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流浪の獣

 

 ホウ…ホウ…ホウ…


 梟の声が聞こえる。

 頑丈な我が身ではあるけれど、流石に魔嘯がある日に十二国に近づくのは考えなしだったろうか。

 上手くいけば騒乱に乗じてこっそりと入国出来るかもと思ったけど…

 …まあ、上手くいくわけないか。この体格だし。


 でも、収穫はあった。

 昼に面白いものが見られた。

 どうやらこの国はアスラ人への弾圧をやめたようだ。どころか、兵士として登用されているようだった。

 …あの凄まじい戦いっぷり、さぞや名のあるアスラ人なのだろう。英雄かな?

 これなら自分も正式な手続きを踏めば入国出来るかもしれない。要は金を払えばいい。入国税だ。

 入国税さえ払えば、とりあえず四級国民の仲間入りが出来る。十年前と同じ相場なら、銀貨二枚のはずだ。

 もし登用されれば、三級になることも出来るかもしれない。

 出来れば文官がいいんだけどなあ…


 風呂敷の中には金に換えられそうな物もそこそこある。問題は今現在現金が無いことだが…

 外壁伝いにぐるっと回って、街道に行けば、商人を見つけることもできよう。

 そこで現金を手に入れて…

 …討伐、されないかな?


 ブルッと身体が震える。

 ああ、まつろわぬ民は辛いよ…


 どういう用途か、防壁の外に小屋があったのでお邪魔したのだが、誰も使っていないのだろうか。

 誰も使ってないと嬉しい。旅人か、狩人のための小屋なのかもしれない。今夜あたりはまだまだ魔素の抜け切ってない獣がウロウロしているので、あまり野営はしたくなかった。


 ま、とりあえず腹ごしらえをしよう。

 ここに来るまでに見つけた胡桃の殻を割り、中身をほじって食べる。

 秋はいい。山の中に食料がいっぱいだ。

 果物を先に食べねばならないが、胡桃は好物だ。少しくらいはいいだろう。


 ホウ…ホウ…ホウ…


 梟の声がやけに大きく聞こえる。

 屋根の上にでもいるのかな?

 まあ、流石に鳥に捕食される程ヤワな身体じゃなし。

 むしろ周囲に危険が無い証拠と言える。

 ご飯は分けてあげられないけど、追い払ったりしないよ。ふふふ…キミも寂しいのかな?

 窓を開けたら中に入ってきたりしてね。

 試しにちょっと開けてみようか。

 そら。


「よっ」

「ひぎぃっ」


 ふっ、と意識が遠のくのを感じた。

 ああ、さようなら。僕はここまでのようだ。

 頑丈な身体に育ててくれたマム、ありがとう。

 ヤワな精神に育ってごめんなさい…


 ズシーン!と地響きを立てて、僕は小屋の中で仰向けに倒れ、気を失った。



 別に脅かしたつもりも無いのに必要以上に驚いて気絶してしまった黒い塊。

 小屋の扉を開けてそれを外から眺めながら、エドガー商会夜遊び悪い子組は途方に暮れていた。


「…こりゃ、悪人じゃあなさそうだなあ…」

「まあ…悪事は無理だろうねえ」

「どうやって生きてきたのだ、この生き物は…」

「…お屋形様、一生のお願いがございます」

「あ、大丈夫。勧誘はしないよ。すぐ死にそうだもん、コイツ。俺より弱そう…心臓が…」

「ああ、それを聞いて安心しました」

「しかし、珍しいというか、初めて見るアスラ人ですねえ…昼間は遠目に見ただけだったのですが、これは…なんでしょう?」

「え!熊じゃん!ヒグマじゃん!みんな見たことないの!?」

『…くま?』

「…ええー…ちょっとショック…今までいなかったっけ、そう言えば…」


 マクラーレン商会の建てた簡易詰所の中に入り込んでいたのは、熊のアスラ人だった。


 モーリーの語るところによると、現在知られているアスラ人は十二種類しかいないらしい。

 お決まりの干支になぞらえた十二種類がそれだ。

 だが駿馬にとって、熊のアスラ人とはなんとなくしっくりくるものだった。

 モーリーがこの世界を、《カムイミンタラ》と呼んだ時、アイヌの世界観があるのかと問うた。

 まつろわぬ民の中には、そう呼ぶ者がいるだけですよ、とモーリーは言った。

 だが、アイヌの世界観では、熊は特別な生き物だ。

 熊のアスラ人は、いてもおかしくないと思う。

 というか、いた。


「…で、どうする?」

「…どうって?」


 小屋の中で大の字になって気を失っている、巨大な質量。身長二メートル強、体重はきっと三百キロオーバー。

 手の作りと顔だちが少し人間っぽい以外は、ほぼヒグマのお兄さん。


「…どうすればいいの、これ?」

「…見なかったことにして、帰るのはどうですかな」

「…帰ろっかあ」

「う、ううう…」

「…タイムアーップ…」


 ヒグマのお兄さんが目を覚ましそうだ。


「ううう…う、う!」


 駿馬は後ろに下がった。

 威吹が前に出て、腰から曲剣《紫牙》を抜いて、半身に構えた。

 トラ子ちゃんも油断なく戦闘態勢に入っている。


「ううう…はっ!」


「………………」


「………うーん………ぐう…」


「…裂く」

「待って!お願い!」

 駿馬はガバチョとそのけむくじゃらの腰に抱きついた。本気の殺意を感じたからだ。

「ならぬ!今日はトラ子に余裕が無い!」

「な、何故!?」

「もう我慢ならぬ!世のオッさん全て裂く!」

「え、俺のせい!?」

「あ、ボクもちょっとトラ子に賛成かも」

「悪いヤツじゃなさそうだから!命ばかりは!」

「これ以上オッさんを増やしてなるものかっっ!!」

 何故駿馬が命乞いをする羽目になっているのか。

 というかこのヒグマはオッさんなのだろうか。


「いいじゃないか!オッさんだって生きてるんだ!ともだちなんだ!」

「貴様はオッさんなら何でも友達なのか!」

「オッさんはやっと生きてる哺乳類なんだ!勘弁してやってくれよ!」

「僕オッさんじゃないですよう…」

「ほら、本人もそう言ってるし!」

「否!オッさんは須らくみなそう言う!」

「確かに言いそうだけど!」

「言質取ったり!裂く!」

「待って!オッさんだからって裂かないで…」

「そうですよ、オッさんが可哀想です。そのオッさんをいじめないであげて下さい、虎の人」


貴様の話だ!!(おめえだよ!!)


「ひぎぃっ」


 再び気を失うヒグマのお兄さん。


「…小太郎」

「うん」

「帰ろうか、我らは」

「そうしよう」

「…ホウ…」







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