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ダイヤモンドの価値

「さて、今日は真面目に授業するぞ」

「毎回真面目にやってくれって話だが」


 魔嘯は昼からなので、午前中は暇だ。

 そこでベラ先生による授業に駿馬は混ぜてもらっていた。場所は《岩鳥の巣亭》一階の学習室。


 駿馬は懐から金のインゴットを取り出した。

「これがなにか、みんな分かるかな?」

「…早くも泥くさくなってきたぞ」


「これは、お金だ」

「それも、結構な価値のお金だ」

「これ一個で、金貨十枚。銀貨千枚、銅貨十万枚の価値がある」

「なお、銅貨一枚で買えるものは、だいたい四回分食べられるくらいのパンだ」

「…なんとなく分かる?あ、そう、兆の位までは足し算引き算できるのか、すごいな!」


 ベラは良い美少女教師のようだ。


「さて、本題だが…ベラ、これをみんなに一個ずつ」


 懐から布袋を取り出し、助手のベラに渡す。

 中身を見たベラがビクッとした。


「しゃ、社長…?」

「一個ずつね?」


 みんなに一個ずつ配っていくベラ。

 ベラにはそれがなんだか分かっているのだろう。

 ややあって、配り終えたようだ。

 子供達にはそれがなんだか分かっていない。


「これはね、ダイヤモンドという宝石だね」

「ちょ…!」


 部屋の入り口で慄く小太郎。

 小指の先ほどの大きさもない、小さな透明の石粒を、子供達は何でもないもののように触っている。


「多分、その一粒ずつが、この大金貨一個くらいの値段になるんじゃないかな」

『えええええええええええーーーー!!!?』


 騒つく教室内の子供達。

 顔をヒクつかせるベラ。

 頭が痛そうな小太郎。


 先ほどまでぞんざいに扱われていた石粒が、とんでもない代物だと分かったことで、子供達の目は各々の持つそれから離れなくなってしまっている。

 それぞれの脳内で、革命的な意識改革が行われている。アハ体験にも似た現象が起こっているはずだ。


「今日は、この石について授業をしたい」



 ダイヤモンドは、世界で一番高い宝石だ。それはこの世界でもそう変わらない。

 テレビなどの情報媒体が無いせいで一般人にはあまり馴染みが無いが、金持ち連中の間ではちゃんと流通しているのだ。

 だが、その流通量は現代世界に比べても遥かに少ない。

 ダイヤモンドが採掘される場所とは、地下だ。それも火山があるような険しいところだ。

 それには、圧力が関係してくる。

 ダイヤモンドは高圧の環境で産まれるからだ。


 駿馬の所有するこのダイヤモンドは全部で三十五個。ひょっとすると、この世界のダイヤモンドの半数くらいの量かもしれない。

 物凄い価値だと、思わないか?

 駿馬は思わない。

 まるで無価値としか思えないのだ。


「ダイヤモンドは何故高い?さあ、議論を始めようか。四人くらいずつで話し合ってみてな」


 ベラがグループ分けをし、各組で話し合いを始めさせた。


「ねえ兄貴、これ何がやりたいの?」

「んー、まあ俺の脳内の整理と、みんなのお金感覚のブラッシュアップ…騙されないための、ね」

「…だれか、騙しにくんのかい?」

「商売人なんて、みんな詐欺師さ」

「そりゃ兄貴は詐欺師かもしんないけども」

「俺なんて可愛いもんだって…俺のいたとこなんて、ひどかったんだぞ?国が、政治家が、当たり前の顔して国民騙しにくるんだから…なんでって、そいつら本人が騙されちゃってるんだよ。おかしな価値観、おかしな理屈に」

