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出向

 

 本日の魔嘯には、マクラーレン会頭がお供を連れて来ていた。

 エドガー六賢老の出向の様子を視察にきたのだ。

 外壁寄りに簡易詰所が作られ、駿馬とマクラーレン関係者が詰めている。


『ひゃっはー!いつもよりよけーに回っておりまーす!』


 回る回る。ラミ子ちゃんが回る。

 飛ぶ飛ぶ。魔猪が空を飛ぶ。

 秒間二周、直径約十メートルの鋼の鞭は、今日もテンポよく青空に鮮血の雨を振りまいていた。


「回って回って回って…♫」

「はーっはっはっは!!こりゃ愉快愉快!!」


 魔猪殲滅機械と化したラミ子ちゃんの勇姿を観ながら、駿馬とマクラーレン会頭は昼酒を楽しんでいた。

 とはいえ、万が一魔獣がここにまで及んだ場合、奥の手を使ってでも駿馬が守らねばならないため、ほどほどにしておかねばならないが。


「いやー、エドガーくん!君は良い部下を持っているな!羨ましい限りだよ!」

「今日は会頭の部下ですよー」

「うむうむ!そのとうりだ!いやこれを見ると、儂もアスラ人の部下が欲しくなるなあ!」

「亥の国アスラ人いないっスもんね」

「先代の国主がな、アスラ人嫌いでなあ…追放施策をやっとった。もう十年も前のことだが」

「猪のアスラ人、他の国でも見たことないっスね」

「まつろわぬ民として、どこぞの無名集落に落ち延びたとも聞くが、さて可哀想なことをしたもんだと思っておったよ、今はもったいなかったと思うね」

「…やりますか?ASR48…」

「どちらにせよ、君のとこのコ達のような粒ぞろいってわけにはいかんだろうさ。特別なアスラなのだろう?」

「あー、たしかに」


 マクラーレン会頭は痩せぎすの初老男だ。

 不健康な感じはせず、溌溂としている。まだまだ現役といった体力の持ち主だ。

 眼光は鋭く、駿馬は気圧されることしばしばだ。


「普通のアスラ人ったら…いや、アスラ人に普通ってのもなんですがね。まああの人馬くらいですかね」

「うーむ。彼もなかなか勇壮だが」

「ええ。特に下の方ときたら」

「やはり」

「ええ」

「ウマナミかね」

「ウマナミですな」

「いやー、羨ましい、儂もそれくらいあればなあ!」

「いやいや全く!せめて半分でも!」

「いや半分くらいはあるだろう?」

「謙遜してるだけで、本当は俺もウマナミですから」

「言うたな!どれ、はばかりで測ってくれようか」

「おっと、駄目ですよ会頭、そっちの趣味は有りません」

「ドゥオッホッホ!」

「おっひょっひょっひょ!」


「…駄目だあのオッさん達…」

「なんとまあ、気の合うようで…」

「う!ふぅ…!濃い!駄目だ、濃い!」

「坊が一人増えたように感じますね…」

「しゃちょー楽しそう…」


 むせ返るようなオッさん臭立ち込める二人の間に割り込めるアスラ人はいなかった。

 マクラーレン会頭のお付きの者すら入り込めない。似たような魂を持つ二人の特別な空間となっていた。


 だが、そこに例外が存在した。

 それは、とても無垢な魂。


「あの、おつまみできました!」


 十歳の男の子。

 駿馬の保護する元貧民達の中から、炭の扱いが上手な者を一人連れて来ていたのだ。

 名前はウォーリー。

 お肉の焼き加減はウェルダンが好きな男の子だ。


「おお、すまんな。これはなんだい?」

「野鳥の皮だけを、パリパリに焼いたものです!塩を振ってありますので、柑橘の絞り汁をお好みでつけてお召し上がりください!」

「そうかいそうかい、ボクが作ったのかね?」

「はい!さばくところからやりました!お肉の方は今調理中ですので、まずはこちらからどうぞ!」


 マクラーレン会頭が皿を受け取り、早速料理に手を伸ばす。

 串を二本使って広げるようにして焼いたもので、焼き上がった後一本は抜いてある。串焼き感覚で食べやすい。

 それ自体の持つ脂でパリパリの揚げ焼きになっている。脂を落としながら焼いているので、脂っこくはない。炭に落ちた脂の煙でちょっとした燻製のようになっている。

「おほっ、これは、軽いのう…なるほど、酸味でさっぱりとして、パリパリして、うまいのう!」

「これは麦酒ですぜ会頭。麦酒飲まないと後悔しますぜ」

「むう。幼いのに良い腕だ。よしよし、エールをいただこうじゃないか」


 陶製のグラスをグビリグビリと煽って、カーッと歓びの声を上げる。

「続いて、腿肉の蓮の葉包み焼きです!」

「おお、これもボクが作ったのかね?」

「はい!調味料から合わせてこしらえました!」

