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養豚

 

 エドガー邸は、どうにも忙しくなってきた。


 まず、子供達用の別棟が本格的に着工した。

 先日まで基礎工事だけはしてあったのだが、まだ建材が届いていなかった。

 今日になってから大量の職人と建材が運び込まれ、同時に建て方が始まった。

 自治会長自らの指揮だった。


 聖なる樹の周りにはいまだにイノシシが埋まっている。職人達が気味悪がっているが、どうか気にせずとたのんだ。


 邪魔にならないようにとの配慮もあり、ベラによる子供達の授業に、ハンシイもついてきていた。


 驚いたことがあった。

 ハンシイは、小型の手回し発電機を持っていたのだ。辰の国にいるという、雷龍の鱗を磁石として使った、手製のものだという。

 そして、ハンシイはベラの代わりに、授業を始めた。

 とても手慣れた様子で、現代日本人の駿馬をしてみても記憶に無いほどの、分かりやすく筋の通った授業だった。

 授業の内容も驚くものだった。

 発電のメカニズムについてだ。

 そして手早く塩水を用意して、水酸化ナトリウムの生成の実験まで行った。

 そしてその使用方法。苛性ソーダとしての使い道。

 つまり、石鹸まで作ってみせたのだ。


「私の知る限りですが、まつろわぬ民の集落では、わりと一般的な知識です。こちらの国では、まだ単に灰を石鹸代わりに使っているようですね。あとは、米ぬかなどでしょうか」

「…米ぬかはむしろ手に入らないよ」

「ああ、そうでしたか。米農家の大御所がいらっしゃるので、普及しているとばかり…」


 ちょっと悔しくなった駿馬は、モーターの仕組みについて語りだした。

 発電はできてもその電気の使い方まではわからないだろう。電気分解だけが電気の使い方じゃないぞ!と、磁石を使ったシンプルなモーターの作り方と、ミニ四駆を例にしたモーターの使用方法を語った。

 ならば、とハンシイは歯車の使用方法を語りだした。駿馬の屋敷にある水車から、さまざまな生活道具を作れることを話した。もちろん水力発電についても。

 対抗して駿馬は…それに対抗してハンシイは…


 時間が経つのがものすごく早く駿馬は感じた。


 授業を一時切り上げ、みんなでエドガー邸に昼食をとりに帰る。

 今日の食事の支度は、全て子供達が行う。

 職人達の分まで用意する。

 子供達が自身で考えた献立はこうだ。


 猪ミンチ肉の串焼き、トマトソースと塩味。

 お野菜たっぷり猪骨髄と内臓のピリ辛スープ。

 パンは各自で。


 シンプル、そして肉肉しい!!

 だが、職人達にも大好評だった。

 大分寒くなってきたなか、身体が冷えた職人の胃袋には最高だろう。

 内臓も何度か茹でこぼして臭みを取ってある。そこに唐辛子を使ったピリ辛スープだ。

 ミンチ肉には、軟骨やこれまた内臓がいくつか使われている。ハンバーグの原型といってもいい。

 まだまだ遠慮があるのか、安い部位を優先して使っているのがわかる。

 それでこれだけのものを作れたのだ。

 駿馬の口からは賞賛の言葉しかない。

 ハンシイも、驚いていた。

 これは駿馬が一本取ったと言えるだろう。


 猪の顔から毛がほとんど抜け落ちていたので、一匹掘り出してみると、もう、完全に豚の見た目になっていた。

 品種改良がこんなに簡単に出来てしまうとは、駿馬には信じられない気持ちだった。

 魔素とは神の恩寵。

 つまり、それは。

「…こりゃ、魔法だな」


 ファンタジーにはやはり、魔法が無いと始まらない。

 駿馬はとても嬉しかった。



 午後、駿馬はマクラーレン商会を訪れた。

 会頭に様々な提案を行い、概ねそれは受け入れられた。

 ハンシイはマクラーレン商会に引き取られる。

 会頭のボディガードとしての就職。

 そして、他にも色々あろう謎の知識はマクラーレン商会のものとなる。

 だが、しばらくはハンシイは子供達の教師として出向してもらうことにした。彼の教育能力は素晴らしい。

 子供達はいずれ、マクラーレン商会の構成員として勧誘されることになる。実際に就職するかどうかは、彼らが自分で決めればいい。

 エドガー商会はあまり大きくするつもりはない。

 もし彼らが大きくしたければ、彼らの経営に移ってからだ。それは自由だ。好きにすればいい。

 完全にマクラーレン商会の傘下に入ってしまうのも、またいいと思う。

 まだもうしばらくは駿馬が代表として経営することになるが、その日はそう遠くないのかもしれない。

 駿馬はそれが楽しみだった。



 豚について。

 駿馬は商売敵のところに訪れた。

 ポー商会。まあ実のところ敵というほどのものでもない。総合食肉卸業者だ。

 むしろ、駿馬が一方的に客を奪った過去があるだけの、引け目を感じていた相手だ。

 ラミ子ちゃんに荷車を引いてもらい、十匹の豚を手土産にした。


 ポーは、四十手前の背の低い男だ。

「…エドガーさん、こいつぁ…」

「豚、だよ。猪と違って、簡単に飼える。それも、魔猪にはもうならないそうだ。猪じゃなくて、豚だからね」

「こ、これを、どうしろってんでえ?」

「ポーさんにさ、これの専門になってもらえないかと思ってさ」

「おいらに、預けてくれるのかい」

「ああ。もっと追加で作ってくるからさ、繁殖してもらえないか。うちの山も渡すよ」

「…気味が悪いよ。おいらをどうするつもりでぇ」

「簡単に言えば、ウチが売る肉の、出所になってほしいんだ。猪はもうやらない。これからは豚を専門に売りたい。あとは鳥もやりたい」

「…おいらに、商売替えをしろってぇことかい」

「いや、今までの商売をやめろなんて言わないさ」

「手が回らねえだろ」

「儲かる方をやればいい」

「…なんで自分でやらねぇんだい?こりゃ、金の匂いがするぜ?」

「いやね?」

「おう」

「…俺、本当は料理する方の畑のモンなんでね」

「…そりゃ初耳だな」



 豚はポー商会に渡した。一時預かりという形だ。

 ポーは条件を出してきた。

 それは、ポー商会がエドガー商会の傘下に入る、ということだ。

 彼の持つ敷地には、生きたまま仕入れられた羊や牛がいる。それらは近々全て売りに出されるだろう。

 いつ魔獣化するか分からないそれらより、安定した豚の方が絶対楽だ。

 まして豚は家畜の王様だ。

 その価値は計り知れない。

 だが、豚コレラのような問題だって起こりうる。

 リスクの分散という点では、豚一本でやっていくというのは、恐ろしいものだ。

 エドガー商会の傘下に入りたい、というのは、彼がもう商売に疲れているからだろう。

 疲れさせた原因の一端は駿馬自身だ。

 彼は一山当てて富豪を目指すよりも、安定した暮らしを望んだ。

 駿馬はそれに応えることにした。

 キリよく、来月からポーはエドガー商会の社員扱いになる。

 豚を使って、対立する商会を取り込んだ形になってしまったが、お互いがこの先幸福になるのなら、それはそれでいいだろう。

 駿馬は、彼が社長になったって、構わないのだ。





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