「何を!?」
いつものように櫛崎さんと腕を組みながら帰って来ると、突然みちるにブチギレられた。
思春期って怖い!
「いや、いいのよみちるちゃん……。私が悪いんだわ……。まさか相川君がここまでとは思わなかったから……」
「いやいや! お姉さまは何も悪くないですよ! 全てはこの、超絶ウルトラ鈍感野郎が悪いんですからッ!」
今日はいつにも増して酷い言い草だな妹よ。
「でもこのままじゃ埒が明かないし……。私、今日で決着をつけるわみちるちゃん」
「お姉さま……、やるんですね!? 今……! ここで!」
「えぇ!! 勝負は今!! ここで決めるわ!!」
何何怖い怖い!
櫛崎さんって鎧の巨人だったの!?
「じゃあ私、家に入ってます!」
「ええ、上手くいくように祈っててね」
「もちろんです!」
みちるは「ウララララララァ!!!!」とちい○わのうさぎみたいな奇声を発しながら、物凄い速さで家の中に消えて行った。
ある意味似たもの姉妹だな……。
「……さて、相川君」
「は、はい!?」
いつになく真剣な表情で、俺と相対する櫛崎さん。
何が始まるんです?(第三次大戦だ)
「……私がこの二ヶ月、毎日相川君と二人で腕を組みながら登下校していた意味がわかるかしら?」
「……はぁ?」
意味?
そういえば、いつの間にかこれが日常になってたから、意味までは深く考えたことがなかったな。
でもよくよく考えたら、これは確かに異常事態だ。
そこには何かしら、重要な意味があるはず……。
考えろ。
考えろ、俺――。
何故櫛崎さんは、そんなことをしているのか――。
「――! そうか!」
「わ、わかってくれた!?」
櫛崎さんは希望に満ち溢れたキラキラした瞳を向けてきた。
ああ、バッチリだよ櫛崎さん。
「櫛崎さんは、みちるのことが羨ましかったんだね!」
「…………は?」
「ほら、初めてみちると会った時、みちるが俺と腕を組んでたじゃん? あれを見て、俺の腕の組み心地を試してみたくなったんでしょ?」
「…………」
が、一転、かつての氷の女王を彷彿とさせる、ブリザードのような無表情に戻ってしまった。
またオレ何かやっちゃいました??
「くおおおおらお兄いいい!!! おんどりゃええ加減にせえよおおおおお!!!!」
「っ!?」
光の速さで家から出て来たみちるに、胸倉を掴まれた。
お前俺たちの遣り取り盗み聞きしてたのかよ!?
「そろそろ気付けやああああ!!! 好きなんだよおおお!!!! お姉さまは、お兄のことが好きなのおおおおお!!!! …………あ」
「「――!!!」」
なにィイイイイイイ!?!?
「ゴ、ゴゴゴゴゴゴメンなさいお姉さま!! 私ったら!!」
「……いや、いいのよ。きっと相川君には、これくらいハッキリ言わないと伝わらなかったでしょうし」
あ、いやぁ、そのぉ……、ホントすんません……。
ただ一つだけ言い訳をさせてもらうと、まさかあの櫛崎さんから好かれてるなんて、普通思わないじゃん?
「あはははー、では、後は若い二人に任せて、お邪魔虫は退散しますので……」
みちるは再度すごすごと家の中に消えて行った。
「……本当にゴメン櫛崎さん。俺、マジで鈍感で……」
「ううん、いいのよ。……相川君の、そんなところも含めて、好きになったんだもの」
……櫛崎さん。
「そ、それで、その、へ、返事を聞かせてもらっても、いいかしら?」
「――!」
耳まで真っ赤にして、髪の毛をいじいじしながらそう言う櫛崎さん。
――この二ヶ月で、俺もよくわかった。
氷の女王なんて呼ばれてるけど、本当の櫛崎さんは表情豊かで、いい意味で普通の女の子なんだってことが。
――そしてそんな櫛崎さんのことが、俺も――。
「――俺も、櫛崎さんのことが――好きです」
「――!!」
途端、櫛崎さんの瞳にブワッと涙が溢れた。
「どうか俺と、付き合ってください」
「あ、ああ……そんな……、夢みたい。――相川君ッ!」
「うおっ!?」
櫛崎さんにギュッと抱きつかれた。
オォフ……。
ホント櫛崎さんって、意外と積極的だよなぁ。
「ふわあああああああん!!!! お姉さまああああああ!!!! おめでとうございますううううう!!!!」
「っ!?」
またしてもみちるが光の速さで出て来て、櫛崎さんに抱きついた。
オイ、もう櫛崎さんは俺の彼女なんだから、あんま馴れ馴れしくすんなよな(嫉妬)。
「うふふ、ありがとね、みちるちゃん」
「ふにゃああああああん!!」
やれやれ……。
とはいえ、明日からクラスで俺は、針の筵かもしれないなこれは……。
――が、そんな俺の心配とはよそに、翌日俺と櫛崎さんが付き合い始めたことをクラスメイトたちにそれとなく伝えたところ、「ふーん」という素っ気ない返事しか返ってこなかった。
……解せぬ。
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