一月なのに梅が満開
もうかれこれ十年以上、昔のお話になってしまいました。
当時、私は実家で両親と妹と四人で暮らしていました。
社会人になって、三年目。
この年、私はかねてよりの宿願を果たしたのです。
自力で新車を購入すること。
それまで通勤に使っていたのは、相当中古のニッサンサニー1500CC。
はい、中古車屋でコミコミ二十万で売っていたものです。
だけれど、私には社会人になる前からこの車がほしいという車がありました。
それは何としても新車で買ってやるんだと思っていました。
そして、遂に頭金が貯まり、その車を入手したのです。
その車の名は「スバル インプレッサ WRX」。
もう、嬉しくてたまりませんでした。
◇◇◇
さて、実家には私が生まれる前からずっと続いていた一つのことがありました。
それはどんな時期にも必ず最低一匹猫を飼うということです。
その時の猫の名は「ピー太郎」。オスの茶トラです。
何故に「ピー太郎」か?
猫のことをあまりご存知ない方は、猫というものはすべからく「ニャー」と鳴くものだと、お思いかもしれません。
ですが、猫というもの、思いのほか、多彩な声で鳴くものなのです。
「ピー太郎」は近所の母猫が出産した時、生後一か月で貰ってきた子です。
これだけ小さいと鳴き声は「ニャー」じゃないです。どう、聞いても「ピー」。
だから、「ピー太郎」。もっと、考えて命名してあげればいいのにね。
◇◇◇
「ピー太郎」の好きなこと。それは人間が働いているところを見ること。
父親が庭で草むしりなんかしていると、じーっと見ている。
父親曰く「おっちゃん、精が出るね」と言っているとのこと。ほんまかいね。
◇◇◇
話は戻って、当時の私と来た日には、頭の中の九割が車のことだったじゃないかな状態。
納車の翌日に、東北自動車道で青森まで行って帰って来て、すぐに走行距離が千キロ超えちゃって、カーディーラーの担当の人もあきれ顔。
そして、週末ともなれば、はい当然、徹底的な手洗い洗車。
実家は結構庭が広かったから、自宅で洗車出来たんですね。
カー用品店で洗車グッズを買い集め、洗車開始!
すると、おや、「ピー太郎」がこっちを見ている。
働く人間を見るのが好きって本当なんだね。
私は新車ハイが継続しているから、鼻歌混じりで洗車続行。
◇◇◇
庭が広いと洗車スペースが取れていいんだけど、洗車用の水がなくなれば、汲みに行かなきゃならない。
そして、バケツに水入れて戻ってみると……
◇◇◇
「わあああ」
思わず大きな声が出ましたよ。
洗車したばかりの新車のボンネットの上に、「ピー太郎」の雄姿。
こないだ一歳になったばかり、人間で言えば十八歳。まさにやんちゃ盛り。
そして、一部の猫の特性、大きな声を出されるとパニックになる。
はい。なりました。「ピー太郎」。パニックになりました。
肉球にカーワックスたっぷり着けて、ボンネットとルーフ、更にフロントガラスの上を行ったり来たり。
かくて、幾多の走り屋マンガで主人公もしくはその好敵手の愛車としてその名を馳せた「スバル インプレッサ WRX」の車体はあっという間に猫のあしあとだらけ。
まさしく一月なのに梅が満開になってしまったのです。
◇◇◇
え? この後ですか? もちろん、洗車やり直しですよ。
「ピー太郎」? しばらくたってから、ようやく車体から飛び降り、実家の建物に突進し、フギャーフギャー鳴いて、中に入れてもらってましたよ。
◇◇◇
その後、私は転勤に伴って、実家を出ました。
車も家庭の事情で「スバル インプレッサ WRX」から「ニッサン セレナ」に変わりました。
そして、「ピー太郎」は朝に私の実家で朝食を摂ると、すぐに実家から二百m離れた家で「ノンちゃん」と呼ばれ、別の朝食を摂るという生活を続けているうちに堂々たる体躯を誇る猫に成長し、今では近所で「ボス猫」と呼ばれているそうです。
(おまけ)
実は冬場に猫が車のボンネットにあしあとを残すことはよくあり、猫のあしあとは梅の花を思わすことから、「猫が梅の花を咲かす」という言い方をよくしたりします。
©秋の桜子様 ピー太郎と梅の木