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 最初のうちは、このまま帰んなくてもいいかもなあ、なんて思っていた。それほど「頂点」の景色は面白かった。

 ものすごい人数のスタッフに囲まれてレコーディングをした。毎週見ていた音楽番組にゲストとして呼ばれた。トウヤとヨシキと一緒に、いつも本屋で立ち読みしていた音楽雑誌の表紙を飾った。知らないうちに、今年の紅白出場も決まっていた。しかも3回目らしい。

 一番心臓が止まるかと思ったのは、俺が連続恋愛ドラマの主役をやっていたことだった。すでに撮影されていた話の放送はトウヤとヨシキに見られてしまい、ゲラゲラ笑われた。

 そのすぐ後にあった続きの話の撮影の日は胃が痛くなるくらい緊張したけれど、なんだかんだで無難にこなして終わった。これも以前の俺が真面目に演技の勉強をしていた賜物だと思う。あと、こっちに来てから俺もめっちゃ頑張って台詞を覚えた。

 トウヤは世界的なファッション誌のモデルを務めていたし、ヨシキはバラエティのレギュラー番組を大量に持っていた。

 それぞれがそれぞれの分野で売れていて忙しくて、バランスの良いグループだった。

 ただ、ある程度生活に慣れてくると俺は説明しようのない虚しさのようなものを抱えるようになっていた。



* * *



「コンサートでヘドバン!? 駄目ですだめだめ! わけわかんないこと言わないでください」


 ここに来て4週目。とうとうヨシキがコンサートでヘドバンをしたいと言い出した。

 大手事務所の会議室に、マネージャーの悲痛な「駄目です」が反響する。

 そらそうだよな。俺ら、テクノポップユニットだし。突然ヘドバン始めたらファンが引くわ。


「頭振りたいねん」

「じゃあ個人的にご自宅で頭振ってください」

「ステージの上で振りたいねん!」

「駄目です! TYYのイメージが崩れます!」


 だよなー。イメージ崩れるよなー。


「……あの、ユウさん?」

「? はい」

「大丈夫ですか?」


 今度は急に俺に話を振られて、きょとんとマネージャーを見返す。


「何がですか?」

「いえ、ずっと机を指でとんとん叩かれていたので……疲れてますか? いったん休憩してから打ち合わせの続きしましょうか」

「あ……」

「コーヒー3人分、淹れてきますね」


 マネージャーが席を立ち、部屋を出ていく。

 俺は両手の指先を思わず見つめ、ぎゅっと拳を作って膝の上に置いた。

 机を指で叩くのは、ドラマーの俺の癖だった。ライブ用に練習している曲のリズムをつい取ってしまうのだ。

 そういえば、もう何日ドラムのスティックを握っていないだろうか。こっちに来てからは歌うか踊るかでしか音楽と接していない。

 手が、寂しい。

 小さく息をつきながら顔を上げると、テーブルを挟んで向かいに座るトウヤと目が合う。

 妙に心配そうなその瞳から逃れたくて、俺はそっと視線をまた下に向けた。



* * *



 チケットの期限が切れる2日前。

 俺たちは再びヨシキの部屋に集まった。チケットの「復路」を使って帰るか否か。

 正直俺は、まだ決めかねている。だから2人に投げることにした。

 2人が帰ると言うなら帰る。残るというなら残る。彼らと一緒ならどちらの選択でも納得できる。自分にそう言い聞かせて。


「オレは帰りたい。ヘドバンできひん世界なんてあり得へん」


 真っ先にヨシキがそう主張する。まあそうだろうなと予想はしていた。

 あとは、トウヤが賛成して帰る流れになるか、反対して揉めるかだ。

 俺はトウヤを見て尋ねた。


「トウヤは?」

「僕は……」


 一度、深呼吸してからトウヤは俺とヨシキを順に見た。


「僕は、帰らない。でも、2人が僕に合わせる必要はない。だからヨシキは帰って」

「……」

「……」


 彼が何を言っているのかわからない。3人で帰るか残るかじゃないのか?

 喉がからからに渇いてきた。喋りたいのに声が出せない。


「……ほんまに言うてんの、それ?」


 ヨシキがしぼり出したような低い声音で呆然と問う。トウヤは静かにうなずいた。


「サークルでさ、声と曲の相性が悪いってどんなに言われても、そんなの関係ない僕はやりたいようにやるって思ってた。けど……こっちに来て、前の僕なら絶対に歌わないような曲を歌ってみて、なんかちょっとわかったっていうか考えが変わったっていうか」


 トウヤが心底嬉しそうに、ほろりと表情を崩して笑った。


「僕の声に合うように曲が作られて、僕の声が最大限活かされるようにたくさんの人が工夫してくれて、こんなに幸せなことって他にないんじゃないかなって……」


 それは俺も共感しかなかった。TYYはいつでも、メインボーカルであるトウヤの甘やかな声の魅力が引き立つように、最高級の力が注がれていた。

 周囲にいる大人たちがみんな、彼の素質も活かし方も十分理解して、それを実行していた。だからこっちでのトウヤの歌声は、サークルにいたときには考えもしない、想像を超えるレベルで美しかった。

 トウヤを見ればわかる。そんな状態の自分に酔っていて「帰らない」とほざいているわけではない。自身を中心に回っているこの環境に感謝して、残ると決断したのだと。

 だったら俺はもう何も言えない。


「……わかった」


 俺がうなずくと、ヨシキもぶちょう面で首を縦に振った。


「オレが帰ってトウヤは残るんだな。……ユウはどうする?」

「あー、俺は……」


 どうしよう。1人が帰り、1人が残る。こういう場合をまったく想定していなかった。馬鹿だな、みんな同じ道を進むとは限らないのに。

 人任せではいけないのだ。

 トウヤはトウヤで、ヨシキはヨシキで、俺は俺で。それぞれが納得のいくほうを選ばなければならない。たとえその結果、ばらばらになるとしても。

 そんな当たり前のことに、胸の奥がつきんと痛む。


「……ごめん。あと1日だけ考えさせて」


 これが、俺の情けない返答。

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