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~契約者~束縛を破り契約を結ぶ者

作者: YY

 



 骨と皮だけの大人達が、次々と兵士に殺されていた。

 私達は華美な馬車の中で、ただ見下ろしていただけ。


 生れてから一度も聞いた事が無いような罵声を発しながら、やせ細った国民が馬車を目指して走る。手にはそれぞれ生活用具を武器にして振り回し、目を血走らせていた。身に纏う衣服は薄汚れ、何とも頼りない布切れである。

 馬車から残り十歩の距離で、全身金属鎧の兵士が彼らを止めた。体格も装備も違う、ぶつかっただけで彼らは倒れ地べたを舐める。


 泣き叫び走り寄る少女を、抱えた赤子ごと兵士は切り捨てた。


 巻き上がる血と肉の匂いで、馬が興奮し少し揺れる。先程通った道にも、今から通る筈の道にも、光を宿さなくなった人の肉が転がっていた。私が名前を知っている人の数より多く、憎悪が力を前に死体となる。


 世界とはこんなに汚いのか。

 いや違う、世界とは己の頭の中にしかないのだ。綺麗な物しか知らなかっただけで、世界は常にソコにある。


 身の毛もよだつ光景に、()()()()()()()()()()した。




 それがこの国の分岐点である。














 * * *











「―――よし、皆。心の準備は大丈夫?」


「私としたことが、ティーセットを二組しか揃えていないなんて……何処かで購入しないと」

「あっちで熊が暴れてるぞ、今夜は熊鍋だな!」

「まっ、待て……くそ!この馬言う事を聞け!丸焼きにするぞ!」


「うん!誰も聞いてないけど出発!!!」












 * * *











 魔法とは審判である。

 行動の結果訪れる()()に、法則を持たせ指向性を与える存在。決められた法則に沿えば決められた結果となる存在は、法則を歪めるモノを許さない。

 歪めるモノには制裁を、その現象こそ魔法であり審判なのだ。


 〝契定(けいてい)〟、人はその存在をそう名付けた。


 法則という世界を歪めしモノを許さない〝契定〟は、人間社会の根幹。〝契定〟の名の下に交わされる決まり事は、絶対に破られない。破られてはいけないのだ。



 神でも魔王でもない―――契定者こそが支配者である。






 * * *




 酒瓶が飛んできた。公共の道に転がる瓶の出所を知れば、誰も怒りをぶつけられなかった。

 この辺りでは一番の酒場で、金の無い者は近寄りもしない。ぼったくりだからではなく、客の大半が質の悪い()()をしているからだ。酒場のマスターはそんな客達から受け取る、財布の重さで垂れた髭が口を覆っている。

 少年は買い物袋と怯える妹の手をしっかり握り、酒場の裏に回り込む。口汚く騒ぐ客を無視するあのマスターこそ、自分達兄妹に買い物を頼んだ主である。帰らない選択肢は無いが、裏口から入る位は見逃してほしい。


 借金の形に売られた兄妹は、まだマシな境遇だと思う。最初に売られた先が早々に潰れ、次に連れていかれた先がこの酒場だ。客がろくでもない奴らばかりでも、所有者であるマスターは普通の男だった。

 幼い妹にも小汚い自分にも暴力を振るわないし、ちゃんと一日二食の食事を与えられる。労働も兄妹でなんとか熟せる量で、運が良かったと本当に思っていた。

 今日買い物に行った店では、自分と変わらない年の子が道端に放り出されていたのだ。空腹と痛みで喘ぐ瀕死の子供を、道行く人は目にも留めなかった。



 変わった事など何も無い。

 これがこの国の日常なのだ。


 富める者だけが奪い、貧しい者は全て奪われる。全ては〝契定〟の思し召し、神にすら代わる審判者の出現が世界の在り様を決定した。

 学の無い者でも知っている、世界の常識だ。



 細い建物の間を抜け、酒場の裏に回る。表通りとは別空間のように、悪臭が漂った。路上に放置された生ごみや腐敗物、死体が転がっている日もある。酒場の裏に転がっていれば、処分は兄妹の仕事だ。

 匂いの濃さで死体の有る無しが分かるので、今日は安心して裏口を使う。



 目が眩む程美しい少女が、壁の隙間から酒場を覗いていた。



 裏口の厨房に出来た劣化による穴は、修理費が勿体無いという理由でほったらかしだった。そこから店の中を覗こうと中腰になっている少女は、語彙の少ない自分では正しい表現が見付からない。

 半ば脱げているフードから零れた髪は、話しに聞く雪の色に見えた。実物に触れたことは無いが、どんな糸より細いその髪は冷たいのだろうか。横顔しか分からないが瞳は葡萄の色だ、店にあるどの高級ワインの紫より輝いている。


 高級奴隷かと思った。兄妹のように傷物だったり見目が悪い者と違って、明らかに引く手数多の美少女である。しかしただの子供がこんな臭い裏道に居るのは在り得ない。ならばのっぴきならない事情を抱えた子供、自分には奴隷以外の立場は想像出来なかった。

