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ホーム・ビースト・ホーム♯4

「トラ子、一度整理しないか?」

「む。ついてこれていない者がいたか?そうかラミ子か。ならば許す」

「ありがとう」

「脱線すれば裂く」

「ぜ、善処するよ」

 トラ子ちゃんは最強なのだ。


「ま、大体兄貴の自業自得ってのは見えてきたな。むしろ悪質だわ」

 美人局トリオがギョッとした顔をする。


「こたろー、しゃちょーはみんなのご飯を買ってきてくれるよね。料理もしてくれるし。それを盗まれてたんでしょ。しゃちょーは何で自業自得?」

 体格と顔に見合わないあどけなさのラミ子ちゃんはいつでも駿馬の癒しだ。

「ラミ子よ、お屋形様はわざと盗ませていたのだよ」

「…ええ!?どゆこと!?」


 視線が駿馬に集中する。

 果てしなく逃げたい。


「私には黙秘権が有ります」

「うん。たわ言は無視な」


「例えばだ、ラミ子。お前は今、凄く腹が減ってるとする」

「う、うん。お腹がペコペコ?」

「餓死するくらいにだ」

「そんなに?」

「そんなにだ。で、突然食事を与えてくれる人が現れた」

「しゃちょー?」

「そうだな。しゃちょーだな」


 ジロリと小太郎が駿馬を睨んでくる。

 駿馬は目をそらす。


「何故か分からないが、毎日食事をくれる。お前は当然のように食べる。毎日だ」

「うんうん」

「ある日突然食事をもらえなくなる」

「え、困る。なんで?」

「養う義務が無いからだ。突然やめたって構わないんだ」

「あー…」

「最初から無ければ、自分で調達するよな?さもなきゃ餓死するから」

「そうだよねえ」

「兄貴は、それをやってたんだ」

「なんと!?」


 ラミ子ちゃんが駿馬をじーっと見てくる。石になりそうだ。

「いや…分かってんのよ、俺も。でもね、あげたわけじゃなくてね?」

「自発的に盗ませたわけだな?」

「そうそう!生きていくためには、多少悪いことしてでも食っていかなきゃだし」

「で、そのうち歯止めが効かなくなって、取り返しのつかないことをしでかして、捕まって斬首、と」

「ゲハァ!」

 エア吐血だ。

「しかも捕まえたのが自分という」

「ゴバァ!」

 エア自爆だ。


「なに?釣りなの?撒き餌を撒いて寄ってきたところを一本釣りなの?釣り名人なの?」

「飼い主は愚か。野生の獣に人の味を教えれば、獣はまた人を襲い喰らう。餌を与えれば与えられるはずの餌を奪いに人を襲い喰らう。殺すか、飼うか。それが出来ないなら関わってはいけない」

