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ホーム・ビースト・ホーム♯2

「さて、話を戻そう」


 椅子に座ることが出来ない小太郎は天井すれすれの高さから審問を続ける。

 チビチビと飲み進めたモーリー汁が気付になったのか、ラシャも落ち着きを取り戻していた。

「ラシャ。キミから言いたい事はあるかな?我々は三級国民の自助義務に基づいてキミを私刑に処することが求められる。キミが三級国民以上であればまた違うけれど」

 この世界の身分は四段階に分けられる。駿馬は三級国民に分類される。

「ラシャは四級国民と考えていいね?」

「…はい」

 最低限の税金を払えない者を四級国民と分類する。

 それでも何がしかの商品を購入する際には予め税金分が加算されているので、完全に税を納めていないわけではない。

 貨幣使用税という。

 四級国民を、国は庇護しない。しかし排除もしない。

 三級国民を、国は最低限庇護する。

 二級国民を、国は優先して庇護する。

 一級国民は、その庇護をする側だ。


 三級以上は、四級の者を殺したとて大きな罪に問われない。

 四級に咎があれば、むしろ罰しないことは三級以上にとっての罪となる。

 今回の場合、駿馬の持つ罪悪感は完全に的外れであり常識外れだ。

 ラシャ達三人は首を刎ねられることが望まれる。


 駿馬は、小太郎の言葉を間に受けてはいない。小太郎自身駿馬と行動を共にする前は弱者側の立場にあったからだ。

 アスラ人は普通の職にはつけない。人間が集まり作った人間のための国では、人間という規格が求められる。

 小太郎も、元々は四級国民だった。

 そもそも、駿馬達は脛に傷持つ身であり、人の善悪に口を出すなどおこがましい。

 三級国民に上がったのも、隠れ蓑の一つに過ぎない。

(ま、ちょいと説教して、宿の掃除させて、いくらかの金を握らせて、追い出そうってとこかな。小太郎はお人好しだからな…)


「ウチのエドガーはお人好しでね。キミを罰そうなんて考えてもいないんだろう」

(ん?)

「だが、この五人を見てほしい。みなアスラ人だ。アスラ人を見たことは?」

「あ、あります…」

「街中で働いているアスラ人を見たことは?」

「…いえ…」

「いないだろうね。三級国民のアスラ人なんてボク達くらいのものだろう」

 小太郎の顔を伺ってみると、駿馬と目を合わせようとはしなかった。

「キミは、この五人のアスラ人に剣を向けたんだよ」


 落ち着いた物言いの小太郎だったが、目が笑っていなかった。

 威吹の目には殺気がこもっている気がした。

 ラミ子ちゃんが尻尾の先端をラシャの首に巻きつけた。

「ヒッ!?」

 足元にはトラ子ちゃんが再び寄ってきていた。

「人間の世界では人間以外はひどく生きづらい。ボクらもこれで結構惨めな目にあったもんさ。兄貴の庇護下になければ、ボクらはまた野の獣に逆戻りだ」

「わ、分かります」

「そうか、分かってくれるか。じゃあなんでボクらから奪おうとした?こんなに危険なボクらから」

「そ、それは…」

 ラシャの顔に、トラ子ちゃんの右前脚が乗せられた。強靭な爪が姿を見せている。

(おいおい…やり過ぎじゃないか?)

 気が気じゃなくなってきた駿馬だ。


 鹿を絞め殺す大蛇の尻尾で首を絞められ、鎧を切り裂く虎の爪に顔を掴まれ、恐怖でラシャの目から涙がポロポロと流れていた。

 嗚咽が始まっている。

「ご、ごめんなさ…」

「謝罪はいらない。何故エドガーを狙った?誰の指図を受けた?」


(あ、そういうことか)

 駿馬はようやく納得した。

(刺客か…考えもしなかったな)


「ね、話しちゃお?しゃちょーの敵は悪い人だよ?だから殺さなくちゃ」

 ラミ子ちゃんの下半身がラシャの身体を絡み巻いていく。首への締め付けはそのままにだ。

「キミはいい子だよね?いい子は殺さないよ?」

「う…ひぐ、あ、あたしが、自分で、決めました…」

 威吹が席を立ち、腰の曲剣を抜いた。

「ラミ子、首を開けろ」

「あいさー」

 ラミ子ちゃんが尻尾を首から離すや否や、威吹が飛んだ。

 音も無く斬りつけることなど造作もないこの竜人なのに、わざと踏み込みの音を立たせ、ブォンっと、わざと大きな風切り音を鳴らして刃先を突き付けた。

「ひぃっ!!」

「首は要らぬようだな、娘よ」

「トラ子は肝臓が好き。他は要らない」

 斬りやすいようにとの配慮だろう。ラシャの顔を上に向けさせるトラ子ちゃん。

 ラシャの足元に水溜りが出来ていく。無理もないことだと思った。

 嗚咽の度に震える喉元。威吹はその呼吸を見切って微妙に剣を戻し、傷をつけることもなく刃を肌に這わせ続ける。


「雇われたわけじゃない、と言うんだね」

「…うぅ、う、うん、うん!」

「ならば、何故このエドガーを狙った?他にも裕福そうな人間ならいるだろう」

「ま、前から、目を、つけてたんです!」

「…うん?」

「か、カモだって!この人からなら、あ、あ、安全に!盗めるだろうって、思ってました!」


 場に静寂が訪れた。時々ラシャの喉から漏れるえずきの音以外は。


 駿馬は頭痛がまたぶり返してきたのを感じた。

 愛すべき腹心達の目線が駿馬に集まっている。

(やだ、俺ってば、自分の子供程の歳の娘にナメられてた…こんなにコワモテをはべらしながら…)


「で、でも!違うって!分かったんです!い、いい人だから!優しい人だったって、わ、分かったんです…う、うぅぅ…」


 小太郎が深くため息をついた。

「みんな、離してやっていい」

「ふむ」

「あいさー」

「肝臓は?」

「食べない」

「つまらぬ」

 ラシャを解放する獣達。

 どのみち殺すつもりもなかったはずだ。トラ子ちゃん以外は。いや、トラ子ちゃんもそんなつもりは無かったと信じたい。


 濡れた床にヘタリ込むラシャ。

 涙と涎と鼻水で顔がひどいことになっている。

 何か拭くものをと思ったが、モーリーが顔拭き用の布を顔に当ててやっていた。

 羽毛でもっこもこの手で器用によくやるものだ。

 最後に鼻をかませてやっていた。


「まあ、誰かの命令でやったわけではない、というのは信じてもいい。だが、何故うちのエドガーをそう判断した?」

「娘よ。この方は歴戦の戦士ではないが、それでも一般人、ましてや女子供に遅れをとるような方ではない。仮にも我らを率いる方ぞ」

 床に座ったままのラシャが答える。

「いづも…ぐす、いつも食べ物を盗んでました…」


「………あっ!」


 駿馬の老いて腐った脳みその中で、記憶をシナプスが繋げていく感覚があった。アハ体験というやつだ。

(あー、はいはいはいはい、どっかで見た顔だなーと思ったら、あの時の!!)

「…なんか、心当たりが有りそうじゃないかい、兄貴よ…」

「うぐっ!いや、まあ何というか!」

「今度は何をされたのですかな?」

「いや!何をしたってわけでもなくね?」

「しゃちょー、食べ物あげてたの?」

「いやいやいやいや!そんなん、全然!」

 小太郎が深いため息をついた。


「吐けや?」


「あ、はい…」


 小太郎は、怒ると怖い。

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