 普通の家に生まれていてもこの容姿、もっと幼い頃に貴族様や悪い大人に浚われている。だが美少女は簡素な衣服ではあるものの、清潔感のあるスカートだ。中腰なので裾に土は付いてるが、子供が普通の恰好をしていてその類の大人のお手付きじゃないわけがない。

 もしも店に貴族などの介入が有れば、酒場など一瞬で潰されるだろう。そうなればようやく見つけたマシな兄妹の買い手が、また屑になってしまうかもしれない。


 兄は妹を守る、握っていた手に力が籠った。


 不思議そうに兄を見上げた妹は、口を開閉させ視線で訴える。目の前の奇行美少女が危ないかもしれないと説明するには、妹は幼過ぎるだろう。

 握力を戻し、大丈夫だと伝えた。



「ねえ、君達此処の子?」



 穴から酒場を覗いていた美少女は、一瞬目を離した間に兄妹の前に立っていた。動きの俊敏さにも驚いたが、目の前の少女から発せられる声に心臓が返事をする。脳みそが分解され、溶けだしそうな声だ。

 疑問も躊躇もなく、膝が地面に着き掛けた。妹の手の感覚が、理性を微かに繋いでくれる。


「あ……はい」

「あの客、よく此処に来るの?」


 少女が指した客は、穴の開いた壁を越える大声で笑っている。今日は調子が良いのか、笑いが鼓膜にこびり付きそうだ。

 美少女が覗いていた穴から一応確認し、記憶と照合する。


「えっと、はい。ここ一月で、何度も……」

「なるほど……二人は兄妹?この店には何時から?」

「え?えと……兄妹で売られて……三ヶ月は、経ってると……思います」

「そっかそっか」


 顎に指を当て考える美少女の顔が、とても近い事に気付く。毛穴なんて存在しない陶器のような白い肌、唇は上質な桃に水分を蓄えた色と香りである。

 あまりに世界が違う存在に、自分の恰好を見直した。マスターがタダ同然で購入したシャツとズボンは大き過ぎて、裾を折っても肌と服の隙間が広い。手洗いできるような水場も無い為、垢と汗で酷い匂いだった。

 大きいシャツをワンピースにする妹は、空いた手で裾を掴んでいる。美少女との衣服の違いが、忘れていた羞恥を思い出させたのかもしれない。


 そんな兄妹の心中を知らず、美少女は笑って懐に手を突っ込んだ。


「情報ありがと、これはお礼」


 勢いに押されて出した手の上には、軽い紙袋。生まれて初めての贈り物に、妹と同じ顔で狼狽えた。

 表情が似ているらしい自分達の顔を見て、美少女は笑みを深める。


「クッキーってお菓子だよ。柔らかいし食べやすい大きさだから、こっそり食べられると思う」


 顔が火を噴く、兄妹の立場を分かった上で気を使われた。()()()()()()()()()()()と知らない妹は、純粋に初めてのお菓子を喜んだ。久し振りに見た妹の笑顔に、顔の熱が冷める。

 意地を張って気遣いを跳ね除けようと考えた自分を叱り、精一杯の笑顔で受け取った。頬の肉が引き攣っている。


「ありがとう、ございます……」

「いいえ。それじゃ、さよなら」


 フードを目深に被り、美少女はあっさり背を向ける。結局何だったのか、何も分からないまま終わった。あの美しい人を忘れることは無いだろう。

 夢だったと勘違いしそうで、お菓子の入っているらしい袋を強く握る。中身は潰さないようにしなければ、妹の笑顔が消えてしまう。


 幾重にも聞こえる笑い声は、兄妹の神経を大きく削る。絶対に見つからないように入り、静かに厨房を通り過ぎた。買って来た物を置くのも忘れない。

 自分だけが高い厨房の机から顔を出し、マスターを凝視する。視線の圧に気付いたマスターが、無言で仕事の完了に首肯いた。機嫌が良いとはいえ、客に労働の手を壊されたくない意図もあるのだろう。非力な兄妹と客を会わせない心配りは、本当にありがたかった。


 兄妹には部屋が与えられていた。狭い部屋だが自分達だけの空間が有る事は、人として扱われている証拠である。それだけでも兄妹はこの酒場に売られた事を感謝した。

 部屋に入り、遠くに聞こえる笑い声を聞こえない物と意識する。布一枚だけの寝台に二人で座り、音を立てないように紙袋を開けた。


「わぁ……」


 中には丸い銅貨型のお菓子、淡い牛乳色をしている。持ってみるととても軽く、煮詰めた酒を何倍も優しくした甘い香りが漂った。

 一枚を妹に渡し、声に出さない合図で一緒に噛り付く。


「「っ!?」」


 幸せの味が、兄妹の口に拡がった。粉を固めた感触のお菓子だが、粉っぽさは全くない。舌に乗れば分かる優しい甘さが、脳にまで届き幸せを運ぶ。売られる前でも食べた事が無い、人生で最も美味しい食べ物だ。