「…そう、ならないように?」

「ま、せめて騙されないようにな」


 どうやら話し合いは一応の決着を見たようだ。

 班は六つ作られていた。

 順番に発表させる。


「一班、ユリーカです!この石は、とても綺麗なので凄く高いんだと思います!」

「なるほど、確かに綺麗だね」


「ニ班、ロクです!凄く硬いから、壊れにくくて長持ちします!だから高いです!」

「お、硬いの分かる?いいぞいいぞ」


「三班、ミュラー…透明な石って凄いです。だから…」

「うんうん、いいよいいよ」


「四班、ルーク、実は別に高くなくて、嘘なんじゃないかって思いました!」

「いい!俺そういうの好きよ!全然あり!」


「五班、エノメ、きっと、あたし達の知らない凄いことに使う道具なんだと思います!」

「深読みしてきたか!頭良さそうだなきみ!」


「六班、ディン!」

「あ、ディンいたの?」

「いましたよ!?」

「お前顔の割に存在感薄いよなあ…」

「ええー…」

「はい発表発表」

「うう…なんかおれ嫌われてる…?ええと、貴族達が儀式とかに使うものだと思います…だから高いんだと…」

「ふむふむ。いい線いってるね」

 パァっと顔を明るくするディン。

 以前の失態の時、駿馬に叱りつけられてから、ちょっと気落ちしていたようだ。


「ま、高い値段する一番の理由は、【希少価値】だね。数が少ないからこそ、値段が釣り上がるのさ」


 ダイヤモンドは量が少ない。元々の埋蔵量が少なく、採掘される数がとても少ない。

 希少である、それが一番の理由と言える。


「そして、別名金剛石と言われるように、凄く硬い。硬さで言えば全ての鉱物の中で一番硬いものだ」


 ディスクグラインダーという工具には、ダイヤ片の入ったディスクを取り付けることがあり、それを回転させてコンクリートを切削したりすることがある。

 みんなサンダーと呼ぶ、一家に一台、とても便利な道具だ。


「何より、用途だね。俺のいたとこじゃあ、結婚する時にこれを指輪にして相手の女性に送るんだ。高い方が格好がつくだろう?」


 ダイヤモンドは永遠の輝きってヤツだ。


「ま、そういうわけでとても高価な宝石なわけだけれども…だ」


 子供達は自分達が一個ずつ持つその宝石に魅入られているようだ。

 頃合いや良し。


「でも、所詮単なる石ころなんだよね、それ」

『ええええええええええええーーーーー!!!?』


「…いい反応だなあ…」

 ホクホク顔の駿馬だった。



「じゃ、みんな順番に答えて。まずきみ、これ、食える?」

「…いえ、食べれないです」

「なんかの役に立つ?」

「…えと、お金に変えられれば」

「多分売れない」

「ええ!なんで!?」

「きみがどっかに持ち込んでも、盗品か偽物と思われるね…」

「ああ…そっかぁ…」

「はい、じゃ次、これなんかの役に立つ?」

「…凄く硬いんですよね?」

「硬いねえ」

「…武器、とか」

「ちょっと小さすぎかな」

「…そうですよね…」

「はい次」

「綺麗なので、観賞用に」

「野の花とどちらが綺麗かな?」

「好みかと」

「冬場の軒先に出来る氷柱とどちらが綺麗かな?」

「…つらら、好きです」

「はい次」

「…なんの役にも立たないんですかぁ…?」


 ちょっと泣きそうなので、問答はここまでにする。


「さて、このダイヤモンドだが、何から出来ているかというと、炭素という物質だ。炭素とは、なんだか分からないよね?」

 うんうん、とうなづく子供達。


「みんなは、炭素をとても上手に使えるようになったはずだよ?毎日家で使っているじゃないか…」


「…もくたん?」

「ぁ正解ぃっっ!!」


 ミュラーという、八歳くらいの女の子だ。

 確か面接の時に、駿馬が一番涙腺を攻撃された女の子だった気がする。

 あれからみんなに支給された自分の食器のうち、自分のお茶碗に名前を書いて、大事に抱えて寝ているとか。


「…ダイヤモンドは、もくたん?」

「ダイヤモンドは木炭からも作れるんだ」

「…じゃあ、ダイヤモンドは、燃える?お肉焼ける?」

「燃える。というか、燃えちゃうだろうね。量が少なすぎて、お肉焼けないかな」

「…じゃあ、もくたんの方がいいかも」

「俺もそう思うな!!」


「ダイヤモンドは割れる。金属と違って、靭性が…つまり粘りが無いからだ」

「ダイヤモンドは燃える。なにも永遠にあるもんじゃない。炭の仲間だ。なんならパンからだって作れる。そうそう簡単なことじゃないけどな」

「硬いから、鋸みたいに使うのはいい。砂に混ぜて、接着剤で固めて、円盤状にして回す。すると凄く役に立つ」

「見た目だって、もっとガシガシカットしてやりゃともかく、この程度じゃ単なる透明な石だね」


「せんせぇ…じゃ、なんで高いんですか…?」

「うむ。【評価】する人がいるからだね」


「お…?【評価】というと…」

 小太郎はその響きに覚えがあった。


「まず、このダイヤモンドという石を手に入れた人がいた。高く売りたい。そこで考えた。【付加価値】をつけよう、と。結婚を申し込む時には、世界一硬い宝石を、自分の給料三ヶ月分のお金で買うものだ、とね。宣伝に宣伝を重ねて、いつしか風習になったのさ」

「そして、大切なのは、数を増やさないことだ。毎年の産出量を決めて、数を一定に保つ。沢山あると、安くなるものさ。ほら、たくさん穫れたお魚は安売りされるけど、船で一日一匹しか獲れないようなお魚は、偉い人が食べるだろう?味の違いなんざ大して無いってのにね」

「人工ダイヤモンドなんてもっての他だ。仕事用のダイヤモンドとして、別物として扱うし、天然の透明なヤツなんて作ってはいけない。価値を下落させるもとだ」

「いいか。この石粒に価値があるんじゃないんだ。価値をつけたい奴がいるんだ。そいつが、価値を操っているんだ。そして、本当にそんな価値があるんだと思わされて、とんでもない金額を払わされるんだ」


「つまり、だ」

 駿馬はまとめに入る。


「物の価値なんてものは、いくらでも変わる。決まってなんかいない、ということだね。だから、どんな物でも、その価値は自分のものさしで決めないといけない。誰かにそうだと言われたって、信用しないように。また、自分のものさしで物の値段を決めるのが、我々商売人なので、そういったズルさを君達ももつようにしよう。いいか、決して騙されるな。騙すのはこちらだ」


『は…はい…?』


 子供達は分かったような分からなかったような顔で返事をしてくる。

 ベラだけは、駿馬を見る目がキラキラしている気がする。ふふ…俺に惚れたら火傷するぜ?


「ん。じゃあ今日の俺からの授業は終了。長々とお付き合いいただきありがとうございました」

「社長に、拍手ー♫」


 ベラの音頭で全員からの拍手が駿馬に贈られる。

 駿馬はとても気持ちよく学習室を去っていった。



 駿馬がいなくなって、ベラは熱っぽくため息をついた。

 商売人としての心得と共に、世間を生きるための知恵を与え、そしてちょっぴり子供の夢を奪っていった駿馬に、ベラは感動していたのだ。

「ああ、おとうさま…とってもくーる…」


「せんせー、このダイヤモンドは?」

「…あ」


 こんなものを持っていたら、会う必要の無い危険に間違いなく会うだろう。

 ベラは慌ててみんなのダイヤモンドを回収した。




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