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商売人江戸川駿馬

 発覚したことがいくつかある。


 昨夜の客全てに、酒類を無制限で振る舞ったこと。

 腰布一丁で。


 塾を作り、孤児や娼婦の子供達に無償で教育を施すと約束したこと。

 腰布一丁で。


 貧民救済や雇用創出、公共事業の必要性、税制の改革、特に通貨使用税の愚かさ、医療体制やら食料生産やらと、小難しいことを子供相手にクドクドと語っていたこと。

 腰布一丁で。


 最後には男の生き様について語り、ディンと二人男泣きして抱きしめあっていたこと。

 腰布一丁で。


 そしてどうやら駿馬自身から、ラシャを嫁にしてやるとか言い出したこと。そして自室へと二人去っていったこと。

 腰布一丁で。


 以上が腰布一丁エドガー先生の顛末である。

 簡潔に言えば死にたい。


 キセルは自分で折ったらしい。

「男ってなぁなあ!今この瞬間にだって変われるんだよ!見てろ!これで禁煙できらぁ!《ボキ!》おめぇも今!変われ!」

「うう…エドガー先生!」

 からの男泣きとのことだ。

 訳が分からない。


 ラシャについて。

 どうやら結婚が成立しているようだ。

 江戸川ラシャを名乗ってもいいようだ。

 意外としっくりくる。歴史上にいそうな気がする。

 エドガーラシャだと、なんとなくインドっぽくて、それはそれでいいのかもしれない。

 ふふふ…現実逃避してるって?正解!


 三級国民同士は、合意があって肉体関係を結び、お互い結婚に同意すれば成立するそうな。

 四級同士なんて、同意もいらないそうな。

 三級の駿馬と結婚するラシャの場合、強制的に三級国民になるので、固定の税金を納めなければならない。

 結婚したからといって、なんの補助もなく、戸籍も無い世界なので、そんなものなんだろう。


 結婚式という概念も無いが、知り合いみんなを巻き込んでの宴会はよくあるらしい。


 仲間達の反応は様々だったが、意外にも無骨な威吹が一番食いついてきた。


「そうか!そうか!ではもう致したのだな!」

「あああの!えと、はい!い、致しました…」

「でかしたぞ娘!いやラシャ殿!お子はいつになるのだ!?」

「そ、それはまだなんとも…まだ出来たかどうかもアレなんで、その…」

「良い良い!毎日欠かさず致せば必ず出来よう!なに子守ならな、我は得意とするところよ!必ずや勇壮なもののふに育てて見せる故、安心して精を出すとよい!」

「ああ…はい…」

「十人、いや十二人は欲しいところよな!グァハハハ!!」

「そ、そんなに!?」


 小太郎はというと…

「キミのような人財を待っていたよ!」

「あ、ありがとうございます?」

「いやね…薄々気付いてはいると思うのだがね?兄貴は、つまりエドガーは、馬鹿なんだ」

「おいコラァッッ!?」

「有能な部分も多々あるんだがね…人格というか、性格というか…うん。頭が、悪いんだ…」

「え、ええ……?…あっ!」

「思い当たる節があったようだね」

「いえ、その…まあ…」

「その点、キミはその若さで狡猾な一面がある。いや決してけなしてるわけじゃないんだ。そういう部分で、彼を支えてほしい。右腕として、いや、むしろそう、右脳として、かな」