 二人は夢中で、しかし味わうようにしてお菓子を食べた。残して後日にまた食べようかと思ったが、手が止まらない。結局最後の一枚も半分に割って、綺麗に食べてしまった。

 口内に残る甘味と脳に残る幸せ、こんなお菓子一つで生を実感する。


「……」

「どうした?」


 袖を引っ張り、妹が注意を促す。口の端に付いた食べかすを取ってやると、口を開けて笑った。気付いたら涙が出ていた。

 例え他人から与えられたお情けでも、妹が笑ってくれている。自分にとって唯一無二の家族の笑顔が見られるなら、この先どんなに辛い現実が在っても耐えられるだろう。

 互いの首飾りを握り、近い方の手を強く繋ぐ。研磨されていない黒い石に、何かの模様が彫られている。売られる前に両親から貰った物だ。何の石かも分からないが、きっと互いの命の次に大事な物だろう。

 そうやって少しづつ大事な物を増やして、守って生きたい。


 守りたいと思う心だけは、〝契定〟にだって裁かせない。






 そう、思っていたのに―――。






「遅かったな、早くよこせ」


 幸せの余韻に浸る間もないまま、再度買い物を頼まれた。笑いが止まらなかった客だ。目の前で椅子に座っているこの男は、この酒場の常連で金持ちである。正直何故こんな寂れた酒場の常連なのか分からない。兄妹を十人買っても余る金で、賭け事をしているのを前に見た。

 酒が売りの店で長時間居れば、つまみの在庫が苦しくなるのは道理。客に出すつまみの買い物を頼まれた時、嫌な予感がして妹を部屋に残した。出来るだけ客に接触させないよう、妹は部屋に残したのだ。何度か暴力を振るわれた事もあったので、一人で済むなら済ませたかった。


 買って来た食べ物は腕から滑り落ち、丸い果物が床を転がる。

 果物は腕に当たって止まった。ピクリとも動かない妹の腕に当たり、転がるのを止めた。


「ったく、もっと辛いモン買って来いよ」


 客は体格に合わない椅子を窮屈そうに揺らし、転がった果物を拾う。果物の近くに転がっている、()()()()()を足で除けて。

 他の客が食べ物を粗末にした自分を責め、頬を殴った。倒れた痛みも怒鳴る声も、遠い世界の出来事に感じる。真っ暗になる視界で、一つだけ存在する現実。



 横たわる妹は目を開き、呼吸を止めていた。


「あ、あああ……ああああああああああああ―――!!!!!!???」



 また触覚に衝撃、体に力が入らない。微かに床を離れた頭を傾け、カウンターに居るマスターを見る。いつも通りだった。知らぬ存ぜぬを貫き、意味もなくグラスを拭いている。

 ()()()()と、確信した。

 兄妹のような子供は簡単に売り買いされる。マスターの後ろに並ぶ酒の値段にも劣り、同じ生き物としての扱いはされない。それでも多少は真面な飼い主に買われたと、ついさっきまで喜んでいた。


 忘れようとした、罰が下ったのかもしれない。

 自分達が奴隷以上の何者かに成れるなんて期待、心も持ってはいけなかった。


 ひびが入り指で触れるだけで崩れそうな心の悲鳴に、瞼は下りて―――




「正義のスーパーキイイイイイイック!!!」

「ぐへえ!!?」




 また蹴ろうとした男の一人が、謎の声と共に吹っ飛んだ。

 数少ない机と椅子を巻き込み、男はぼろい酒場の壁を突き破った。耐久力が雨に負ける一歩手前だった壁は、衝撃で破片をボロボロ零している。昇った土煙も収まりだすまで、店内の誰一人動けなかった。


「ふう!ちゃんと声に出して蹴ったから、不意打ちじゃないから」


 聞き覚えのある声に、消えかけていた意識が浮上する。簡素だが清潔な衣服に、足首までのローブと目深に被ったフード。

 言葉の意味を読み解く意識は無く、ただ脳を揺らす声に身を委ねた。


「悪党ども!!大人しく首を垂れよ!今なら半殺しで許してやろう!!」

「……何だこの餓鬼、イカれてんのか?」


 男達は吹っ飛ばされた仲間を無かった事にして、少女を鼻で笑う。誰が見ても自殺志願者である、当然の反応だ。

 その空気を一切読まない少女の態度は、貴族に通ずる不遜なもの。少女は強く足を鳴らした。


「お前らが十二歳以下を対象にした、奴隷商売の仲介役兼武力担当なのは調べがついている。金周りの良い顧客の希望に合った子供を浚ったり、他所の奴隷なら契定魔法を調()()して無理矢理自分達の商品にする。此処は後者の奴隷を一時的に保管する場所、云わば〝倉庫〟だ」

「な!?このガキ、何で魔法の事まで―――」

「バカ!喋んな!」


 思考能力が低下していても、少女の言葉はとても響いた。居心地が良いと感じていた酒場は、奴隷(じぶんたち)を大切に保管しておく為だけの場所だったのだ。乱暴されなかった理由も、納得がいく。

