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ホーム・ビースト・ホーム♯3

 江戸川駿馬には、正座が似合う。

 洋装に慣れたとは言え、やはり日本人は正座をする為の体型をしていると言える。

 だがそれは足が痺れないという意味ではない。

 なお、土下座はもっと似合うだろう。


「弁護士を呼んで欲しい」

「たわ言は無視な。モーリー、どうだい?」

「嘘はついていないようですよ。誰もね」

「そうか…」


 宿の亭主とその妻の手配で、ラシャを着替えさせ、床は清められていた。

 ラシャと一緒に美人局を働いた二人の男女も同室していた。

 ラシャよりも更に年若い男女だった。

 黒髪の、比較的背の高い少女は名をレニといった。

 同じく黒髪の、生意気そうな顔の少年はディンといった。

 二人は昨夜から宿の手伝いをしていたそうだ。手伝いというよりは、その手順を教えられていた、ということらしい。


 宿の客を襲った咎人に、何故そんなことをと聞いたところ、

「いや、アンタがそうしてくれって言ったんじゃないかい、エドガーさんよ」

 と返ってきた。

 亭主は夜勤明けで眠そうだ。

「まあとにかく、ウチにとっても悪い話にゃならなそうだ。上手くやっておくれや、エドガー先生」

「あ、その先生って…」

「小太郎ちゃん達に事の次第は話しといたよ。そっちに聞いとくれ。ゆんべはごっそさん。おりゃ寝るよ…」

「ええー…」

 亭主は自室に帰っていった。


 現在、駿馬と愉快なアスラ人達のミーティングルームには、咎人に対してではなく、駿馬に対する詰問の雰囲気が流れていた。


「じゃあ、時系列を追っていこうじゃないか。ラシャ達、まずはどこでエドガーに目をつけた?」

「はい、話します」

 レニが前へ出た。


 三人は交互に補足しあいながら語っていった。


 半年ほど前のある日、貧民街の近くでふらふらしている身なりのいい男を見かけた。

 その男は釣りをしに川へ向かっており、それをつけていったのがディンだと言う。

 男は大した道具も持たずに、竿一本で餌もつけずに、川魚を次々と釣り上げていた。様子のいい老人と二人で釣りをしていることが多く、老人に教えているようだった。

 だがおかしなことに、せっかく釣った魚を、釣った端から川へ戻していたのだ。

 その日の食事にも困る生活をしているディンはたいそう腹が立ったそうだ。

 その話を聞いて、ラシャはたまに川を通るようになった。

 男はかなりの頻度で釣りに来ていたらしく、すぐに見つけることが出来た。

 ラシャは男に、釣れた魚を貰えないか頼んだのだ。

 男は面食らっていたが、快く承知した。

 腕がいいのかなんなのか、大漁だった。


「そういや、兄貴一時期釣りしてたっけね。ここ来た頃」

「あー、やってたなあ…」

「毎日ボウズだと思ってたのに、なに、捨ててたん?」

「調理する場所もなかったしな…肉食の歯ぁしててあんま美味そうな魚じゃなかったし、リリースしてたっけ」

「餌つけねーの?」

「ルアー作ってな。疑似餌ってやつさ」

「器用だねえ」

「やる?教えるよ」

「いや、魚はあんまし…」

「人参ばっか食ってるから」

「だから果物の方が好きだっつーのに」

「肉も食わんと大きくならんよ?」

「これ以上デカくなってもなぁ…」

「御二方?」

 駿馬と小太郎の止まらない雑談にストップをかける威吹。

「あ、失礼。続けて…」


 男は時々釣りに来て、ある日大きめの桶を持ってきた。釣れた魚をそこに入れておいてくれたのだ。

 仲間達が交代で川へ行き、その桶を見つけては魚だけをもらって帰った。

 驚いたことに、雨の日にすら桶の中に魚はあったという。

 だが、ある日その魚を巡って争いが起きた。

 他のグループに見られていたらしい。

 その時魚を回収にきたのは仲間内でも幼い者で、魚を奪われた上に怪我をしたらしい。

 おまけに桶も盗まれたとのことだ。

 間も無く長雨の季節がきて、男も釣りには来なくなった。


「いや、まあ、いつか無くなるわなー、とは思ってた。確かに。桶一個っても結構高いんだ」

「なに、新品買ったの?」

「中古だよ。でも、やっぱ職人の手作りはデキが違うねぇ。俺にゃああは作れないよ」

「なんで自分で作る発想がでてくんだい…」

「んで、梅雨に入ってな。さすがに雨の中釣りはなー。いや雨降ってる方が釣れる魚は釣れるんだが、体力がな」

「ホウ!ホウ!ホウ!」

 響く梟の鳴き声。

「…失礼。続けて続けて」


 ラシャは男を探した。

 街中で見かけたが、また釣りをしてくれ、とは言えなかった。

 何度か見かけるうち、やけに大量の食料品を抱えている時があった。

 金持ちなら使用人がするはずの買い物を、それも大量に抱えていたことから、ラシャは男がそう高い身分ではないと考えた。

 他の街からの流れ者であり、恐らくはそう長くはこの街に在留しないだろう、と。

 無防備にも食べ物でいっぱいになった袋を地面に置いて、誰かと話しながら煙草をふかしている。

 煙草は嗜好品だ。それだけ裕福なら、また買い直せるだろう、と。

 ラシャは袋を盗んだ。

 中には、焼きたてのパンや、乾燥処理された肉や野菜など、まさにラシャが望むものがたくさん入っていた。


「…どー…だったかなー…あんまし覚えがないんだよなー…ほら、うちの連中大食いで、あんなもん一袋くらい無くなっても分からないっていうかね」

「いや嘘つけや」

「何を根拠に!俺の記憶力なめんなよ?ハッキリ言って、昨日のことも怪しいんだからな!?」

「こっちは覚えてるぞ。なんか妙に嬉しそうに言ってたじゃないか。いやー、また買い物袋盗まれちまったよー、お気に入りのエコバッグだったのになー、今度から紙袋にしないとなー、とか」

