インタビュー・ウィズ・トラ子
「最近、ご無沙汰ではないか、飼い主よ」
「寂しい思いをさせたかい」
「新しい女にばかり構って、トラ子はもう要らないのかと思ったぞ」
「そんな馬鹿なことがあるハズない。そうだろう?」
「ふふふ。飼い主は、トラ子無しでは生きていけない、そう言ったな…」
「もちろんだ」
薄暗い室内。蛍光灯もLEDも無い世界、夜の灯りは炎のみだ。
脂を染み込ませた紐が、しっとりとした火を灯し、オレンジ色の光が薄紙に反射して微かな光を周囲に与える。
「小娘と戯れるのはよい。トラ子はとても充実している」
「要らないのは俺の方かと思ったよ」
「だが、やはり…ああ、これは、これだけは…」
「ああ、いい手触りだ。最高だ…」
くちゅ、くちゅ、くちゅ…
官能的な音がそう大きくない室内で響く。
トラ子ちゃんと二人きりのこの遊戯は、二階の個室で行われる。
強い香りが充満している。
頭がくらくらするような、強い香りだ。
「ふぅ…ふぅ…」
「そら、ここがいいんだろ?」
「ああ!そこだ!よく…揉んでくれ…」
「綺麗な色だよ、トラ子ちゃん…」
肉の丘を広げ、濡れた指を這わせる。
溝に沿って指をスライドさせつつ、挟み込むようにしてしぼりあげる。
プルッと肉の塊が跳ねる様は、何度見ても飽きない。
「少し、硬くなってきてる…」
「飼い主が中々してくれないからだ…」
「今日は、念入りにね…」
「ああ、寝かさないぞ」
「望むところさ。まだまだ若いってところを見せてやる…」
「うあ!あ、もっと、もっとだ!飼い主…」
「この、欲しがり屋さんめ…!」
コンコン!
ノックの音がした。
「はーい?」
「あ、あのー…」
入ってきたのはラシャだった。
「な、何してるの、二人で…?」
「何って…」
『肉球オイルマッサージ』
腕まくりをしてハチマキをしめた駿馬と、胡麻油のリラックス効果でトロトロになったトラ子が、同時に答えた。
室内には、胡麻油の美味しそうな匂いが充満していた。
ネコ科の動物の肉球には、人を狂わせる程の魅了効果がある。そして、概ね駿馬は狂いやすい側の人間だ。
駿馬は犬派だが、猫が嫌いなんてことはない。
むしろ、嫌いな動物なんて、猿くらいのものだ。猿は人間っぽいから嫌いだ。
でも、ゴリラは格好いいと思う。渋い。
蛇は苦手だったが、威吹とラミ子ちゃんのお陰でその魅力に目覚めた。鱗、いいよね!
この世界にいる犬は、可愛げが無い。
野生の犬というか狼しかいないので当然といえば当然なのだが。
農耕牧畜の友としての犬は、魔素による魔獣化の影響で、存在しない。
駿馬はすこぶる不満だった。
飼いケルベロスとか、飼いオルトロスとか、飼いキマイラとか。そういうのを期待したのに、どこにもいやしない。
もっと、面白可愛いモンスターを!駿馬の切なる願いだった。
そんな駿馬にとっての、最高のパートナーはトラ子ちゃんその人だった。
威吹は格好いい。竜はやはり男の子にとって永遠のアイドルと言える。だが、多分撫でたりしたらストレスで威吹は苦しむだろう。
小太郎の馬部分は非常に良い。だが人間の部分は余計だ。
ラミ子ちゃんは普通にべっぴんさんなので、蛇部分も性的に見てしまいそうで、あまりいじれない。
モーリーは最高だ。だが逃げる。とてもとてもモフりたい。ベラやラシャには抱きつかせているので、駿馬が男性だというのが問題だろう。
その点、トラ子ちゃんは素晴らしい。
積極的に愛でられにきてくれる。
ブラッシング、爪とぎ、肉球ケア、耳掃除。
虎の鮮やかな黄金と漆黒の毛並みは、撫でていると時が経つのを忘れる。
肘のモワモワっとしたところと、お尻のフニフニッとしたところ。そして顎のヒゲあたりが駿馬の大好物だ。