 酒場は完全に少女の独壇場、マスターも怯えながら視線を奪われていた。


「お前達を雇っている奴隷商も、表向きは貴族専用被服資材の売買。けど客の中には子供が欲しい変態がいる、細かい容姿や年齢の指示に合わせる為にも倉庫は必要だった。そこでこんな場所を複数用意して、脱走防止と監視を担った管理役を雇った。実にお粗末な管理役だ。商品を殺すなんて、私なら速攻首にするわ」


 少女の言う首が仕事ではなく物理の意味なのは、言葉の重みと空気で伝わって来る。唾を吐き捨てたい表情と重なり、男達は後退った。


「―――商品を分別しただけだ」


 一人だけ、少女の演説に全く動じず、椅子に座っている男。笑い声が一番うるさかった男だ。他の男達と比べても、一回り巨体で雄々しい。とても少女に向けているとは思えない重圧で、眼中に無い自分まで震えた。


「奴さんは商品の外観を大分前から指定しててなあ……、体力が並で顔も良し。そんでなにより()()()()()。これが中々難しくてな、酒場の噂を聞いてやっと見つけたって訳よ」

「つまり所有者登録してるこの店の店主から()()()()()

「ああ。多少遊んで売り上げに貢献してやったら、快く〝契定書〟を渡してくれたぜ」


 〝契定書〟。奴隷は本来商売だ、体で金銭を稼ぐ職業。何をさせられるか分からない職業で、犯罪を犯した者が国に強制される奉仕活動でもあった。〝契定書〟は奴隷となる事を本人が了承した事を示す、列記とした証明書である。

 当然だが兄妹はその〝契定〟を了承していないし、〝契定書〟は魔法使いの中でもかなり腕の優れた者にしか生成出来ない上級魔道具。簡単に作れるものではなく、作られた物は国の管理下に置かれる。昔奴隷として売られ閉じ込められていた時、他の奴隷に教えてもらった。

 しかし国を背負う王族や貴族が腐敗し、〝契定書〟が裏で多く流れるようになったのだ。

 製作は特殊な技術が必要でも、物が有れば〝契定〟は素人でも可能。〝契定書〟の内容に同意する者の血で名前を記入するだけで、〝契定〟は完了する。


 〝契定〟を破りし者、世界がその名を拒絶する。


 書の最後には必ずその忠告文が記され、破った者には審判が下るらしい。この知識を教えてくれた人は奴隷商を脱走し、全身炭になって死んだそうだ。

 それ以降、兄妹は脱走なんて考えもしなかった。


 兄妹の命を握る〝契定書〟が、今目の前の男の手に有る。下の方に指を切られ書かされた、兄妹の血の記名。妹の名前が掠れていた。

 体は動かない。唯一無二の存在の消失に、意思も力も残っていなかった。


「お前の目的は知らんが、コレがある限り商品は俺達の物だ」


 そうだ、どんな正義を並べても意味は無い。尊厳も理想も、世界の前には全て無力だ。

 世界の法則に抗える人間なんていない、人間は神様には成れないのだから。


「……商品?いつ私が商売の話しをした?」

「世の道理の話しだ」

「なら()()()()()()()!この世の道理は人間の歴史が語る。そして歴史を残すのは、今を生きる私達だ。つまり彼にも、()()()()()()()()()()()()!!」

「なにを―――」




 ゴオオ―――ドンバキッガッシャ――――――ン!!!




 酒場が揺れた。何処かの酒瓶が割れ、埃が天井の穴から漏れる日光で反射する。天然の光に照らされて、上から降って来た人間が呻いた。


「うううぅ……ぐぇぼっ、ゴホッゴホッ!?あんの脳筋……人を投げる神経が理解出来ん!!!」


 人を投げる神経、確かに理解は出来ないだろう。しかし投げられたらしい青年が無事な理由も、全く理解出来なかった。青年は汚れを払うのに必死だが、肉体の損傷を気にする仕草は無い。酷いのは天井の穴と、落下地点に出来たへこみだけ。机や椅子は既に瓦礫の一部だ。

 騒音の落下は続く。


 ヒュ―――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――!!!!!!


 街全体が揺れたかと思った。地震の発生源はやはり上から降って来て、天井の穴をより大きくしている。地面の振動を錯覚しながら、その男の存在の力に呼吸が奪われた。


「おっとと、上手くいったな。ああん?何でそんな汚いんだお前?」

「きっ……さまが、投げたんだろうがああああああ!!!?」


 投げられたらしい青年と投げたらしい男が、注目の的である自覚無く言い争っていた。知り合いなのだろうが、状況が全く理解出来ない。天井を突き破って人が降って来るような状況を経験した者が居るなら、対応を教えてほしかった。