「おお…驚いたな、エドガーくんが教えてるのかね」

「まあそうスね。でもこの子はまた特別覚えがいいんですわ。この二つの料理、この子がほぼ考えたんですぜ」

「なんとなんと!早くこちらもいただこうじゃないか」


 蓮の葉の包みを開けると、ブワッと料理の匂いが立ち込めた。

 ぐつぐつと脂と調味料が煮える中に、大根などのいくつかの野菜と骨つきの鶏肉の塊がゴロゴロしている。

「ほふっ、ほふっ、ほ、ほ…」

「味噌と、魚醤と、豆乳かな?あと砂糖と、酒と、酢と、ちょっぴり山椒かな?どうよ」

「大体正解です社長!あとは卵黄が入っていれば!」

「憎いことするねウォーリー!美味い!いい出来だ!」

「ありがとうございます!」

 味噌の塩味に、豆乳がコクを追加し、目立たない程の魚醤が下から旨味を底上げしている。ほんのりとした甘味がどこか懐かしさを感じる。そして少しの酸味と時に香る山椒が、濃すぎる旨味をダレることなく引き締めている。

 和食と中華の間くらいに存在するような、一品だった。

 駿馬的には、鷹の爪をちょっと加えたいところだが、和がらしもいいかもしれない。

 いや、このままでもいいかもしれない。

「ほふ!ほふ!んぐっ!んぐっ!ぶはぁっ!エールもいっぱい!」

 これは酒に合う。

 昼間っから焼酎が欲しくなってきた駿馬だった。


「ウォーリーくんか…も少し大きくなったら、儂のとこで店をやらせてやろう。体力をたっぷりつけておくんだよ」

「ほ、本当ですか!?」

「うむうむ。約束しようじゃないか」

「ちょいと会頭?ヘッドハントはもうちょい見えないとこでやってくれませんかい?」

「はーっはっはっは!今日は儂の部下でもあるのだから、いいじゃないか、のうウォーリーくん!どれ、小遣いをあげよう。仕事道具は自分で買うのだぞ、それが上達の秘訣じゃ!」

「あわわ…あ、ありがとうございます…!」

「良かったな。お前の料理に価値あり、だ。認められたぜ?」

「…はい!」


 すっかり好々爺になってしまっているマクラーレン会頭。

 彼こそがこの国の商人達の最上位の存在であり、商人なら誰もが恐れる人物であることなど、ウォーリーには分からないだろう。

 敵対する者には容赦なく。道理を通さない者の命を奪うことも躊躇わない。

 彼は筋金入りのやくざだった。

 だからこそ、駿馬は彼にすり寄った。

 傘下に入り、役に立つことで、仲間になる。

 そうなればこの人物は身内を決して見捨てない。

 愛情深い人物でもあるのだ。



 魔嘯の時間は終わったようだ。

 うず高く重なった魔猪バリケードに新たに突っ込んでくる魔獣はもういない。


「じゃあ、儂らはこれで、な」

「ほいほい。次の魔嘯はどうしましょう?」

「誰ぞ若いのを寄越しましょう」

「ほんじゃ、次はうちの屋敷の建前あたりにお声掛けますんでね。建材あざっした!」

「うむうむ。また美味いものを頼むよ。ウォーリーくんの他の料理にも期待しとるでな」

「他の若いのも粒揃いですぜ、うちは」

「腹を空かせてうかがおう!」


 マクラーレン一行は帰っていった。

 詰所はそのままにして、次回も使う。

 イタズラされなければいいが…


 シュバルツ商会に魔猪の処理を頼んであるので、先発隊が到着するのを待ち、引き継ぎをしてから駿馬達は帰宅する。


 今日は早々に帰宅する。

 皆猪の返り血を浴びて汚れているので、風呂に入らねばならない。

 屋敷の露店風呂は子供達に用意させた。

 最近では男湯女湯に分けてあるので、気兼ねなく入れる。

 まあ、駿馬は小太郎とラミ子ちゃんを洗わねばならないのでどっちにも入るのだが。

 ところでもう、石鹸を仕込まないといけない。在庫がもう本当に無いのだ。

 水酸化ナトリウムを作らねばならないのだが、ノワール氏は最近オーバーワーク気味なので頼みづらい。

 自分でやるしかないか…

 理科の授業ということで、子供達を動員するのもいいが、いきなり劇薬の製造をやらせるのもどうなんだろうか。

 …今月は何の石鹸にしよう。

 柿の葉とかいいかもしれない。


 風呂上がり。

「ところで、モーリー。昨日目印付けた猪はいたかい?」

「いいえ。見かけませんでしたね」

「むう…残念。逆パターンもやってみないとな…」

「それより、坊。少々気になることがありましたよ」

「ん…?」

「今夜遅く、そうですね…ラミ子とベラ以外で、お出かけしましょうか」

「良い子はお留守番か」


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