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ホーム・ビースト・ホーム

「亭主から経緯は聞いた」


 そこは、人外魔境の部屋だった。

《岩鳥の巣亭》の一階にはあまり使われていない部屋がある。宴会などの催しに使うための個室だ。二十人を収容できる間取りとなっているが、別料金がかかるためほぼ使われていなかった。

 そこを駿馬は占有している。マンスリー契約の恩恵で無料なのだ。


「君は、うちのエドガーに対して美人局を働いたそうだね。間違いないかな?」

「は、はい。間違いありません…」


 見事な圧迫面接を行うのは巨大な人馬。

 栗毛色の馬の下半身に、精悍な青年の上半身をもつ。

 数多の神話に登場する、ケンタウロスそのものだ。

 普段からナチュラルに馬上にあるようなものなので、比較的高さのある部屋だというのに、天井に頭が当たりかねない体高だ。

 駿馬にとっては最も付き合いの長い、頼れる相棒だ。

 名前の由来は日本の忍者だと本人には言ってあるが、実は昭和歌謡に有名なあの馬だ。

「兄貴、間違いないかい?」

「小太郎、間違いない」

 目と目で通じ合い、頷き合う。


「犯行に及んだ人数は三人。君の他に男女が一人ずつ。そうだね?」

「そ、そうです。二人は、亭主さん預かりで…」

(そういや、いたな…)