 椅子に座っていた男も立っているが、事態の収拾にまで頭が回らない様子。思い出した呼吸の再開に、弱々しい咳が出た。


「お二方、主を前に不敬です。早々に報告を述べて下さい」


 意識の外から聞こえた声は、女性の物だった。薄汚い酒場に不釣り合いな、真っ白のエプロンドレスを着た女性。黒髪を高い位置に纏め、真面目な印象の綺麗な人である。

 丁寧な言葉使いに所作、衣服と合わさって連想される女性の立場は一つだけだ。


「……メ、メイド?」

「従者です、間違えないで下さい」


 どう違うのか分からないが、女性は間違えた男を眼力だけで引かせた。噂で聞く歌劇場の一幕とは、こんな光景なのだろうか。舞台(せかい)で光を浴びる、華やかな役者達。

 重そうなローブの青年に剣を携えた男、メイド姿の女性従者。そして


「結果報告」


 中心となる少女の声が、物語を紡ぐ。


「はい。街中に点在する八ヵ所の〝倉庫〟から、未成年の奴隷と〝契定書〟を発見。取引先に繋がりそうな物証を幾つか頂戴しました」


 女性の手にはいつの間にか分厚い紙の束、どこから取り出したのだろう。青年が無造作な髪を後ろに流し、顔を露わにする。高級品である眼鏡を掛けていた。


「〝契定書〟の内容は実に幼稚だったが、〝契縛章〟はまあまあだった。奴隷商に手を貸している魔法使いは、余程〝調整〟が得意らしい。俺様程ではないがな!八ヵ所で見付けた〝契定書〟は、全て指示通りに〝調整〟した。問題は無い!」

「この町にある店は全部、奴さんの支部だったらしい。一応()()()が、元を絶たないと駄目だな」

「良し、全員御苦労」


 潰した、確かに剣を持つ男はそう言った。大柄な男が初めて動揺を見せ、発言者に詰め寄る。頭一つ分は有る身長差で、二人の空気に触れるだけで爆発しそうだ。


「おい……ふざけた事ぬかしてんじゃねえぞ、ガキ共」

「あんま近寄るなよ、クズの匂いが移る」


「ふざけているのは貴様らだクズ共!道理を語るなら、せめて口論の一つも興じてみせよ!」


 少女がフードを外した。環境の悪辣さに全く怯まない美しさが、少女の声と意思を強調する。

 白銀の髪が後光となって、天啓を下した。


「貴様らが腐ったこの国から生まれたクズだと言うのなら、()()()()()()()()()()()()()!!腐り切ったこの国の歴史が語っているだろう……、道理とは()()()()()()()()()()()()()だと!!!」


 少女の言葉は実に幼稚で単純で、わがままで、輝いていた。

 誰も言えなかった真実だ。この国は暴力で他の力を支配し、兄妹が着る服より薄い建前で真実を隠している。権力だろうと支配力だろうと、痛みという強迫に誰も逆らえないのだ。

 誰もが知っていて誰も口に出来ないその真実を、少女は道理だと声高々に吠えた。


「十四年前に起きた、貴族の内乱による連続暗殺事件。国のトップが血族ごと入れ替わる事で、現在までの歴史が生まれた。殺して消して叩いて潰して、それが勝者の在り様だと……。ならばこの国に生まれた者として、血塗れの道理―――死するまで貫こう!!!」


 眩しさに、涙が零れる。見えずらい視界でも少女を仰ぎ見、逸らさなかった。

 自分と殆ど年の変わらない少女が、まるで―――一国の王に見えたのだ。



「ヴィリミル・モートソグニルァの名を以って命ずる―――敵を叩き潰せ!!」

「「「御心のままに」」」



「こ、ろせえええ!!!」


 剣の男に襲い掛かる声に呼応して、酒場は戦場となった。此方が見えていない男達に踏まれそうになるが、まだ蹴られた体が満足に動かない。

 少しでも余波を受けないように身を捩ると、首元が締まって途端に息苦しくなる。喉の圧迫感が直ぐに収まった。少女が妹と一緒に、比較的安全な地帯まで引っ張ってくれたらしい。お礼を言いたかったが、喉が痛くて言葉が出なかった。


「ごめん引っ張って、少しじっとしてて。すぐ終わる」

「……ぁ、っ!?」

「ひいいい!?」


 足が一本しかない椅子が飛んできた、少女が無造作に蹴り払う。払った先のカウンターに隠れていたマスターの悲鳴は、目の前の派手な喧騒に圧し負けた。


「おいなんだコイツ!?全然びくともしないぞ!?」


 投げられたらしい青年の周囲には三人、体格が違うのでこちらからは姿が殆ど見えない。男達の声でしか状況を把握できないでいた。


「貴様らクズ共にも分かるように教えてやろう!俺様は超天才魔法使い、〝契定〟の真理にもっとも 近い者だ!」

「テメエみてえなヒョロガキが魔法使い!?馬鹿言ってんじゃねえ!」

「ひょっ!?……ゴホン!脳みそを授からなかったクズには俺様の言葉は分からないだろうが、俺様は〝契定〟に基づき()()()()()()()()()()()()()()!」

「はあああ!!?そんな〝契定〟、信じられるか!?」

「貴様らの常識など、所詮真理の泉の一滴にすら劣る戯言だ!世界がこの〝契定〟を認めた!それだけが真実、そして道理がまかり通るという事!!」

「おかげで運動音痴が超、運動音痴になったなあ?」

「貴方は二度と一人で馬に乗らないで下さい、二度と」

「お前ら後で覚えておけよ!!?」


 声を荒げる青年と比べて、二人の動作は滑らかだった。

 女性は重そうなスカートの裾を僅かにひるがえし、細く鋭い何かを投擲している。投擲物は襲い掛かる男達の体を射抜かず、衣服に刺さり動きを止めた。何処から出したのか分からない数十本の投擲物、細いナイフが屈強な男達を床や壁に縫い付ける。

 無表情でナイフを放つ女性は、部屋の掃除でもしているようだ。呻く男達に一切関与せず、青年の周囲にうろつく男達の処理も早々に済ませた。


「ぐう、クソッ!たかがメイドに―――」

 ドスッ!


