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呪いのエドガー邸

 

 ラシャは今日も営業だ。

 いつものペルシャ風青金の装いだが、雪色の毛皮の外套を上にかけている。帽子も同色だ。

 季節毎に美人秘書の装いは変えていくらしい。

 来月は赤を基調とした服を用意するとか。

 ラシャはとても楽しみにしている。

 ラシャは服が大好きだ。

 いつか、自分の給金で身の丈に合った服を買いたいと思っている。


 営業がなくても《甘味いのいの》には寄っていく。

 看板娘のノノとはもうすっかり友達だ。

 今度服を取り替えてお出かけしようと約束しているが、ラシャは売り子の服を着させられるのだろうか?

 それはそれで可愛いのだが、お出かけはどうだろう。

 熱い焙じ茶と柿あん饅頭で温まってから仕事を再開する。


 このところの営業では、ラシャはちょっと工夫をしていた。

 魔嘯の次の日が楽になるよう、その前後に納品を予め振り分けてあるのだ。

 小太郎に、とても褒められた。


「キミは…有能だ…!」

「いえ、そんな…やっぱりそうですか?」

「ああ、キミはいい右脳だ。出来れば左脳も担当して欲しいところだが、お願いできるかな?」

「それもうおじさんいませんよね?」


 この人馬は比較的ラシャにとって苦手な人物だった。

 いつも同じアスラ人の仲間としか仲良くしない。中々心を開いてくれない印象だったのだ。

 この功績によって、少し打ち解けられたような気がする。

 いつかベラのように背中に乗せてもらえる時が来るだろうか。


 モーリーには最初こそ怪しまれていたが、今となってはよい関係を築けている。

 随分と親身に相談に乗ってくれるし、助言もくれる。

 何かお返しをしたいが、先んじて、

「いいですか。お金は自分のために使うのですよ。私達は人間ではありませんが、目上です。特に私は余計なものを持つと翼が重くなるのでね…」

 と、釘を刺されてしまった。

 …いの焼きをお土産にするくらいは許してくれるだろうか?苦い苦いモーリー汁も、甘いものと一緒なら美味しいかもしれない。


 トラ子はたまに宿に訪れては、レニとラシャの三人で寝たりもする仲となっている。

 ふわふわの体毛がとても暖かいので、レニと左右から挟み込む。トラ子はいつも恍惚としている。

 ベラに抱きつかれて寝たいらしいのだが、モーリーとラミ子の三人で持ち回りらしく、物足りないそうだ。

 トラ子曰く、

「娘成分の補充はトラ子の美容に良い。オッさんの成分は老化する」とのことだ。

 トラ子はいつも貪欲だ。

 多分今夜は宿の方に来るだろう。ブラシを綺麗にしておかなければ。


 古強者の雰囲気を醸す威吹は、存外に子供達の相手が好きなようだった。

 流石に剣を教えたりはしていないが、とにかく身体を動かす助けとなるよう、革製の球を使って色々な遊びを教えてやったりしている。

 骨や牙を使った細工物を拵えたりして、内職めいた仕事を教えたりもしている。

 今日はその骨細工の小物をたくさんもらったので、納品の都合をしてくれたお得意先への感謝の品として配っている。


 先月末、エドガーについて集金に回った。

 そのあと、ゆっくりと時間をかけて、エドガー商会で扱っている商品の単価を教えてもらった。

 帳簿のつけ方は勉強中だ。

 おかげで、どれだけの商品が動き、どれだけの利益が発生し、そのためにはどれだけの労力が必要なのか。

 色々と、見えているものが変わってきたように思う。

 今、ラシャは変わっていっている。

 それが、とても嬉しかった。


 《エナばあちゃんの肉煮》は、月間で一番多くの猪肉を卸している店だ。

 元々は鶏肉や牛肉、羊肉まで、あらゆる肉という肉を扱っていたそうだが、半年前にエドガー商会と契約してからは猪肉一本で勝負している。

 エドガーからの提案だったそうだ。

 違う種類の肉を使い分けるのは大変だ。色々と無駄がでたり、管理に手を取られ過ぎてはいないだろうか。猪肉一本の方が、良い結果になるのではないか、と。

 そうはいっても、猪肉は実は高級な部類に入るし、満足な量が手に入らない時があるので、どうしても他の肉も使わざるを得ない。

 そう言うとエドガーは、猪肉だけでいいなら絶対に切らさないように仕入れてみせる、と請け負ったそうだ。

 結果、猪肉一本で勝負することが出来ている。

 売り上げは実はさほど変わっていないのだが、利益はかなり拡大したとか。