「よーし分かった。外へ出ろキサマ」

「受けて立つぜ…?」


 トラ子ちゃんが、駿馬愛用のトラ子ブラシを持ってきた。

「では、トラ子の愛で方を教授しよう」

「ヒッ…トラ子様…トラ子!」

「良い。飼い主と違って学習出来るようだ。躾け甲斐があるというもの。まずは基本にして最も優先すべきこと、毛繕い」

「あ、ブラシで、ですか?」

「最高級の品しか使ってはいけない。ラシャもいずれ自分専用のトラ子ブラシを購入するように」

「は、はい」

「よいか、トラ子は死んでも毛皮を遺す。己の持つ最も価値の有る財産であると心得て、心をこめて梳くのだ。敷物にしてはならぬ。壁にかける方がよい」

「財産!?」

「かつてトラ子は飼い主に言った。お前飼い主ならトラ子よりトラ子を大切にしろ、と。嫁のラシャは飼い主代理」

「代理」

「よく愛でよく遊べ。よく愛しよく萌えよ。天の上、天の下、ただトラ子のみ尊しと知るがよい」

「…御意」


 モーリーだけは、あまり歓迎していないかのようだった。

「ホウ…貴女は、なにか隠し事がありますね」

「…あ…」

「全てをさらけ出してしまうことは、できないのですか?」

「…嘘は、ついています」

「…ホウ」

「でも、今は嘘ですけど、きっとすぐに嘘じゃなくなります。…嘘じゃなく、したいんです」

「その言葉には、嘘はなさそうですねえ。まあ、よいでしょう」

「ありがとうございます。あの、さっき頂いた飲み物、ご馳走さまでした」

「ホウ…随分と、育ちがよいのかしら。どういたしまして」

「あの…えっと…」

「ホウ!ホウ!ホウ!」

「ばあちゃん、ヨメいじめちゃダメだよー?」

「ラミ子、いじめてるんじゃありませんよ。ワタシは姑役ですから、意地悪なだけです。それに、さっきのラミ子の方が、よっぽど怖かったでしょうに」

「あう、その…色々汚しちゃって、ごめんなさい」

「ヨメー!さっきはごめんよー!」

「あ、し、尻尾…尻尾が…ぎゅうぅ…」

「ウチはラミ子だよー、しゃちょーの秘書で、愛人!」

「ぎゅうぅ…」

「だからー、ヨメは…ウチの愛人?」

「ラミ子。離しておあげ。ミが出ちゃうよ…」


 ラミ子ちゃんの尻尾は、熊くらいなら絞め殺すのだ。


 五人の仲間はまだ仕事が残っているので、一度宿を出た。

 日が沈む頃にまた宿に顔を出すということだ。


 駿馬は放心状態のまま三人に昼食を振る舞った。

 屋台で売っている料理の中から、骨つき塩茹で肉を三つ、林檎を甘く煮て薄焼きパンで包んだものを三つ買って与えた。彼らにとってはご馳走だろう。

 駿馬はモーリー汁だけを飲んだ。都合四杯飲んでいる。

 中年の胃袋は弱っているのだ。


 三人には当座の部屋があてがわれた。別棟の、従業員部屋だ。

 ラシャは駿馬の部屋がいいと言ったが、とりあえず勘弁してもらった。

 心の整理をする時間が欲しかったのだ。


 さて、仕事である。

 毎日遊んで暮らしているように見える駿馬ではあるが、一応無職ではない。

 駿馬の仕事は、食肉卸業だ。


 懐から帳面を取り出し、本日の営業先をチェックする。

 お得意様の名前が羅列されていて、端に印がつけてある。

 今日は六件営業しなければならない。とはいえ注文を聞きに行くだけではあるが。

 仕入れと納品はアスラ人達のお仕事だ。

 代金は月末まとめ払い。集金の時期は結構忙しくなる。


 一件目に向かう。

 繁華街にある、《プジョーズ》という料理屋だ。

 油を多用する、中華料理に通ずるメニューが特徴なので、駿馬はこの店に通っては自分の知る中華料理を伝授している。

 是非本格派中華の店になって欲しいものだ。

 おこげの海鮮あんかけが大のお気に入りである。

 オーナーはワンオーディという名前の金髪白人系中年の男。ピザ屋のシェフにしか見えない。

 ワンさんと呼び続けて、いつかは本格派中国人になってもらいたいところだ。

 今日のご注文は猪二頭と大サイズの野鳥二十匹。翌日納品だ。

 野鳥の方が仕入れにくいので、割高となっている。

 牛肉は要らないが、牛脂はあるだけ欲しいとのこと。豚油も鶏油もだ。

 中々難しいことを言ってくれる。

 干し肉ではなく生肉をいつも買ってくれるので、儲けの割合が高い上得意なのだ。


 二件目に向かう。

 《プジョーズ》の斜向かい、持ち帰り専門の惣菜店、《エナばあちゃんの肉煮》に入る。

 継ぎ足し継ぎ足し使われる秘伝の醤油ダレで煮込まれる猪肉が、たまらない照りを纏っている。

 上面に溜まった脂を壺に移している。猪ラードだ。

 この脂で炒めた葉野菜も名物だ。

 若い頃の駿馬ならタレの混ざった脂をご飯にかけて何杯でもいけるだろう。むしろ頭からぶっかけて欲しい程だ。

 本日のご注文は猪三頭。出来れば毎日一頭ずつ納品して欲しいということだが、今のところ対応は出来ない。これからは対応できるかもしれない。

 そして山砂糖をあるだけの注文。

 山砂糖とは、ある野生動物の身体の一部だ。

 鎧のような鱗を纏ったウサギに似た生き物で、驚いたことに、その鱗は砂糖で出来ている。植物を餌にしているのだが、取り込んだデンプン質を結晶化して鎧のように着込んでいるのだ。ちなみに肉は臭くて不味いらしいので、殺さずに逃すのがマナーだ。

 乱獲すると絶滅しかねないので、早い所繁殖飼育すべきだと思う。

 山で遭遇した時に脅かしてやると、砂糖鱗を落として逃げる。トカゲの尻尾のような扱いだ。

 括り罠にかかるとたくさん落とすのでオススメだ。

 是非やってみて欲しい。


 駿馬は素焼きの壺を買い、肉煮をたっぷりと購入した。

 ここへくるといつも誘惑に負ける。

 次はちゃんと容器を持ってこようと心に誓った駿馬だった。


 三件目に向かう。


 今日の商売も順調だ。




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