 女性が初めて目尻を上げ、眉間に皺を作った。瞬きより速く投げられたナイフは、口を開いた男の顔すれすれに刺さる。数えきれないナイフに動きを封じられた男の顔面に刺すなど、まな板の魚を下ろすより簡単だろう。

 美人の怒りには不思議な魅力と、言い知れない恐怖を感じた。正面からソレを見せられた男は、きっと生きた心地がしないだろう。


「従者だ、もう一度間違てみろ……殺すぞ」


 綺麗に並んでいた両足を離し、片足を軽く上げる。先の落下音に比べれば可愛い音で、足は男の股間に落ちた。


「△#★*@○っ%$◆ッッ!!?」


 人語以外の言葉を発しながら、男は泡を吹いた。ナイフの方が痛そうだが、女性の靴は刃物で出来ているのだろうか。他の男達が両足を縮こませ、真っ青になっていた。戦意が喪失したと分かる。


 喧騒はついに、後一つとなった。

 倒された奴らの頭らしい男は大振りのナイフで切りかかり、少女の仲間らしい男は腰の剣を抜かず逃げに徹している。一方的な戦闘に目を背けたかったが、双方の様子は対極だった。


「この!くそがあ!!あああ!!」

「足腰は及第点、しかし刃物の扱いがなっちゃいない。子供しか切った事ないんだろ、なあクズ?」

「うおおおおおお!!」


 目で追うのがやっとのナイフは、相手に掠りもしていない。ナイフの男の顔色が、他の男に近付いてきた。濃厚な敗色に、懐から何かの紙を取り出す。


「これを見ろ!その餓鬼共の〝契定書〟だ!お前らの行いは所有物強奪の罪に当たり、国が定めた違反行為に該当する!!俺を殺せば、お前らに〝契定〟の審判が下るぞ!!?」


 一発逆転の目、男の瞳に活力が蘇る。優位な立場を取り返した男に、少女達は表情を変えた。


「めんどくせえ、これって斬ったらどうなんだ?」

「馬鹿か、名を記した者の生命は保証しないぞ。それもこれも俺達を待てなかった馬鹿、のぼぉ!?ナイフを投げるなあ!!」

「刺さらないではないですか、主への愚弄は許しません」

「馬鹿としか言ってないだろ!誰もそこの馬鹿を馬鹿とは、んどぅおお!!?」


 本当に攻撃が効かないらしい、青年に男達の倍以上のナイフが投げられたが全て弾かれた。投げる女性の早業に目を奪われながら、耳が目の前に立つ少女の決断を拾う。


「……確かに、これは私の失態か……。よし!」


 脇腹の両側を掴まれ、持ち上げられた。突然の浮遊感に驚く暇も無く、椅子にゆっくり下ろされる。

 少女は目の前に立ち、視線が斜め上の紫に固定された。


「少年、君に選択肢を提示しよう」

「せんたく……し?」

「一つ。新たな〝契定書〟を作成し、この酒場に居続ける。〝契定書〟の内容は勿論君も口を出せるので、決して不利益をもたらさないと約束しよう」

「やく、そく」

「二つ目は、少年に何か望みが有る場合、()()()()()()()()()()()()()()