腕の関節を握って、伸ばしたり縮めたり、伸ばしたり縮めたり、伸ばしたり縮めたりしているうちに小一時間経ってしまう。
指の付け根の肉球を押して、爪を出したり引っ込めたり、爪を出したり引っ込めたり、爪を出したり引っ込めたりしているうちに更に小一時間経ってしまう。
忙しい時には危険な遊戯だ。
更に耳の付け根や顎を触り出すともうきりが無い。
ブラシについた毛を集めて袋にとってあるので、いつかミニトラ子ちゃんを作りたい。黒と金が混ざっているので仕分けが問題だ。
「…おじさん、ベラのアスラ病みが治った時、ちょっと悔しそうだったけど、あれ、本気だったんだねえ…」
「本気だよ?当たり前じゃないか」
「あれは可哀想だったな。今からでもちゃんと獣にしてやれぬものか」
「全くだ。可愛らしい犬娘になれる才能があったのに…本当にハゲるなんてな…」
「…ハゲなの?」
「…私、ハゲのアスラ人なんでしょうか…」
「あ、ベラもいたのか!いや、でも人間は人間で可愛いと思うぞ!」
「慰められました…」
「…ハゲまされたのかもね。ぶふっ!」
「きいっ!」
仲良しの二人はじゃれあいながら去っていった。
ラシャは今夜はこっちに泊まっていくらしい。
急ピッチで進められる別棟の建造は、かなり進んだように見える。完成すればラシャとレニとディンもこちらに住むことになる。
流石にいつまでもあちらに青少年を住まわせておくわけにはいかない。
まあ、ディンならいいかもしれないが。
いや、ダメか。駿馬みたいになってはいけない。
ぬっちゃぬっちゃと、温めた胡麻油を追加してマッサージを続ける。
冬場は特に柔らかくして保湿しないといけない。
お湯で流し、改めて薔薇の香油で湿らせる。
出来ればブーツくらいは履いて欲しいが、やはり人間とは少し構造が違うらしく、履き心地が悪いらしい。
「飼い主よ」
「うん?」
「ベラは、人間に戻りたかったのか?」
「どうだかな…半端は嫌だ、って感じだったのかもな…」
「猪達が進化した時の光、あれと同じものだった」
「…だな」
「熊男は、何者だ」
「…うーん…」
「飼い主より、あちらの知識を持っている」
「いや、負けてねえし!?本気出してないだけだし!?その気になれば、エンジンとか作るよ俺!?発電機ならうちにもあるでしょ!?」
甚だ遺憾とばかりに言い返す駿馬。
なんとなくハンシイに負けたと思われるのは我慢がならない。
「家畜化の技は…ま、他の国で牛が家畜化してるのは間違いない。乳牛がいる。肉牛はあやしいが」
「やつが広めたか」
「その国から得た知識だと、やつは言ってたが、どうだかな…」
「あっちのやり方ではないか」
「品種改良ってのは、あんなんじゃないよ。もっと時間も手間もかかるもんだ。いや、やったことがあるわけじゃないが」
「魔素はどうだ」
「あっちに魔素はねえよ」
「つまり」
「ハンシイは、神か悪魔の関係者ってことだな」
駿馬達はそれらに縁がある。
日本人達の上には神がいる。
日本人に楯突いてはならない。
神罰を受けるのだ。
だから、駿馬は上級国民を目指さない。
ひっそりとやっていければいい。
「何故受け入れた」
「…贈られる塩は、貰っとこうと思ってな」
「悠長なことをしているうちに、足をすくわれはしないか」
「ホンモノだったら、どのみちやられるさ」
「奴らに届く牙はあるだろう」
「使うことになったら、それが負けなのさ」
「…戦わぬと」
「抑止力ってのはそういうもんさ」
「ふむ…」
まだ納得いっていない様子のトラ子ちゃん。
「自分を殺しにきた相手と、友達になっちまうんだとさ」
「なんだ、それは」
「あっちの世界の、昔の偉い人の言葉」
「先手必勝、ではないのか」
「やるとなれば、ね」