 今では従業員を一人増やし、店主のエナおばあさんは後ろで指示をするだけでよくなったそうだ。

 新規事業者が横入りする時は、値引きをすることが多いのだが、エドガーは一切値引きなどしなかった。

 安定供給の価値をよく分かっているのだろう、とおばあさんはエドガーを褒めていた。

「アンタ、男は見た目で選ぶんじゃないよ。見た目さえ我慢すりゃ、あの男は中々いい男さ」

「…見た目だって、悪くないですもん…」

「おほ!?ほっほっほ!こりゃ野暮だったかね!」

 とても優しい味の肉煮なのに、おばあさんはなかなか激しい気性だ。だからこそ女だてらに料理店で財を成せたのだろうが。

 聞くと、他の国にも支店がいくつかあるのだとか。

 やり手だ。


 それはラシャの思い付きというか、願望だった。

「うーん…一緒に食べるためのパンを仕入れて、ここで売ってたりしたら、嬉しいなあ…」

「どういうことだい?」

「あたし、ここのお肉、もちっとしたパンに挟んで、軽く焼いて食べるのが一番好きなんです。会頭がこの間買ってきてくれて」

「…はさむのかい」

「冷めても美味しいんですよ。手が汚れないから食べやすいし。ここ通って、このお肉食べたいなぁ、って思った時に、そういうのあったらいいなぁって」

「歩きながら食べられるわけだね」

「はい!あとは、パン生地に包んで蒸す料理もあるって聞きましたよ!」

「ほほーん。試しにやってみようかねぇ…」

「あ、近くのパン屋さんで買ってきましょうか?おやつにはちょっと重いかもですけど!」

「百個あるかい?」

「はい!…え?と、ひゃく?」

「百個」

「…え、いや、そんなにはいらないんじゃないですかね…」

「何言ってんだい。やるときゃちゃんと数揃えてからやんないと、商売にゃならないよ」

「え………ええ!?売るんですか!?」

「ふむ…よし、ちゃんと専用のパンを作らせてからにするかね。アンタ、次は三日後にくるだろ。朝メシ抜いてきな。試食してもらうからね!」

「え、うえええ!?」


 なんと勢いで新しい商売方法を提案してしまった!

 明らかに人生経験も仕事の経験も桁違いの相手に、ラシャのような小娘が意見をしてしまったのだ。

 だというのに怒られもせず、真面目に話を聞いてもらえた。どころか、どうすればいいか、どんなパンにすれば合うか、包みはいるか、味は足さなくていいかなど、色々と意見を請われた。

 ラシャは帰り道、胸がバクバクいっていた。

 いけないことをしてしまったような気もする。

 しかし、単に自分が好きな食べ方を言っただけなのに、それを商売にしようとは…

 商売人とは、それほどに貪欲なのか。

 それとも。

 それともそれとも。

 ラシャの美人秘書力は、それほどの価値があるものなのだろうか…!


 さあ!早くエドガー邸に帰ろう!

 お仕事の引き継ぎをしたら、みんなに話す土産話は決まった!今日は肉パンの話だ!

 まずはエドガーに報告して、伝票を作って、冷蔵倉庫に指示書きをして。

 ノワールさんに挨拶したあと、屋敷でベラを確保!

 ラミ子とトラ子、いたらモーリーを捕まえて、晩御飯まで戯れよう!


 るんるん気分でお屋敷に辿り着く。

 いつもの馴染みのお屋敷は、見慣れた知らない聖なる木がまず目に入ってくる。エドガー達が大切にしている木だ。

 その周りの地面には顔面を強張らせて悲痛に呻き声をあげる猪の生首が十個ほど埋まっている。

 ゔぎぃぃぃぃ…!ゔぎぃぃぃぃ…!

 なんだか空気が生臭い。

 その周りには黒いフードを被った大小様々な人影が六個。

 エドガーらしき人が歌っている。

 びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!びーまいべいぶ!

 うん。いつもの光景。なごむなあ…

 ぎゃあ!ぎゃあ!カラスが鳴くから帰りましょう?

 モーリーにビビって他の鳥類が近づかないこの屋敷に、どういうわけかカラスがいる。

 いつもと違うとしたらそれくらい。

 さて、ラシャが自分を騙せるのはそろそろ限界だ。


 今日の報告は、明日でもいいんじゃないかな?

 うん。そうしよう。

 ここ、多分エドガー邸ジャナイ。


 くるりと向きを変えて来た道を戻ろうとしたラシャに、黒フードが声をかけてきた。


「あ、ラシャねえさまおかえりなさい」

「ヒトチガイデス」

「トラ子、確保」


 トラ子は獲物を逃がさない。


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