「……ぇ?」

「姫様!!」

「私はもう姫ではないよ」


 一つ目が奴隷の解放なのは分かった、しかし二つ目の望みとは何だ。そんなもの奴隷にされてから、想像もしてこなかった。

 唯一望みと言える妹は、もうこの世に居ない。天国で平和に暮らしていると信じ、祈るしかないだろう。

 困惑した思考が過去の記憶をかき乱し、何も出てこない頭を放棄する。

 現在に目を向け、体は自然と()()に傾いた。



 月に愛された美が微笑み、濡れる紫の瞳はどんな宝石より綺麗なのだろう。



「……あなたの」

「私の?」

「あなたの傍に、いたい」

「うん?」

「せかいで一番、きれいで……妹に初めて、優しくしてくれた……あなたをずっと見ていたい……です」


 丸くなる紫の宝石が輝いて、胸の熱は上がるばかりだ。酒場の裏で見た時から、この美しさに見惚れ焦がれた。

 少女の驚愕を模った表情に、鼓動は大きく高鳴る。


「……ぶっ!ぶあっはっはっは!!!こりゃ熱烈なことで!!美しいってのは罪だな!姫さん!」

「哀れな、クズ共からの暴行で思考回路に問題が生じたのか。早々に治療せねば、少年の未来は転落の一途となろう」

「素晴らしい真否眼と智力をお持ちね、そこの馬鹿二人とは生まれ持った感性が違うわ」


 周りから何か言われているが、少女の反応だけが気掛かりだった。少女は一瞬考えるように視線を泳がせ、スカートのポケットから小さいナイフを取り出す。

 おもむろに左の親指に刃先を走らせ、血の玉が浮き上がった。差し出されたナイフを、手が勝手に受け取る。


「名前は?」

「……ロパルダ」

「ロパルダ、これは〝契約〟だ」

「けいやく?」

「私はお前の望みに応える、お前は私に人生を捧げる。望みが強く大きい程、お前の人生も強く大きくなる。そして交わされる〝契約〟に従い、両者は正しく等価で在り続けるだろう」


 もう一つの、ロパルダの親指にも血の玉が滲む。手首を掴まれ少女、ヴィリミルが己の手の甲にその血を擦り付けた。逆にヴィリミルの手がロパルダの手の甲に押し付けられる。

 血が熱い。



「〝契約者〟が宣誓する!!ヴィリミル・モートソグニラァはロパルダの忠義を対価として、〝契約〟の力を授けよう!!」



 痛みを上回る熱が、手の甲の血を波立たせる。ヴィリミルの血痕が形を変え、意味のある模様に描き替えられた。体内にまで行き渡る熱が、肉体を再構成する感覚。

 男達に受けた暴行より遥かに痛覚を刺激するが、不思議と声は出なかった。ロパルダを見つめる(ヴィリミル)の視線が、邪魔な意識を省いてくれる。存在を一から変えられているのに、ロパルダは笑っていた。


「な、なんだこれは!!?」


 熱の余韻が過ぎるのを待っていると、男が〝契定書〟を叩いていた。〝契定書〟が燃えていたのだ。

 通常〝契定書〟は強力な魔道具なので、火で燃える事も無ければ破く事も不可能。紙自体が高級素材で、防具にも使われているらしい。それが突然燃え、〝契定書〟は塵も残さずこの世から消えた。

 何が原因かは、ロパルダにも分かった。


「この……ガキがああああああ!!!?」


 現状を打開出来る物が燃えて無くなり、男は顔を赤くしてヴィリミルに襲い掛かる。熱で作り返られた体が、今まで一番俊敏な反応をした。ナイフを振りかざす男とヴィリミルの間に立ち、両手を広げたのだ。

 華奢で頼りなく肉の壁にもならない、案山子同然の障害物。それでも一秒以下の時間であっても良い、ヴィリミルを守る盾となる。

 ロパルダにとって、この一瞬に敵う充実感は過去に無かった。満足だった。


「―――はいどーん!」

「がはっ!?」


 案山子にナイフが触れるより三歩は早く、男は床に転がった。転がした男はやはり腰の剣を抜かず、街を揺らす振動を起こした足で男を踏みつける。




 兄妹を縛る全ての障害が、この国の道理(ちから)で壊された。




 静かになった酒場は悲惨な状況だが、妹の周囲には木片一つ飛んでいない。女性が優しく妹を抱き上げ、腰を抜かしたロパルダの前に連れてきてくれた。

 妹は顔を殴られ、伸ばそうとしていた()()()()にも血が付いている。身体を受け取る時、胸元で何かが光った。ロパルダがしている物と同じ黒い石のネックレスが、奇跡的に無事だったらしい。

 ガラス細工のように、ゆっくりと外す。輝きを増した石に、妹の魂が宿ったようだった。


「……う、うぅ」


 周囲と全く違う金の髪が、ロパルダは嫌いだった。でも妹だけが気に入ってくれていたのだ。()()()()()()()()()()()()、二人は兄妹だった。


 これからもずっと―――この子はロパルダの妹だ。


「ううあああああぁああ、ああああああああああああぁぁ――――――!!!」


 白い手に髪を撫でられる、優しい暖かさを感じた。

 涙が止まるまで、手のぬくもりは消えなかった。











 落ち着かない。余計な装飾は付いていないが、新しく清潔な衣服が肌との間に違和感を作る。胃の中では新鮮な野菜を消化しようと、内臓が総出で奮闘しているのが分かった。


 酒場の一件から二日、目まぐるしくロパルダの世界は急変した。

 よく分からない力を貰ったとはいえ、日常的に栄養不足だったロパルダは気絶。丸一日でほぼ回復したのも、〝契約〟の力らしい。栄養補給の為最初に食事を貰った。

 柔らかく煮られた野菜入りスープは、間違いなくロパルダの人生で最も美味しい料理である。歯がいらない程柔らかい野菜を噛みしめ、また目を赤くして泣いてしまう。無駄に時間を掛けて食事したロパルダを待っていたヴィリミルから、酒場のその後を聞いた。

