1)魔法のチケット
パラレルワールド設定じゃなくてファンタジー設定です
どこにでもいける、魔法のチケットが手に入った。
といってもたぶん、誰かのいたずらだと思う。
大学の軽音サークルに所属している俺、ユウは、さっきまでライブハウスの小さなステージの上で、ドラムセットをどんどこ叩いていた。
一般の客はいない、ただのサークル定期発表会だ。
安っぽいスポットライトを浴びながら、バンドメンバーのヨシキがヘドバンとともにギターをかき鳴らし、ボーカル兼ベースのトウヤが「ぎょああああああ!!」と耳障りなシャウトを発する。聴衆たちから「うるせええええ!」とコールのように罵倒される。
そんなアホみたいな時間を終えて、俺たち3人は打ち上げ会場の居酒屋で隅っこにかたまりため息をつく。
発表会をサークルメンバー同士で評価し合うアンケートで、俺らのバンドは投票最下位だった。ま、いつものことっちゃそうなんだけど。
評価シートには同級生や先輩、後輩からのキツい言葉が並べられている。
【シャウトがうるさい。ボーカルの声が激しいロックには向いてない】
「でも叫びたいもん」
美少年顔のトウヤが甘いボイスでそう不満を漏らす。
【ギターの動きがうるさい。ヘドバンしまくっているせいでリズムずれてる】
「ええやんけ! オレかて頭振りたいんや!」
関西出身のヨシキがクソデカい声で文句を言う。
【ギターとベースの圧が強すぎてドラムの影が薄い。もっと面白いことやってくれ】
「なんだよ、このコメント。俺たちはコミックバンドじゃないんだよお」
俺の情けない嘆きが騒がしい空間に溶けて消える。
「私は好きだよー。ユウの堅実な演奏。はい、これ追加」
リナが俺の隣に座り、他の席を回っていたらしい評価シートの束を渡してくる。
「リナ……ありがとう……! 俺もリナのギター好きだよ!」
「ユウ、それはリナちゃんのお世辞」
「そうや。お前が彼氏やから贔屓目に見てくれてるんや」
そんなことわかっている。わかったうえでも嬉しいじゃん。お礼のつもりでリナの好きな卵焼きを皿に盛って彼女に渡した。とたんに彼女の大粒の黒い瞳がきらきらと輝く。かわいい。
そのとき、追加の評価シートを確認していたトウヤが「ん?」と怪訝な声をあげた。
「どうした?」
「なんか変なものが挟まってた。見て」
差し出されたものをヨシキと2人でのぞき込む。
「……魔法のチケット往復券。願うとどこにでも行けます……?」
長方形の紙にそう書かれたものが3枚。俺たちは顔を見合わせた。
「なんこれ。ライブの券か?」
「でも会場名も開演時間も書かれてないよ。ただのいたずらじゃない?」
「……捨てよっか」
トウヤがつぶやいたとき。リナがとんとんと俺の肩を指先で叩いた。
「もし本当にそのチケットでどこにでも行けるなら、どこに行く?」
「え……」
軽い口調のくせにどこか重みのある視線を投げかけられて、俺はしばし悩んだ。その間、トウヤが「北極」、ヨシキが「二次元」と答える。
そうだな、行ってみたいのは……。
「音楽界の頂点、とか?」
ふざけて出した答えに、トウヤとヨシキがノリノリで「いいじゃ~ん」と賛成した。
「超絶売れっ子アーティストね。曲出すたびにオリコン首位取っちゃったりして」
「メジャーデビューどころちゃうで。海外ツアーとかしてんねん。ヒュー!」
トウヤが勢いで俺とヨシキにチケットを1枚ずつ渡す。
「このまま願っちゃいましょう! 音楽界の頂点に、行くぞ! おー!」
「行くぞ、おー!」
「おー!」
アルコールが入っていることも手伝ってなんだか楽しくなり、2人と一緒に拳を上に突き上げた。
次の瞬間、何かフラッシュライトのような眩しい光が視界に広がる。
俺は思わず両目を閉じた。
「……?」
びっくりしながらそっと目を開ける。そしてさらに驚愕する。
「ここ、どこだ……?」
視界に映るのは、薄暗くて騒がしい居酒屋。ではなく、謎の広い部屋だった。
横を見ると、同じく戸惑った様子のトウヤとヨシキが呆然と目を見開いていた。
「TYYの皆さん、お待たせしました! お時間です!」
突如、ノックとともに部屋に入ってきた男性に、俺たちはびくっと肩を震わせた。
「……TYYさん、どうされました?」
「いやあのその……てか、TYYってなんですか?」
俺の問いに、今度はその男性が驚愕の表情を見せる。
「トウヤさんのTとヨシキさんユウさんのYでTYY。国民的……いや、世界的メンズアイドルユニットじゃないですか! メンバーご本人が何言ってるんですか!?」
「「「めっ……メンズアイドルうぅぅ!?!?!?」」」
俺たち3人の絶叫がその場に響き渡った。