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番頭、小太郎

 

 ハンシイは空を飛んでいた。


「意味が分からない…」


『やべえええええ!!』

『すげえええええ!!』


 子供達の歓声が聞こえる。

 視界には、エドガー邸の全容が映っている。

 一本の立派な樹が生えている。

 屋敷の屋根の一部に穴が空いている。ちょうどラミ子がその部屋にいて、こちらをポカンと見やっているのがわかる。


「まるっきり、わけが分からない…」



 ロクはハリネズミの針を全て折るようみんなに指示をした。

 その針は全て糖で出来ているらしく、残すことなく回収された。

 頭から尻まで斜めに切断されたハリネズミの、その切断面をくっつけてロープで固定し、子供達はその獣に群がった。


 上に乗ったり、ひっくり返して脚を動かしたり。

 どうにも猟奇的な状況に、ハンシイはただ見守っているだけだった。

 ハンシイはこの獣を捨てるなと命じられた。

 そして解剖するようにとも。

 解剖学を嗜むハンシイとしては、確かに好奇心が刺激されるところではあるが。


 しばらく見ているうちに、変化があった。

 ハンシイの毛皮がぞわぞわと逆立ち始めた。


(おや…?静電気ですかね…?)


 突然、身体が軽くなった。


「お、おおお、おお!?」


 その体重ゆうに二百キロを超えるハンシイの巨体が、突如宙に浮き上がったのだ。


「な、なんでですかああああ!?」



「…小太郎よ。熊とは、空を飛ぶ獣であったか」

「…羽根もないのに、器用なやつだね」

「やはり、処分しておくか?」

「ホウっておいても、死にそうですが…」


 朝の狩を終え、賢きアスラ人達は帰還した。

 鳥達のみ行き交う高さの空から、獣達の本来生きる地への急速な帰還を果たす熊を眺めつつ。

 つまり、ハンシイは数十メートルを墜落した。



「反省文。ロク。私は危険な行いをしました。その被害にあわれたハンシイ先生に哀悼の意を表明します」

「うん。いいだろう」

「よくないんですけど…」

「それよりロクは料理の方を頼むよ。建前という儀式だ。職人さん達に早く食事を出してやらないとね」

「飼い主の部屋の屋根まで応急修理してくれている。予定に無かった仕事だ。労わねばな」

「はい小太郎さん。らーめん、というものを作ります」

「では私は飲み物を」

「お茶がいいと思うよモーリー」

「ホウ…」

「お茶ね。砂糖入れてもいいし」

「ホウ…」

「もうやだ…故郷に帰る…」

「…毛皮だけなら、送ってやろう…!」

「ひ、ひぃぃ…!」


 トラ子の喉から獣の唸り声が漏れる。

 大きなタンコブを作ったハンシイは、半ベソだった。


「床を汚されても困る。その辺でね」

「チッ」

「愛が無い…ここには愛が無いよ…」

「貴様に対して無いだけだ。裂かれたくなくば、早く飼い主を治せ…!」

「は、はい…」


 踏んだり蹴ったりの熊だったが、彼には逆らう気力も権力も腕力も無かった。



「………」

「ラシャ」

「はい…」

「隠し事は、いけない」

「…はい…」

「何があった?」

「…分からないんです。朝、ここに来ました」

「それで」

「…厨房で、起きました…そしたら、おじさんは、怪我をしてて…」

「…うーん…」


 小太郎は、今更ラシャを疑うつもりは無かった。

 馬という生き物は群れで生活する。新参を迎えることにこそ乗り気ではないが、一度仲間になった者には厚い情を持って接するものだ。


「まあ、兄貴に聞くのが一番なんだけど、多分丸一日は起きない」

「うう…し、死んじゃったら…どうすれば…」

「死なないさ。あれで結構しぶといんだ」

「う…うぐ…ぐす…」

「介護してやってくれ。寝てる間にも排便がある。水分も補給するべきだ。そういうのは妻の役割だ」

「はい…!」


 ラシャは隠し事はしていない。

 小太郎はそう感じた。



 小太郎は中庭に出た。

 威吹が獣の死骸のそばにいる。


「で、これか…」

「山砂糖、その亜種。であろうがな」

「とりあえず、倉庫に突っ込んどこう」

「…倉庫ごと、空を飛んだりせんかな?」

「飛んだら飛んださ」

「うむ。考えても仕方ないか」

「子供達を近づけなけりゃ平気さ」

「分かった。今日の納品も我に任せて、小太郎は家のことを頼む」

