わつろわぬ民間療法
「改めて、僕はハンシイと言います。僕の持つ価値ある知識をお金に換えて贅沢な暮らしをしたいと思っている、まつろわぬアスラ人です」
「そうか。俺はシャドウ」
「誰さ」
「…エドガーです」
昨夜の邂逅からたっぷり半日の後。もはや太陽は登りきり、昼になろうとしている。
エドガー邸に一行は帰ってきていた。
とっ捕まえた魔猪十匹と、一名の来訪者を連れて。
「…でだ。さっきの話なんだけど。あれ、本当にリアルガチでマジバナ?」
「嘘じゃないですよう?」
「…どーもな…都合が良すぎるんだよな…」
「僕からしても都合が良かったんですよ」
「というと?」
「猪に、赤い目印付けた人に、会いたかったんですよ」
「…むう」
この世界では、畜産が盛んではない。
野生の獣を捕らえ、家畜化しても、ある時突然魔獣と化してしまうことが多いからだ。
猪を捕まえて飼い慣らしても、子供を産む前に大体魔獣化するのだ。
しかし、中には魔獣化しないものもいる。
それを上手く引き当てれば、家畜化も可能だろうとは言われている。
しかし、短期的には野生の獣を狩ってきた方が儲けが出る。
ベラの父親のように、本気で畜産に取り組もうとする者は少ない。
駿馬は、検証をしようと考えていた。
まずは野生のただの猪に目印をつけ、本当に魔獣化するのか検証する。
次に、魔猪を捕まえて、通常の猪に戻るのか検証する。
また、その場合再び魔獣化するのかを検証する。
魔素抜き、再魔獣化予防。
しかるのちに長い時間をかけての家畜化。つまり豚への進化を目指す。
やはり、チャーシューは豚に限る。
「魔猪、家畜化したいんですよね?出来ますよ。この情報、いくらで買ってくれますか?」
「出来ると確認できたらたっぷりと払ってやるけどね。もぉし出来なかったらキミィ…入国税、俺が払ってるってこと、よおく、考えた方がいいよぉ…?」
「あ、あれ…?おごりじゃなかったんでしょうか…」
「いやいや、おごりだとも。返してくれなくていいんだ。ってか返させない」
「あ、よかった」
「うん。それでね、君は、金じゃ返せない借りが、このおじさんにあるわけだ…」
「…あ」
「もったいぶったのは、おじさん嫌いだなぁ…」
「た、ただちに!!」
このハンシイという熊人、魔猪の家畜化の方法を知るという。魔猪の、非魔獣化、ではなくだ。
上手くいけば構想が一足飛びに進む。上手くいかなければ、それを機に食肉卸から手を引くのもいい。
損することは無いだろう。
問題は、その方法を知るというこの熊は、何者だ、ということだ。
油断せず、観察をしようと思った。
そして始まるハンシイクッキング。
まず、新鮮な魔猪を十頭用意します。これは、優秀なアスラ人が数人いれば簡単に出来ますね。
そして下拵えとして、魔猪の関節を折り砕き、死なない程度に弱らせます。
牙も折りましょう。
その間に、魔猪の体長に合わせた穴を掘ります。
穴と穴の間隔は二メートル程。
頭が出るように生き埋めにします。
この時、身動きは出来るけれども死なないよう、程よい埋め加減を心がけてください。
そして、出来上がりがこちらです。
魔猪のスターゲイジーパイ、エドガー邸風。〜聖なる樹の香りを添えて〜
油断せず観察した結果、惨憺たる結果となった。
スターゲイジーパイとは何か。是非画像を見て欲しいので、検索することをお勧めする。
お魚の頭いっぱいの、とても食べづらそうな料理のことだ。
「ハンシイくん?」
「なんでしょう、シャドウさん」
「エドガーだ」
「エドガーさん」
「えっと…これは、フォアグラを作るのかな」
「フォアグラとは?」
「ガチョウ…食用の鳥だな。強制的に餌を与えて、運動不足にさせて、肝臓を病ませて、その肝臓を食べる料理だ」
「す、凄い料理ですね」
「いや、その肝臓の作り方にしか見えないわけだが」
「あー…なるほど…」
最近では動物虐待とかで製造を禁止したりしている国もあるそうだが、エドガーからすればどうせ食べるのだから虐待も何も…という思いだ。
むしろ作る人たちのストレスの方が問題なのかもしれないが。あと世間体も。
つまり、今のエドガー邸の惨状は、住人にはきつい。
「猪達に、進化をさせるためにこうやるんです」
「…進化ぁ?」
…いのモンから、ぶたモンへ?
「魔素とはなんだか、ご存知ですか?」
「不吉なものだな。アスラ病みという病気の原因だ。だが、アスラ人は魔素無しでは生まれてこないだろうから、あるいはいいものなのかもしれんが」
「どこからきたものかは?」
「…野山に、最初からあったか、どこかから溢れてくる?」
「魔素とは、神の恩寵です」
「神ねえ…」
「納得いきませんか?」
「いや、それだと、よほど神さまは悪い奴だってことになっちまうだろ、抗う術を持たない非力な人間としては、あんまり神さまってのが悪モンだと困る」
「悪モンでは、ないでしょう。ただまあ、大雑把ではありましょうがね」
「ふむ」
「で、その大雑把な神の恩寵を、もっと繊細に働かせるのです」
「…まあ、やるだけやってみようか」
そして奇祭は始まった。
生き埋めになった猪の周りに、常時数人が張り付く。
抜け出そうと身体を動かす猪の鼻を押さえて、大人しくなったら餌を口に入れてやる。
食べたら撫でてやる。
そして、心地の良い歌を聴かせてやる。
駿馬の出番だ。
「ドゥドゥドゥドゥドゥーン♫」
洋楽だ。
「ドゥドゥドゥドゥドゥーン♫」
前奏から始める。
「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ」
こっそりと無駄に価値を込めてみる。
「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ、プリウォメーン♫ウォキンダンザーストリー♫」
『ゔぎぃぃぃぃ!ゔぎぃぃぃぃ!』
「あ、違う曲をお願いします」
「………」
名曲、名作に対する酷い扱いに、駿馬はちょっとムカついた。
「もっとこう…家畜になれ!という気持ちのこもった曲をですね…」
「え、デスメタルとか?」
「…お屋形様…そろそろ斬り捨てませんか、コヤツ」
「…僕は納品行くから。あ、モーリーはとっくに逃げたから」
「トラ子ちゃんが意外に残ってくれてるだけで俺は満足だよ…」
「ベラが心配なんだろ…じゃ、行ってくる」
じわじわと味方が減っていく。
早くカタをつけなければ。
「…いつかふんふんみたいにおおーきな、ふふーん、ふんふんー…家畜にー、なろーうよー♫」
『ゔぎぃぃぃぃ!ゔぎぃぃぃぃ!』
「うーん、ちょっと違うようですねー」
「正解とかあんの、コレ…」
日が傾くまでこのエドガーリサイタルは続いた。