「…分かってんのよ…俺だってさあ…一応さ…」

 分かってて、このザマ。

 これが江戸川クォリティ。


「さて、続きを話してもらおうかな、ラシャ」

「………」

 ラシャがうつむいている。

「ラシャ?」


「…魚じゃ、ありません。獣じゃ、ありません」

「うん?」

 声が震えていた。かすれていた。

 何度も泣いて、目は充血し、荒れていた。

「あたし達は、悪いことをしました。自分の意思でしました。おじさんは、悪いことをしていません」

「ふむ…」

「おじさんは、優しい人なんです。責任を取るって、言ってくれました。悪いことをしたのは、あたし達なのに」

「それは違うよ、ラシャ。エドガーは君達に悪いことをしたんだ。そうでなければボク達は君達を処罰している」

「あたしは、おじさんのせいで悪いことをしたんじゃありません!」

「キミは、キミの意思でなんかやっていない。全部エドガーにそう仕込まれたんだ。エドガーは、君達なんて歯牙にもかけない悪党なんだ」

「違います!」

「違わない」

「………っ!!」


 駿馬は頭をガリガリとかいている。

 くすぐったくて仕方がないのだ。

 期待をかけられているのが伝わってくるのだ。


「子供ってのは、大人の影響を受ける。その影響を受けてしたことは、良いことも悪いことも、その大人のせいだ」

「しゃちょーのせいだよね。ラシャちゃんいい子っぽいもん」

「ほら、ラミ子もそう言ってるぞ?どうなんだい、兄貴よ」


 小太郎はいつも、駿馬に厳しい。

 出来るくせにサボってんじゃねえ!と尻を叩いてくる。馬のくせに。


「あー…そうね。全部俺のせいね…」


 アスラ人達の視線が駿馬に集まる。


「じゃまあ…責任をとらんと、いかんわなあ…」


「坊…」

 巨大梟の顔の羽毛がワサワサっと広がる。

「おお、お屋形様、ついに…」

 人型爬虫類の胸が大きく膨らみ、大量の空気を取り込み、また吐き出す。


「ま、この半年ダラダラと休んで英気を養えたと言えなくもない」


「怠けすぎ。随分肥えた」

 この虎め、敷物にしてやろうか。絶対敵わないが。

「お仕事、増やす?」

 美蛇秘書の仕事も増えそうだ。


 駿馬は痺れる脚に喝を入れて立ち上がった。

 三人組の方を向いて話しかける。

「おう、おめえら」

『え、あ、はい!』

 突然駿馬に声をかけられて、萎縮しているが、返事は綺麗に合っていた。


「夕べの話はもういいや。俺の言いそうなことは大体分からぁな。どうせあれだ。俺がおめえら食わせてやるってぇ話でもしたんだろ?仕事を紹介してやるとか、読み書き計算くれぇは教えてやる、とかよ?終いには先生とか呼ばせてたらしいじゃねぇか」

「…っス。おれとレニは、この宿の仕事を手伝っていいって」

「あたい、身体売ってもいいって言ったんですけど、そんなのしなくても食えるようにしてやる、って」

「…お、おじさん…あ、あたしは…」

「おう、おめえらみてぇなのが他にもいんだろ?面倒くせぇから、全員連れてこい。全員俺が雇っちゃる」


「で・た・よ!大風呂敷!!畳めんのかよホントに!!」

「グァハハハハ!こうでなくてはな!お屋形様はこうでなくてはいかん!」

「ホウ!ホウ!ホウ!元気が出ましたね!」

 やんややんやの獣達。


「あ、でも、もっと小さい子どももいて、老人とか、あの…手足が不自由な人も…」

「全員っつったら全員だ!生きてるやつぁみんな連れてこい!腕一本動かせりゃ立派な戦力、使い方次第だぜ!」

 ワァッと、喜びの声を上げる三人組。


 駿馬の元にトラ子ちゃんが寄ってきた。

「愚かなる飼い主よ、安請け合いはよせ。切るべきものは切らねば、そこから腐る」

「へん。やーだね」

「なに」

「切るのは痛いから嫌いだ。腐らないように先ずは頑張るさ。完全に腐ってからじゃなきゃ、俺は切らんのよ」

「…それで、飼い主は昔失敗したのでは?」

「…かもな」

「ならば」

「でも、さ」

 駿馬は記憶を辿る。

 手痛い失敗の過去。全てを失った日。そもそも何も持っていなかったのだと、思い知らされた出来事。

 首に食い込む、ロープの感触。

「切らないで、それでも腐らない。そういう成功が、欲しいんだよ。切ったらもう、成功じゃねぇんだ」

「ふむ…難儀な…」

「難儀だろ?俺ぁそういう器じゃないって、思い知ったハズだったんだがね。でもやっぱ、どうせやるならな…」

 目を閉じて考え込むトラ子ちゃん。

「トラ子は贅沢な物が好き」

「う、うん。トラ子ちゃんはお高い女だね」

「飼い主を担ぐのは我ら。どうせなら、難しく重く硬いものこそ尊し」

「そりゃ、賛成ってことかい?」

「賛成しよう。半端は許さぬ」

「厳しいねえ…」

 無性に煙草が吸いたくなって懐を探るが、そういえばキセルが折れているのだった。


「…昨夜の話はもういいのか?」

「いーよ、どうせロクでもないことだろうし」

「ふむ…おい、娘!ラシャよ!」

「は、はい!?」

 レニと抱き合って喜んでいたラシャが呼ばれた。

「飼い主は昨夜の経緯に興味は無い。だが言うべきことが有れば今言え。ラシャはこれから何をする」

「…トラ子ちゃん?いやナニもクソも…」

 ハッと何かに気付いた様子のラシャ。


「あたしは、おじさんの嫁になりました!だから、おじさんの子供をつくります!」


 …

 ……

 ………


「………やっぱ、続き、聞こう、かなー…なんて」

「ロクでもないから聞かない方がいいと思うぞ、兄貴」



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