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緋色の竜の眼

 ……あの二人のせいだ。

 グラムヴィント様が、最後に安らかに眠れなかったのは、レイラお義姉様とラウル様のせいだ。荒れ狂う竜で終わらせたくなかった。力ない自分が許せない……。


 眼が覚めると、柔らかいベッドの上だった。眼のふちから冷たい涙が伝う。枯れることなどなかった。


「大丈夫か? リューディア……」

 

 その声に顔を向けると、優しいフリードさまが私の頭を撫でる。彼は、帰って来られないと思った地下から私のところに帰ってきた。その感触が恋しくて、胸板にしがみついた。


「……ご無事でよかったです……もう帰って来られないかと……」

「リューディアを守ると誓った。その約束をたがえることなどしない……無事でよかった……」


 私を温かく受け入れてくれるフリードさまの腕の中から、竜輝石が目に入る。部屋に鎮座するようにあの琥珀色の竜輝石が置いてあったのだ。


「……グラムヴィント様……」

「エディク王子の計らいだ。竜機関で保護するものだが、二ノ城は壊滅状態だ。二ノ城にあった竜機関も、今はグラムヴィント様の竜輝石を安置できないから、それまでは、リューディアと共に……と言って彼がここに運ばせた」


 エディク王子は、私のためにそうしてくれた。最後の時を一緒にいられなかったことを彼なりに償いたいのだと感じる。悲しみで壊れそうな私の側に置いてくれたのだ。


「フリードさま、怪我が……すぐに治します」


 眼のふちをギュッと拭いて、癒しの魔法を使おうとした。それをフリードさまは私の腕を掴み止めた。


「リューディア、もう大丈夫だ。怪我はリューディアが寝ている間に癒してもらったし、これくらいなら問題ない」

「でも、眼が……」


 そうだ。この緋色の眼は一体何なのだろうか。フリードさまの灰色の瞳とは違う。これではまるで……。


「……リューディア。最後にグラムヴィント様と話したんだ。彼はリューディアのことをずっと考えていた」

「でも……私は、フリードさまを好きになってしまったのです。だから、帰りたいか……と言われた時に……」


 帰られないと思いながらも、グラムヴィント様にうそは言えずに言ってしまった。グラムヴィント様には酷いことだっただろうと、後悔している。


「グラムヴィント様は、すべて知っていた。彼は、先が見えていたんだ」

「そんなことは……」


 聞いたことがない。呆然とフリードさまを見上げた。どんなに思い出しても分からずに言葉が出てこない。否定しようとも、フリードさまと視線が合うと、とても適当に言っていることには思えないのだ。


「詳細に見えるわけではなさそうだった。でも、グラムヴィント様は特に冬眠中には夢のような感覚で先を見ていたらしい。……俺とリューディアが見えたのは、多分俺がリューディアに接触してからだと思う……以前、リューディアにブリュンの怪我の礼にクリームを部屋に持って行っただろう。リューディアに直接渡すことはできなかったが、あの頃からグラムヴィント様は、見えていたと言っていた。……リューディアが黒い男に笑いかけるのが見えたと……」


 クリームを頂いた話はしたことがある。グラムヴィント様に「誰かがくださいました」ともらった嬉しさのままお伝えした。彼も、「よかったな」と微笑ましくなっていた。


 あれがきっと私とフリードさまの運命が重なる瞬間だったのだ。だから、急にグラムヴィント様に見え始めた。


 グラムヴィント様は、最初は私を寿命と共に連れて行く気だったのは間違いない。番になる約束をしたのも、その意志確認もあったのだろう。番になる竜紋を刻んだのは16歳。でも、18歳の時にフリードさまが現れた。直接会うことはできなくてもグラムヴィント様には、私とフリードさまが関わって来ることがわかっていたのだ。


「……グラムヴィント様は、最後の冬眠時にリューディアを外に出そうと決めたらしい。あの籠の檻の中にいては、俺と出会うことも、自由もないだろうと考えてのことだった。だから、あの竜輝石の光を消した……と話してくれた。そうすれば、竜聖女ではなくなり、リューディアはここから出られると確信していたんだ……」


 あの竜輝石は竜聖女の降臨を知らせるものでもあった。あの竜輝石が光り、その光が名を刻む。それを頼りに竜機関が竜聖女を探し出し、グラムヴィント様のところにお連れする。

