エドガー商会の休日〜ピクニック〜
モーリーが上空を旋回している。
まるで雲雀のようだ。
超絶の視力を誇る、我が家の万能レーダーだ。
人の嘘まで見分けるとかなんとか。
フクロウとは夜行性のハズだが、彼女の場合昼間でもその視力にはいささかの不都合も無い。
ズルいと思う。
口癖というか鳴き声で進行方向を教えてくる。
六ホウ鳴いたので、六時の方向…ええと、ね、うし、とら…ええい!もういいだろ、六時で!!
そちらに進むと、五頭の猪の群れがいた。
小太郎とトラ子ちゃんが俊足で追い込み、ラミ子ちゃんがメロイックサインで威嚇する。
「ろっけんろー!」
猪達の戦意はダダ下がりだろう。
『喝ぁっ!!!!』
「きゃいんっ!?」
かあっ…かぁっ…かぁっ…
響き渡る威吹の喝。大量の圧縮空気と、それを収納する常識外の肺から発せられた轟音は、普通に物理的破壊力をもつ。
面食らったベラが後ろ向きにひっくり返っている。彼女は嗅覚だけでなく、聴覚もかなりいい。
パンツ見えちゃうから、隠しましょう。
五頭の猪が残らずダウンした。心臓が止まっていないか心配だ。
今日は紅葉狩りに来ていた。
牡丹狩りではない。
五頭の猪には、ヨウシュヤマゴボウもどきの汁を使い、目印をつけてやり、離してやる。
「で、これは何を?」
「いや、明日魔嘯じゃない?」
「…ああ!」
「検証してみようと思ってさ」
魔嘯とは。
子の国では鼠系、寅の国では虎系、というふうに、各地名産の獣たちが一斉にスタンピードを起こす、月に二回の恒例行事のことだ。
エドガー商会の六賢老は、月に二回マクラーレン商会に出向し、街の防衛を引き受けることとなっている。
マクラーレン商会の名前が入った各種装備を支給され、防衛費も貰える。
マクラーレン商会がこの国を防衛している、という建前を捧げることで、以前駿馬は畑中さんへの面会と、二級昇格を求めたのだ。
マクラーレン会頭の一級昇格も夢ではあるまい。
かねてから駿馬は疑問だった。
「魔獣はどこから来んだろう、ってな」
予想が合っていれば、明日の魔嘯にはこの目印付きの猪も参加するはずだ。
最終的に駿馬が何をしたいのかといえば、魔獣全ての食肉化と、家畜化だ。
それも、駿馬の特技に頼らない形での。
それが出来なければ、食肉卸業からは撤退する。
あるいは、国外向けならまだ暫くは続けられるかもしれないが。
「さて、野暮用終了!あとは予定通りにモミジ狩りと行こうじゃないか、みんな」
「ふむ…トラ子は食わんが…」
「青い葉の方が薬効はありますよ?坊」
「…つまり、紅葉の鑑賞会だね。本当に狩るわけでなくてね」
「ええ!?狩らないの!?」
「ラミ子ねえ様と、どっちが綺麗な葉を狩れるか競争したかったんですが…」
「…うん。狩ってもいいかな」
「どっちなんだい、兄貴…」
「…モミジ饅頭でも作るか…?天ぷらってのもあったか…美味くはなさそうだが…」
「採集?」
考えてみれば随分と風雅な行事だ。
食うや食わずの貧民にとっては、食料を得るために立ち入り、獣や自然環境により命を落とし得る場所で、ただ目を喜ばすだけ、なんて。
「モーリーに、山の幸でも教えてもらうか。松茸とかないかな…」
胡桃と栗、花梨を見つけたが、残念ながら松茸は見つからなかった。
銀杏もあったが、実が付いているので今日はやめにした。
昼近くなったので街に戻る。
今日は外食することにした。
《プジョーズ》は今日は比較的空いていた。
駿馬はテーブルを二つと椅子を六脚外に出してもらい、小太郎以外は椅子に座る。
ラミ子ちゃんは座るというか絡みつくスタイルだ。
みなが一つずつ、気になった料理を頼む。その上で外れなさそうな肉団子の甘酢かけと茹で猪肉のニンニクソースかけを頼む。
それと揚げパンの蜂蜜かけだ。
「…誰だ、でっけえ蛙の姿揚げ頼んだチャレンジャーは…」
「い、いけませんでしたか!?」
「威吹なの!?絶対トラ子ちゃんだとばかり」
「…?蛙が嫌いか、飼い主」
「いや馴染みが無いだけ。美味いとは聞くけど」
「…比較的、安価で量が多かったもので…」
「そこか、判断基準は。食いたいもの食えばいいのに…」
「いえ、少し懐かしいとも思いまして。昔はよく獲ってきては焼いて食べたものです」
「みんなで食べるんだから、こう…見た目がいいものを選ぶべきだ。今までの俺たちに無かった要素が今あるんだから。そう…可憐なるベラだ」
「…美味しいですよ?」
「もう食べてーら!?」
パリパリと、薄茶色に揚がった蛙肉を美味しそうに食べるベラ。みんなの分もベラが取り分けてくれていた。
「この薄荷味噌をつけて食べると、面白い味ですよ」
「く…嫌なら嫌と言うんだぞ、ベラ…」
「はい、おとうさま!」
「…どうにも、飼い主は女を神聖視しすぎだな…」
「年齢も一つの要素だねきっと」
他には、ころび鼠の姿揚げ、斧槍烏賊の姿焼き、女郎蟹の酒蒸し、揚げ団子、蒸し野菜の五品が出てきた。
何故姿にこだわった…
「むう…」
「不満かい?」
「…いや、ちょっと楽しい」
鼠はこってりした肉質でかなり美味い。山椒塩で食べる。
斧槍烏賊はトラ子ちゃんが食べて大丈夫なのか…?
肝醤油を絡めて焼いてある。酒が欲しい。
女郎蟹は、おい!お前デカい蜘蛛だろう!という見た目だが、足は太くて身がたっぷりだ。ミソも全然苦味が無くて甘い。オレンジの卵までタップリだ。
酢醤油で食べる。
…売れるかもしれない。いや、実際売ってるが。
我慢出来ず、威吹と二人で酒を頼んでしまった。
食事のあと、街をブラブラ歩いて、雑貨屋に寄ったりした。
女衆の身支度のための手鏡やらブラシやらをベラにねだられたので、駿馬は喜んで買い与えた。
ベラは青みがかった黒の髪色で、ふわっとした髪質をしている。まとめた方が可愛いのではないだろうか。
赤いリボンとか合うだろう。それとも少女趣味にすぎるのだろうか?
分からないので、ベラ自身に選んでもらおうとすると、駿馬の手にしていた赤のリボンを求めた。
よかった。駿馬のセンスは通じている!
駿馬はとても上機嫌になった。
モーリーは、
(この娘…もしその気ならラシャを出し抜くことなど、雑作も…恐らく半日も要らないでしょうね…なんと賢しい…)
と戦慄しつつも誇らしげに見ていた。
ラミ子は商品をディスプレイするための人型を持ってきた。
「しゃちょー!あ、おとうさーん!ウチこれほしー!」
「それは売り物じゃないよ、ラミ子…」
「えー、夜とか巻きつきやすそうなんだけど…」
「ホウ!ホウ!まさか寝床代わりとは!」
モーリーと駿馬はほっこりした。




