先制攻撃
解剖学の授業をハンシイが行なっている。
流石に検体はないが、石板にろう石で上手に人体の解剖図を描いている。
見事なものだ。
絵心のない駿馬からすれば羨ましい。
「はい、人体の内臓は大体このような感じですね…各部の名称は、読み仮名もふりましたから、頑張って紙に写しましょう」
「はーい!」
「質問があったら、どんどん聞いてくださいねー」
「質問です!」
「はいどうぞ!ムシュカくん!」
「胃と、腸は、一つのものですか?」
「繋がってるので一つとも言えますね。でも、場所によって役割が違います。あちらの部屋とこちらの部屋は繋がってますが、別の用途に使われてますよね。同じです」
「質問です!」
「はいどうぞ!エドガーさん!」
「先生の急所はどこですか!」
「急所…ええと、まあ、脳、ですかね…あとまあ、内臓は大体急所です。ええ、心臓とか、急所ですね…」
「質問です!」
「はいどうぞ!ロクくん!」
「腎臓と肺は二つありますが、何故ですか?」
「それだけ大切な臓器だと考えてください。心臓はとても大切な臓器ですが、要は血を送るための道具です。対して肺は、酸素を吸収するための臓器。腎臓はおしっこを作り、血を綺麗にするための臓器。心臓よりも繊細な働きをしています」
「質問です!」
「はい!ど、どうぞエドガーさん!」
「先生は何分くらい酸素の供給が止まると死にますか!?」
「い、一般的な人間と、そう大差はないと思いますが…なるべく酸素の供給は止めたくないところです…」
「質問です!」
「はいどうぞ!アシュリーちゃん!」
「獣はまず肝臓から食べると聞きました!何故ですか!?」
「肝臓は、栄養を蓄えます。それがわかるのでしょうね」
「質問です!」
「は、はい…どうぞ、エドガーさん…」
「先生の肝臓に左フックを何発叩き込んだら効くか試してみます!」
「試さないでください!!」
「本番ですね!」
「本番も無しで!質問をしてください!もしくは出てってください!」
「ちっ…」
「ヤダもうなにこの人!怖い!」
「ちょっと医学の心得があると思って、調子に乗るなよ、熊公…腑分けして熊の胆取り出してやろうか…」
「自分で講師に呼んどいて、この扱い!?」
「しゃちょー、くまのいってなあに?」
「万能薬だよ。高級品だ。高く売れるぞう…?」
『へーーーー…』
「あ、やめて!そんなギラついた目で見ないで!一個しか無いから!取ったら死んじゃうからぁ!」
「次は、俺の番だ…料理人の力を見せてやる…!」
駿馬は半解体された猪を検体として持ってきた。
「心臓は…ハツだ、コロと呼ぶこともある。コリコリした食感が楽しい部位だ。焼いて食べるといい」
「舌は…タンだ。先の方と根元では食感が違う。塩もいいが、タレもいい。焼いて食べるとうまいが、煮るのもいい」
「肝臓は…レバーだ。生で食べると確かに美味いんだが、足が早い、つまり傷みやすい。お腹を壊すことがあるから、普通は火を通して食べるように。焼くのもいいが、俺は衣をつけて揚げるのが好きだ。流水で血を流すと、臭みが少なくなる」
「大腸、小腸。ホルモンというとこの辺りだな…シロ、センマイ、モツ…場所によって呼び方が違う。消化物、つまりうんこが通る場所なので、下処理をしっかりしないと臭くて食べられない。お湯で洗うと、脂が溶け出てしまうから、なるべく水で。小麦粉などで臭みを取るやり方もある。なお、灯りに使う脂を抽出することも出来る。脂を取った残りはアブラカスともいう。お好み焼きに入れてごらん。ホルモンは焼いてもいいが、やはり煮込みが最高だ。センマイは雑巾みたいな見た目だが、これはこれで面白い。何度も茹でこぼしするように。芥子酢味噌がオススメだ」
「顔面もうまい。カシラと呼ぶ。耳だって、鼻だって食える。煮てもいいが、俺は焼いた方が好きだ」
「脊髄。骨の中には骨髄が入っている。これがうまい。よくトンコツスープを取るのに骨を割らずに煮込んでいる店があるが、愚かと言える。まあ敢えて臭みを残すというのは分かるがね。本格的には臭みを取るために茹でこぼしてから、鉈や金槌で骨を割って、新たにスープを取るんだ。君たちは分かっていると思うがね。そこの熊のお兄さんと違って…」
侮りの視線でハンシイを見やると、眉間を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。
「質問はあるかね、ハンシイくん?」
「な、何故解剖学が料理教室に…!」
「この方が楽しく臓器を覚えられるというもの。貴様には負けぬよ…」
「人を食べるわけでもないでしょうに!斬新という点は認めますが…」
「医食同源というだろうが!」
「多分意味が違います!」
「貴様ジビエの分際で…熊の右手が本当に美味いか、実験してやろうか…」
「別に美味しくありませんが!?」
「どうせ冬眠する前には蜂蜜ベッチャリなのだろう!そんな貴様には金の力を見せてやる!」
黄金の光を放つ駿馬の財布!
「え、なに!?なんか必殺技っぽい!?僕殺られるんですかあーーー!?」
「最高品質…おうおう!待ちゃーがれスットンキョーが!」
逃げだすハンシイ。追いかける駿馬。二人は宿の外へと飛び出していった。
お昼ご飯は熊肉かなあ、熊って美味しいのかなあ…とザワつく子供達。
盛大なやり逃げ感の残る教室に、子供達を除き一人残されるベラ。
「…ええと、とりあえず、貴重な絵のようなので、みんなで書き写しましょうか」
「…心臓はハツで、肝臓はレバーで…」
「…人間のは、ハツって言わない方がいいと思いますよ…」
「はーい!」




