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4)リナ

 1カ月が経ち少しだけよれよれになったようにも見えるチケットを、俺は両手に持ってしげしげと眺める。

 どこにでも行ける、魔法のチケット。

 どうせサークルの誰かが冗談で紛れ込ませた紙切れだと思っていた。なのに今、これのおかげでこんなに悩まされるなんて。


「何見てるの?」


 リナが俺の隣に座ってチケットをのぞき込む。


「魔法のチケット? 何それー」


 怪しい壺を売りつけられたときのような目で見てくるから、俺は思わず吹いた。

 不思議なことにというか幸いにというか、こっちに来ても俺はリナと付き合っていた。

 彼女はこっちでも軽音サークルでガールズバンドを組み、ギターを担当している。こうして彼女の小さな部屋で肩を並べて床に座っていると、ただの大学生だった俺に戻った気がして落ち着く。

 そういえば、リナがどこに行きたいか尋ねたから「音楽界の頂点」なんていう返事をしたのがすべての始まりだった。彼女だったらなんと答えるかな。


「リナは、どこにでも行けるならどこに行く?」

「え? うーん。そうだなあ……」


 リナは指をあごに当てて唸ると、遠慮がちに俺を見ながらつぶやいた。


「遊園地、かな」

「遊園地?」


 普通過ぎる行先に拍子抜けする。そんなところ、チケットなんか使わなくても行けるのに。


「そう。ユウのことを知ってる人が誰もいない遊園地。人目を気にせずに2人で思いっきり遊びたい」

「……ごめん」


 そういうことか。確かに今、俺たちは会おうとするだけでも一苦労だ。

 リナは困ったように両手を胸の前でひらひらと振った。


「私こそ変なこと言ってごめんね? それだけユウが有名人ってことだもんね。すごいよ。むしろ、私よりも全然可愛い芸能人の人と会ってるのに浮気もしないで私のそばにいてくれて、ありがとね」

「そりゃ、リナしか好きじゃないし」


 わかりやすく顔を赤くしているリナを見つめながら、俺はぼそりと訊いた。


「俺が芸能人やめたら嬉しい?」

「え、どうだろ……状況による、かな」

「どゆこと?」

「なんかねー……」


 リナは考えるように宙を見ながら答える。


「私に気い遣ってやめるなら嬉しくない。他にやりたいことができてやめるなら、新しく始めることを応援したいから、嬉しい。みたいな? 何でもいいけどユウが本当に好きなことをやれてるなら、それが一番いいかな」


 やりたいこと。本当に好きなこと。音楽? そうだけどなんか違う。

 やっぱり手が、ここにはないスティックを掴みたくてむずむずする。

 答えが見つかった、すがすがしいけれど切ない感覚。


「ありがと、リナ。今度遊園地行こ」

「お忍びで?」


 質問に答えずに腕を伸ばして抱きしめると、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 俺は小さなライブハウスでスティックを握ってドラムを叩きたい。あのチープで温かみのあるライトの下が、俺の一番好きな場所だ。



* * *



「帰るわ」


 翌日、俺の部屋に来たトウヤとヨシキにそう告げると、答えをわかっていたかのように2人はうなずいた。チケットの期限は今日だ。


「じゃあヨシキ、ユウ。元気で」

「トウヤもな」

「……最後にあれ、やっとかへん?」


 ヨシキの提案に俺たちは乗ることにする。


「よっしゃ。せーのっ!」


 トウヤがぎょああああああああと叫ぶ。ヨシキがこれでもかというくらいに頭を上下に振る。

 得意技がない俺は……。

 シャウトしながらヘドバンした。

 そのうち、俺トウヤも頭を振り始め、ヨシキもシャウトを始める。

 みんな、ちょっとだけ泣いていた。

 高級マンションの一室で叫びながら涙目で暴れる俺たちは、アホとしか言いようがなかった。

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