「しゃちょー!二人は雑用してるよー!」

「うむ!ラミ子ちゃん良い秘書っぷりだ!引き続き不足した情報の補足を頼む!」

「あいさー!」

 能天気極まりない声を上げるのは、ケンタウロスに輪をかけて巨大な質量の塊。蛇人、ラミアだ。

 全長八メートル程、蛇の部分の一番太いところで女の臀部の太さ。もちろん安産型だ。

 上半身はクビレと出っ張りのメリハリがついた女性で、中東アラブ系を思わせるややキツめの顔立ちだ。

 普段の顔の高さは駿馬より少し高いくらいを維持しているが、伸びれば伸びる。

 部屋の中ではとぐろを巻いて省スペースに勤めている。

 名前の由来は無い。そう呼んでいたら定着してしまったのだ。

 お気付きだろうが、駿馬に名付けのセンスはない。


「何のためにそんな真似を?」

「お、お金を奪うためです…」

 ラシャの背後から首元に、ヌラリと鈍く光る曲剣が添えられた。

「娘…お屋形様の前で偽りを申すようなら、この細首即座に跳ね飛ばされると心得よ…分かるかぁっっっっっ!!」

「ぅわかりまスゥッ!!お金と、あとお金になりそうなものと、隠してるお金とか盗もうと思ってましたぁっ!!」

「うむ、良し」

 ラシャは半べそだった。

「まあまあ、威吹のとっつぁん。ビビらせんなって」

「ふむ…。娘、我は貴様を脅したか?」

 ギラリと輝く眼光。

「全然、大丈夫です!」

「ガハハハ!なら良し!」

 筋骨隆々な人型の竜。竜人だ。

 人型とは言うが、金属質の鱗に覆われた体表と、黒曜石のような鉤爪。表情を読み取れない爬虫類の頭部。生物としての強度は人間と比較にならない。

 駿馬も慣れるまではしばらく怖かったものだ。

 昔の粗悪な刑事を思わせる威圧ぶり。身に覚えのない者からでも自白を引き出すことだろう。

 実に頼れる。

 彼だけは駿馬の素敵名付けの被害にはあっていない。先祖伝来の名前らしい。


 もふもふした人影が、お盆に陶器のグラスを乗せて運んできた。

「まあまあみなさん。飲みものでもね。坊の好きなものですよ」

「ああ、有り難い。これよこれ」

 中身はモーリー汁。モーリーの作る汁だ。

 健康特化型グリーンスムージー。果物なんて一欠片も入ってはいない。例えるなら液体パセリとでもいう味だ。

 受け取ったグラスを、グビリグビリと一気に飲み干す駿馬。

 ラミ子ちゃんが自分の分を差し出してくるので、それもありがたくいただく。

「ゲフ…ああ、身体にいい味だ…」

「ホウ、ホウ、ホウ」

 嬉しそうにもふもふしつつ椅子に向かうモーリー。

 立てば鳥人間、座れば巨大梟、歩く姿はモッフモフ。

 正体は駿馬より頭のいい突然変異の巨大梟だ。ハーピーとかの鳥人間と分類すればそうなのかもしれないが、無理に型にはめる必要もない。

 椅子から立ったり座ったりするだけで凄まじい形状変化があり、首は自由自在にグルグル回る。

 なおモーリー汁は駿馬と小太郎にしか人気が無い。

 ラシャも一口飲んで凄まじい顔をしている。

 森の中に住んでいたから、モーリーと名付けた。意外と悪くないのではないかと駿馬は思っている。

 ふくふく、でも良かったかもしれない。


 目の前に有りながらも気配を感じさせない。しかし視覚的には違和感がある。そういう動きでそれはにじり寄っていた。

 黄金と漆黒の危険色。

 それが足元にいつからいたのか、ラシャは知らないだろう。


「愛でよ」


 ピタリ、とラシャの動きが止まった。

 命の終わりを感じたのだろう。

 息を潜め、己が命に絶対の終わりを告げる存在に抗することなど考えず、ただ神に祈るようにそれに見逃して貰える時を待つ。

 それがうちのトラ子ちゃんに対する正しい対応だ。


「ひ…?あ、おじさん…」

 助けを求めて駿馬を見やるラシャ。

「トラ子ちゃんはアゴの下かいたげると喜ぶぞ。耳の根元も」


 控えめに言って破壊神の化身。

 その愛らしさはマンチカン並み。

 恐らくお釈迦様くらいの悟りを得ている我が家のペット、トラ子ちゃんは、虎人的なあれだ。

「飼い主。何度も言うがトラ子はトラ子。虎人にも、虎にも人にも他にもあらじ。ただトラ子はトラ子としてある。故にちゃん付けも不要。最も美しき響きは、ただトラ子のみ」

 トラ子ちゃんは哲学者だ。

「天はトラ子の上に人を作らず。人の下にトラ子を作らず。学べよ飼い主。そして娘よ」

「はい!トラ子様…」

(様付けしますよね。そうですよね)

 ウンウン、と駿馬と小太郎は頷きあった。

「敬いたい気持ちはさもありなん。しかし求めたるは我。叶えるは汝。美しき響きは、ただ、トラ子。三度は言わぬ。叶わねば裂く」

「は、はい!と…ら…こ…(様!!)」

「では次だ。愛でよ」

「め…めで?」

「トラ子を撫で、かき、口付け、愛せよ。己が子にするように。あるいは母にするようにトラ子を求めるのだ」

「トラ子。いきなりは無理だ。見ろよ、放心してるぞ?」

「ふむ…」

 小太郎が軽くたしなめると、トラ子ちゃんは少し考える。

「見たところこの娘はあまり裕福な育ちではないな。ペットを飼ったことがないのだな。ならば仕方ない。時間をかけてトラ子の愛で方を躾けてやろう」

「お手柔らかにね?」

 尚、トラ子ちゃんは恐らく、見慣れぬ人間にちょっと構ってもらおうとしただけだ。頭でも撫でてあげれば満足して戻ったはずなのだ。

 ラシャにとってはたまったものではないだろう。

 ちなみにトラ子とは当然のように駿馬の名付けだ。


 のっしのっしとラシャから離れゆく、生ける愛災害。

 四本脚で歩くとシベリアあたりのタイガーそのものだが、二本脚になると途端に人間の女性に見える不思議。駿馬よりも大分デカいが。


 この世界においてアスラ人(アスラびと)とも呼ばれる半獣半人の存在は、場所によってはままいるが、これだけの存在感のある者は少ない。

 それがこの密度でいるのだ。

 動物園の檻の中なんてレベルの恐怖ではあるまい。

 駿馬にとってはこれがホームの雰囲気だ。


 憔悴した様子のラシャを見て駿馬はほくそ笑む。

 ペースは掴んだ。

(勝訴は確定だ)

(あとは慰謝料でもゴッソリと持って帰ってもらおうではないか)

(俺の土下座でも見てからなあ!!)

(くははははは!!)


 明らかにそれでは敗訴の内容だが、それが駿馬にとっての勝利のシナリオだった。






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