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漆黒将軍の求婚 1

 フリードさまの飛竜に乗って着いたのは、郊外の大豪邸だった。

 見下ろした大きな門をくぐることなく、広い芝生の庭に飛竜はゆっくりと降り立った。

 飛竜が頭を下げると、フリードさまが颯爽と降りる。そして、私を持ち上げて降ろしてくれた。


 こちらに、と言われてフリードさまの一歩後ろを歩き、その後ろには竜騎士たちがお供のようについて来ている。

 空いたお腹を抑えたまま、それに緊張する。そして、立派な様式の玄関に連れられ、フリードさまが、玄関を開けるとお迎えにやって来た執事たちと鉢合わせた。


「ヴィルフリードさま。本日はお早いお帰りで……」

「急用だ。大至急食事を準備してくれ」

「では、すぐに晩餐の支度を……従者のリックをすぐに部屋に行かせます」

「晩餐でなくていい。このまま食べるから、とにかく食事をすぐに……」


 飛竜の上でお腹を鳴らせた私に、急いで食事を出そうとしているフリードさまに、恥ずかしながら「大丈夫ですよ」と言うが、彼はそのまま気にせずに私を食堂に連れて行った。


「まさか、朝食べてから何も口にしてないとは……」


 食堂で、向かい合って座るとフリードさまは肘を額に付き、呆れているのか困ったようにそう呟いた。お腹を鳴らせた私に朝以降何も食べてないことがフリードさまを、有り得ないほど驚かせてしまったのだ。


 そのフリードさまに、後ろに付いていた竜騎士の一人が声をかける。どうやら、まだ仕事が残っているようだ。

 立ち上がり廊下に行くと何かを話している。すぐにでも、仕事に戻るのかと思いきや、彼は竜騎士たちを下がらせて、また食事の席についた。


「お仕事でしたら、行かれた方が……」

「気にしなくていい……どのみち食事は摂るし……」


 そう話していると、オードブルが運ばれてきた。

 貝のグラタン仕立てに、チーズの乗った野菜にパイ生地にはチキンが添えてある。野菜がふんだんに使われたスープは、田舎風のスープだろうか。

 晩餐に用意されていたものを急いで持って来たのだろう。それで、晩餐らしい食事なのだと察する。


「さぁ、遠慮せずに食べてくれ」

「はい。いただきます」


 美味しい食事。温かいスープにホッとした気分になる。

 朝から色んなことがあった。一番驚いたことは、フリードさまが馬車の扉を破壊して顔を出したことだろうか。扉を手で持っていたから、素手で壊したのだと今さらながらに思う。


 食事を食べている間に、フリードさまは給仕をしている執事に部屋の準備を指示している。


 そして、美味しい食事が終われば、部屋へと案内された。たった一つの荷物のトランクも置いてある。


「足りないものはないか? 湯浴みの準備もしていると思うが……」


 部屋の扉を開けてくれ、中を確認するようにフリードさまがそう言い、そのまま扉にもたれている。


「十分です。明日からは、すぐに仕事を探しに行きますので、なるべく早いうちに出て行きますね」

「出て行くことはない。その……ずっとここにいてくれれば……」

「ご迷惑はおかけしませんので。お食事もありがとうございます。……では、おやすみなさいませ」


 フリードさまに見送られて部屋に入ると、一人になった部屋でトランクを開けた。


 中には竜聖女の洋服が三着。それと、以前はクリームが入っていた綺麗なケース。クリームは使い切ってしまったために、中には何にも入ってない。でも、綺麗なケースを気に入っていて、ずっと大事に持っている。


「自由になったから、お金があればクリームも買えるかしらね。このクリームはどこで売っているのかしら……?」


 ランプに照らされた部屋で、独り言をそう呟く。

 以前、誰かが部屋の前に置いてくれていた綺麗なケースに入ったクリーム。


 飛竜が怪我した時は、私が呼ばれることがあった。怪我をしていると飛竜は、気性が荒くなることもあるために、回復魔法を使える人間はその飛竜に驚き落ち着いて回復魔法がかけられないという理由で私がよく呼ばれていたのだ。私は、竜に怯えないから……。


 多分、その時の飛竜の治療をしたお礼だろう。

 いつかお会いできたら、お礼も言いたい。いつも水仕事をしていたから、これがある間はすごく助かっていた。


 クリームってすごい!と思ったことを今でも覚えている。

 そのせいか、このケースが綺麗だからか、すでに空っぽなのにいまだに捨てられない。


「明日から、頑張ろう……私でもできる仕事はあるはずだわ」


 回復魔法も使えるし、竜のお世話もできる。その辺りで仕事を探せばいいはず。

 そう思い、柔らかな温かいベッドに潜り込み眠りについた。





「おはようございます。お嬢様」


 カーテンがシャッーーと開く音がして、朝の光が部屋に差し込んでくるのがわかる。

 パチリと目を開くとメイドが、私を起こしに来たようだった。


「おはようございます」

「あの……お嬢様。ナイトドレスは?」

「持っていませんよ。眠る時はいつも下着のままです」


 シュミーズのままで眠っていたことに驚いたようで、私を訝しんで見ている。その様子で、私の古ぼけたトランクに視線を移している。


「あの……支度を……」

「一人で大丈夫ですよ。いつも自分でしていましたから……」


 いつもの服を着るだけなのに、メイドの手伝いはいらない。メイドを見ると、一体何を手伝えばいいのか困惑しているのがわかる。


 そのまま私をチラリと見ながらメイドは部屋を出ていった。


 ベッドから起きて、いつも通りに着替えをする。でも、何をしていいのかわからない。


「いつもならグラムヴィント様の朝の挨拶から始めるのだけど……」


 もうグラムヴィント様のお世話はできない。仕事を探しに街に行かないと……。


 そう思っていると、ノックの音がして、開けるとフリードさまが私を朝食に誘いに来てくれていた。


「朝食も頂いていいのですか?」

「もちろんだ。一緒に住むのだから」


 そう言って、私を食堂に連れて来てくれた。でも、朝から美味しそうな食事に、居候がこんなにして頂いていいのかと思う。そう思うと、朝食に手が伸びなかった。


「フリードさま。私は、いつまでいていいのですか? もちろんすぐにお仕事を探しに行きますけど……」

「仕事は無理にする必要はないのではないか? 急いで探そうとしなくても……」

「でも、居候が何もしないわけには……」

「居候ではないから、気にせずにここにいてくれないか?」


 結婚しないと言ったのに、ここにいる意味がわからない。悩んでいるとフリードさまが静かに話してくれる。


「仕事がないと、ここに居てくれないか? 仕事なら、」

「仕事をくださるのですか? なんでも言ってください。メイドでも、飛竜の世話でもなんでも頑張ります。グラムヴィント様のお世話をしていたから、竜の世話も大丈夫です」


 仕事をくれるのかと思い、思わずフリードさまの言葉をさえぎってしまう。それに、何か考え込んでいる。


「……では、今日の昼食を届けてくれるか?」

「はい。必ず届けます」


 仕事があると思うと、ホッとしたように頬が緩んでいた。それをフリードさまは、微笑ましく見ている。フリードさまは、私よりもずっと年上だから、呆れてしまったのかもしれない。


「昼に迎えに行く」

「はい」


 ぶっきらぼうにそう言ったフリードさまに、頬が緩んだままそう返事をした。











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