「…エコバッグもさ、プラで作ったら何もエコじゃないと思うんだよ、俺。やっぱ、植物繊維で作らないとさ」

「いやいや、誤魔化されないよ?続けて」


 男は追ってこなかった。気付いたそぶりもなかった。

 一度だけ振り向いた時、笑みを浮かべていたように見えた。

 見られた。衛兵に通報されたら終わりだ。

 数日、ラシャは寝ずの番をした。袋は自分が持っていた。

 衛兵に捕まるのは自分だけでいい。

 だが衛兵が寝床に訪れることはなかった。

 また街中で男を見かけた。

 また大量の買い物をしていた。

 いつも男は路地の近くで立っていて、無防備に買い物袋を地面に置いていた。

 袋いっぱいに食べ物が入っていた。

 ラシャは何度もそれを盗んだ。

 何度も同じ人間が盗めば、男がいかに愚かでもいつかはバレる。

 仲間と交代で盗みを繰り返した。

 そうするうち、たまたま男がこの宿に入るところを見た者がいた。

 定宿というわけではないようで、女を買ったり、酒を呑みに来ているようだった。

 金は持っているに違いない。

 今はまだ男に顔が割れていないが、いつまでも繰り返せるものではない。

 この辺りが潮時だ。金を奪い、最悪命を奪ってしまう方が危険が無い。

 そう判断した。


「ラシャは、殺すのはやめよう、と言ってました」

 ディンが話す。

「おれは、殺した方がいい。何度もそう言ったし、そうするつもりでした。そのために、剣も盗みました」

「あ、あたいも…賛成でした。だって、何度も何度も盗みを働いて、恨まれているに決まってます」

 レニも続けた。

「でも、あたしが、おじさんからお金を奪おうって、そう言ったんです。上手くやるからって」

 最後はラシャだ。


 三人は泣いていた。

 ポロポロと、止めどなく涙が溢れていた。


 駿馬はもう、ひたすらこの場から逃げたかった。


「んー、反省しているようだし、うん。これくらいで勘弁してあげていいんじゃないかな。さ、そろそろ昼飯時で、広間が騒がしくなるぞう。解散といこうじゃないか、なあみんな?ん?」

 立ち上がろうとする駿馬の頭に、凶悪で太い虎の前足が置かれた。これでは駿馬は逃げられない。

「飼い主」

「はい」

「弾劾はこれから」

「はい…」

 それ、この三人に対してじゃないですよね?


 ラシャは、知り合いの娼婦に化粧をしてもらい、《岩鳥の巣亭》を訪れた。

 飛び込みの営業は断られたが、実は想い人がいて、その人にだけ用があると言うと、亭主の妻は他の客に声をかけないという条件で了承してくれた。

 男はいた。

 どこか悲しみというか、寂しさを感じる表情で、一人で酒を呑んでいた。

 たまに寄ってくる娼婦と親しげに話をしていたが、ラシャにはあまり興味を持っていないようで、そっけない態度だった。

 それでも男の代わりに料理を買いに行ったり、酌をしているうちに、男から話しかけてくれるようになってきた。酌をしている時に、とても悪酔いすると噂の酒を混ぜたのが良かったのかもしれない。


「おい、何を混ぜた…」

「あ、あのね、トウモロコシから作ったって聞いたんだけど」

「て、テキーラじゃあるめぇし…」

 最悪のチャンポンをしていたようだ。


 男は明らかに泥酔状態に踏み入った。

 男は泣き上戸だった。

 口調もおかしくなり、これならいける、と踏んで、二階の部屋に連れ込むことに成功した。

 亭主の妻に部屋を使用する旨を告げる時に、宿の入り口から外へ酒の瓶を投げ出した。二人への合図だ。

 ラシャはその時に、せめてもの詫びとして本当に抱かれてもよかったのだが、男にその気があまり感じられなかった。

 鍵をあけ、踏み入った二人。作戦は成功したと思えた。

 裸で武器を持たない男が、抵抗出来るわけがないと思っていた。

 ところが、気がつけばディンは殴り倒され、レニは身体の自由を奪われていた。

 裸のラシャに何が出来るというのか。

 ディンの持っていた短剣を拾い、突きつけるも、男にいとも簡単に取り押さえられた。

 ラシャは、男をナメていたのだ。


「俺は、ナメる方が好きなんだぜ?」

「死んでください兄貴」

「ハッスル、ハッスルって、どういう意味なの…?」

「死んでください兄貴」

「いや、でもあれな。ちゃんと撃退できてて安心したよ。この辺から記憶無いから、てっきりやられちゃってたのかと…」

「お屋形様。それはいくらなんでも…」

「ホウ…価値の簒奪者がそんな情けないことでどうしますか。少しお酒を控えなさいな」

「俺は、無価値のエドガーさ。やっと余生を生きてるだけの、絞りかすだよ?」

「しゃちょーは無価値じゃないよ?今は、バカンス中なんだよね」

「おお、ラミ子ちゃん、愛してる…」

「ラミ子、兄貴を甘やかすな」

「あいさー」

「妬くなよ小太郎、お前も愛してるぜ…」

「死んでください兄貴」

「みんなうるさい。裂かれたいか」


 ピタッと静寂が訪れた。


「娘、早く続きを。次に飼い主と馬が邪魔したら裂いて捨てる」





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