 グラムヴィント様は、先が見えていたから銀髪碧眼の娘が現れることがわかっていたのだ。


 そして、最後の寿命もしくは私が帰って来るまでグラムヴィント様は、一人で眠りについているはずだった。それなのに、レイラお義姉様とラウル様が余計なことをしてしまったのだ。


「細かいことはわからないが、グラムヴィント様は、レイラが世話に来ていることは気付いていた。それでも、リューディアをここに戻さないためにはちょうどいいから、そのままこき使ってやろうと思っていたらしい。側にいようがいまいが、グラムヴィント様からすればどうでもいいことだったんだ……エディク王子の婚約者にも戻さないためもあっただろう。それが、まさか最後に竜の逆鱗に触れるとは……」


 詳細に見えていたらそれさえもわかっただろう。あの二人のやったことを思い出すと、どす黒い感情が淀んでしまう。


 そう思うと、下を向いたままになってしまう。その私の手を取り緋色になった右眼に触れさせた。私が先ほどから気になっていた眼だ。


「リューディア。これはグラムヴィント様の眼だ。どんな魔法かはわからないが、彼は死ぬ直前に俺に力の一部を移したんだ」


 まるで、竜の眼だと思った。そして、フリードさまはそうだと言う。


「そんなこと……いくら強くても、人間がグラムヴィント様の力を受け入れることができるなんて思えません……竜聖女である私だってそんなことはできないのです」

「そうだ。普通の人間なら、その力に耐えられずに死んでしまっただろう……でも、俺だけは、グラムヴィント様を受け入れることができたんだ。リューディアならこの竜の気を感じ取れるんじゃないのか?」


 グラムヴィント様は、竜の中でも最上級の神秘の(ルーンドラゴン)だ。そんな竜の力を身体に取り込めるわけがない。でも、この眼は懐かしいと思える。それどころか、グラムヴィント様の竜の気さえ感じて来た。


「どうやって……」

「グラムヴィント様の子孫は俺だった。彼が子を成した竜聖女は、何百年も前の初代の竜聖女だ。……彼は、俺を直接見た時から子孫だとわかっていたと言っていた」


 似ているとは思った。高身長に逞しい身体。グラムヴィント様を連想させる真っ黒の黒髪に、薄い灰色の感情のない瞳。


「だから、彼はあの地下世界で待っていた。この事実は誰にも知られるわけにはいかないし、俺がグラムヴィント様の力を受け入れることなど知られるわけにはいかないからだ。それに、俺が必ずリューディアを助けに来るとわかっていたんだ。彼がリューディアを諦めたのも、俺と一緒にいる未来が見えたからだ」


 会話ができるまで、荒れ狂っていたから時間がかかり、最後の時しか話せなかったと付け加えながら、話を続けてくれた。

 フリードさまは、あの地下世界を崩壊させないために、命をかけて暴れ狂うグラムヴィント様と戦った。それは、フリードさまの傷だらけの様子で死線だったとわかる。


「グラムヴィント様は、最後に俺も助けてくださった。血まみれの俺に、彼がこの力を渡し、そのあとに、「さぁ、行け……」と言って、大穴を地上に向けて開けてくれた。だから、そこから脱出できた。グラムヴィント様が力をくださったから、この怪我でも生きて帰れたんだ。そうでなければ、すでに俺も死んでいた」


 荒れ狂う竜になっても、最後まで優しい竜だった。必死で正気を保とうとしていたのだ。

 フリードさまがいなければ、その最後の会話すらできなかっただろう。

 話を聞いていると、グラムヴィント様の最後が思い浮かび涙がさらに伝う。


「……グラムヴィント様を滅竜したのは俺だ。槍で彼を貫いた……恨むか?」

「……恨んだりなどしません。フリードさまがいなければ、きっとグラムヴィント様は最後に会話すらできなかったでしょう。それに、最後に自分の子孫に会いたかったのだと思います。会ってお話したかったのです」


 首を振って、そう言った。フリードさまを恨む気持ちなど微塵もない。それどころか、最後を看取ってくれた。グラムヴィント様の竜輝石まで持ち帰ってくれたフリードさまに恨みなど持つはずもなかった。














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