 男達は他の奴隷商の奴らと一緒に、()()()()()をしたらしい。詳細を聞いても笑って流した、聞かないでおいた。二度と関わる事は無いのだろう。

 酒場のマスターには〝契定書〟を用い、双方が納得のいく話し合いをしたそうだ。〝契定書〟の一部に奴隷を雇用してもマスターと同等の人権を保障する旨を、強く約束させたらしい。これで無数の奴隷の中から、少しでも真面な生活を出来る者が表れる事を願う。

 酒場の一件を大まかに聞かされた後はメイ、女性に風呂に入れられた。他人に裸を見せる羞恥はとっくに消えたが、着替えの清潔さには妙な落ち着かなさを覚える。今までロパルダ達が着ていたのは服ではなく、汚れだったのだと思い知らされた。隅々まで洗われたロパルダを見て、ヴィリミルが満足そうな表情を浮かべたので、違和感を我慢する。

 自分の事で手一杯だったロパルダは、町の出入り口で困惑した。


 酒場に居た三人の男女と、命を捧げた主人ヴィリミル。彼女らは淡々と旅支度をしていて、馬に荷物を括りつけていた。


「……外に、出るんですか?」


 他人の視線を意識しないのは得意だが、この人だけは無理である。丸くなった紫の瞳の瞬きが、星のそれによく似ていた。星空の化身ヴィリミルは、目尻を僅かに落とす。


「そういえば何も説明してなかった……」

「主の駒となっておきながらその行動に疑問を抱くなど、主従の何たるかが分かっておりませんね」

「おい!!何故俺様がその狂暴女と相乗りなんだ!?」

「んだよ、俺と一緒が良かったか?仕方ねえなあ」

「ふっざけろ野蛮人!!」

「誰のせいで町への到着が遅れ、出発を前倒しているとお思いで?落馬で受け身を習得した方はお黙りなさい。貴方のどうしようもない行動音痴が無ければ、主にまで二人乗りをお願いする必要は無かったのですよ?」

「三人の仲が良くて主寂しい」


 二日前にはどんな音より響いていたヴィリミルの声が、三人の口論に潰される。言葉とは裏腹に微笑ましく三人を見守るヴィリミル、ロパルダの方へ距離を詰めた。


「彼らは私の従士には勿体無い程才能ある子達でね、癖は有るけど根は良い子達だから。仲良くしてあげて?」

「は、はい」


 微笑むヴィリミルが目線を下げ、ロパルダの胸元を見た。光沢を放つ黒石のネックレスが二つ、重なり音を立てる。

 妹はこの町の近くに埋めた。剣の人が凄い力であっと言う間に墓を作り、立派な墓石まで調達してくれたのだ。素手で石を砕き形を整える現場を目の当たりにして、凄い人達だと再確認した。

 違う世界の人達だ、今会話をしていること自体夢だと思う。


 ヴィリミルはこの奇跡を、あくまでロパルダの人生の対価だと言い張った。

 凄いと思うなら、ロパルダの人生にも同等の価値が在るのだと。


 褒められた記憶が無いロパルダにとって、納得しがたい理屈だ。それでもヴィリミルの言葉なら、受け入れられた。

 ロパルダは妹の墓に膝を着き、約束をして此処に来た。

 これからロパルダの前で起こる全ては、ヴィリミルに捧げるモノである。




「私達はこの国を、ぶっ壊す旅をしてる!」




「……えっと、壊す……?」

「姫さん、行こうぜ!」

「言っておくが俺様はまだ許していないぞ!そんな子供に貴重な〝契約〟を結ぶとは……、ロパなんとか!後で血液を採取させろ!」

「風が出てきましたね、良い場所を確保できると良いのですが」

「はいはい、今行く!」


 羽のような軽さで乗馬したヴィリミルが、馬上から手を伸ばした。戸惑いを隠せないロパルダの手を奪って、引っ張り上げる。思ったより力持ちだ。初めて動物の上に乗る感動は、困惑した頭が正しく認識してくれなかった。


「緑黄期の内に最北監視塔範囲を抜けたいなあ、そんで条件に合った土地で国作る」

「は、国?」

「北には特殊な環境に適応した魔獣が多いらしい、はっ!腕が鳴るな!」

「国の監視下に無い部族には、独自の魔法文化が発展している。ひっひひ、調べてやるぅ!」

「野蛮で粗野、品性を欠いた者に人は従いませんよ?」


「んじゃ、出発!」

「……え、えええ……?」


 掛ける言葉を見付けられないまま、馬が歩き出す。生きた世界が極小だったロパルダには、国という規模は想像も出来なかった。国とはどれだけ広いのか、その国を潰す事がどれだけ大それたことか。


 首を後ろに傾け、ヴィリミルを見上げた。輝いている。

 向かいから浴びる陽の光が彼女の輝きを高め、どんな美しさもこの光には霞むだろう。世界一美しい少女を間近で見たロパルダは、困惑した心臓が平常に戻ったのを実感した。

 まあ、いっか。


 旅の果てに興味も無く、心は動かない。

 この少女の腕の中に居られるロパルダこそ、世界一の勝者なのだから。




閲覧有難う御座いました。

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