「悪いねとっつぁん。何もこんなゴタゴタした日に兄貴も倒れなくてもいいだろうに」

「なに、馬でなくとも荷車は引ける。だがお屋形様の代わりが出来るのはお主だけよ」

「ボクはけんかが弱いからね、こういうのはボクがやるさ。姉御がいれば最高だが、幸いベラがいる。ベラは頭がいい」

「うむ、うむ。そうであったな」


 好々爺の笑みを浮かべる竜人。

 まるで自分の孫を褒められているように嬉しそうだ。



 小太郎は厨房を覗いた。

 人馬の身体では中に入るべきではない。衛生の問題もあるが、サイズが合わないのだ。


「みんな、問題は無いかい?」

『のーぷろぶれむ!!』

「そ、そうか…」


 厨房には八人の小さな料理人がいた。

 エドガーに拾われてからの二ヶ月、ただ食事を与えられていたわけではない。

 自分達の食事を賄うため、一日に何度も台所に立って経験を積んできたのだ。

 まだまだ場数は少ないが、上等な食材と真っ当な調理器具、そして成長期の激しい食欲によって、彼らはメキメキと調理の技を獲得しつつあった。


 エドガーが用意させたコックコートは、彼らのこれからの成長を見越して大きめに作られているため全体的にブカブカだが、目にも鮮やかな白色の制服が彼らをとても頼もしく見せている。


 陣頭指揮は、ウォーリーが採っているようだ。

「本日の献立!」

『はい!』

「らーめん!餃子!肉料理!以上!」

『はい!』

「らーめんはボクが担当!一人補助!」

『あたしがやります!』

「アシュリーか、よし!餃子は三名!」

『オレがタネを!』

『ぼくは包む!』

『うち焼く!』

「マーロウ、ウーゴ、ティニだな、よし!あと二名、カゲとセタは肉料理だ!大人の男性十三人分!そして六賢老様方の賄いだ!お腹の中身の三割くらいの量を目安に!追加も視野に入れておけ、残ったら夕食で処理すればいい!」

『アイアイサー!!』

「さあ急げ急げ!ただし手洗いは忘れるなよ!火と油と刃物で怪我するような間抜けはここにはいないな!?」

『HAHAHAHAHA!!』

「よしゆくぞ!一時間だ!」

『ヤーー!!』



「………」


 パタン、と。小太郎は厨房の扉を閉めた。

 空を仰ぎ見ると、とても青く澄んでいる。

 きっとこんな時に白昼夢というものを見るのだろう。


「あんな子だったかな…制服のせい、かな…うん」


 彼らの人格が、おかしな方向に教育されてしまったわけではないはずだ。いくらエドガーとはいえ。エドガーに過ぎる。

 頼もしいのだが。

 頼もし過ぎる。

 平均年齢十歳くらいのちびっ子料理人グループには、とても見えなかった。


 見なかったことにして、小太郎は宴会場予定の建屋に向かった。


「み、みんな…問題は無いかな?」

『のーぷろぶれむ!!』

「流行ってるのかい?」


 そこでは大掃除と飾り付けなどが行われているようだった。

 従事しているのは八人。全員がメイド服の女子だった。

 小太郎は頭を抱えた。


「…また、趣味的な服装だなこれは…」

「これはどうも、小太郎さん」

「レニか。なんだい、みんなの着ているやつは…」

「社長が《紫》に発注してくれましてね。宿の制服になったんですよ。女専用のね」

「…えーっと…つまり、娼婦のかい?」

「ええ。可愛いんで、みんなの分も作ってもらいました。みんなラシャの制服が羨ましかったんですよね」

「使いわけなさい。混ざるとまずい」

「そうですか…?売り上げ伸びたって、みんな喜んでるんですけどね」

「向こうで子供達に着させないように。絶対だぞ」

「あたいは?」

「…着たければ、自己責任で」

「はぁい♫」


 レニの指示のもと、パーティ会場が整えられていく。

 《岩鳥の巣亭》への出向で鍛えられた掃除などの技術が遺憾なく発揮されているようだ。

 それはそれとして、小太郎はメイド服など見たことが無いが、エドガーが発注したとされるそれは、作業だけに特化した服装とは思えない。

 有り体に言えば、性的だ。


「あのオッさん…子供達が間違って買われたらどうする気だ…!」

「おお…なるほど。流石はエドちゃん。なんというか、狂気を感じますねぇ…」

「うん?」


 小太郎のすぐ左隣に、見慣れない人影があった。

 畑中一郎氏だった。




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