武装
屋敷にて。
駿馬達はこの半年の準備を全てさらけ出した。
本来、これらの装備を使うには小物すぎる相手だが、慣らし運転と考えれば丁度いい。
威吹の上半身は鎖帷子の上に黒い外套を羽織っただけだ。下半身は正面だけを守る部分鎧。
斧槍はノワール氏特製の合金製。鋼に混ざっているのがクロムかニッケルか、はたまたモリブデンなのかは判別出来ないが、とりあえず鉄のように酸化が起こらず、鉄よりも硬く強靭なのは証明済だ。
腰には先祖伝来という曲剣。
装備帯には重そうな包みが五個くくりつけてある。
錆びない合金製のつば広帽子をかぶる。
トラ子は鎧をつけず、敏捷性を重視。腹面の柔らかい部分を守るために、部分的なボディスーツを着用。
武器は何度も熱して折り返しては叩き、不純物を取り除いた炭素鋼のナックル。自身の爪を模した、鋼の虎爪だ。
獣の革で作った傘を持ち、現地までは革のブーツを履いて行く。
小太郎は巨大な馬の下半身を守るために、重装甲だ。
なめし皮に軟鉄のプレートを貼り付けて作った馬鎧。人間の上半身もプレートで固める。
百キロは軽く超えるだろう装備だが、その程度の重さで小太郎の走破力はいくらも減りはしない。
強弓を背中に背負い、長方形の大盾と突撃槍を持つ。
騎馬として地上最強。騎士としても地上最強だろう。だが小太郎の最大の能力は、飽くまで移動力にある。
身体が冷えないよう、防水布を被らせる。
ラミ子は魔嘯の時と同じ装備だが、ヘルメットを被らず、今回は鎖帷子と外套を羽織り、黒い鍔広の金属帽を被る。
既に両目には戦闘状態を示す危険色が現れている。寒いのは苦手なはずだが、身体からうっすらと立ち上がる蒸気は熱く、雨程度では冷ますことは出来ないだろう。
モーリーは何もつけない。
そのままの飛翔力こそが彼女の最大の武器だ。
自分で身体中の羽根に油を塗っている。雨を弾くためだろう。
駿馬はまず下着だけになり、薄い布でできた上下を着込む。その上に分厚い生地の上下を着込む。これには表面に極細の鎖帷子が縫い付けられている。
竹を編んで作られた脛当てをつける。
太ももをカバーする佩楯も竹製だ。
その上から黒い外套を着込み、装備帯で締める。
ブーツは極薄の軟鉄板が仕込まれている安全靴。獣の革を靴底に貼り、一切足音が出ないようにしてある。
革手袋は何度も何度も作り直した。硬く、柔らかく、滑らず、握力が増える。
手甲は竹を編んだものを二重に重ねたもの。
黒い頭巾を被り、口元を覆う。竹と薄い合金の板で作られた兜を被って顎紐を締める。
まるで戦国武将だ。
竹と布ばかりだが、これがなかなか強い。そしてなにより軽いのだ。日本の鎧は凄まじく優秀だと、駿馬は思う。
非力な駿馬が西洋鎧でこれだけの防御力を得ようとすれば、その重みでロクに動けなくなってしまうだろう。
外套のポケットから余計なものを出し、必要な物を入れ直す。
前の世界からの愛用の眼鏡と、いつもとは違う革の財布を懐にしまう。悪銭ではなく、浄財がこちらには入っている。
験担ぎ以上の意味は無いはずだが、今の駿馬は出し惜しみ無しだ。
この世界には銃がある。駿馬は取り回しのいい、小型の鉄砲を一丁持っている。
入り鉄砲に出女という言葉があるが、鉄砲はそれだけ手に入らない。
今夜は雨が降り出している。火縄が使えるかどうか怪しいが、一応持っていく。
一発撃てれば充分だ。
装備帯に愛用の細剣を取り付ける。
予備に合金製のククリマチェットも取り付ける。
腰袋には山椒の粉が入った紙包を十個。油紙に包んで入れておく。
目潰しに使うのだ。
ベラはとにかく厚着をさせる。別に寒さ対策ではない。布一枚が生死を分ける。
頭にはラミ子のヘルメットを被せておく。
件の短剣を持たせるが、一切使わせる気は無い。
ベラは見学だけしていればいい。
準備はこれでいい。
全員で庭に出て、我らの聖なる木を囲む。
新入りを加えた六賢老の戦装束を彼女に見せて、勝利の加護を願うのだ。
所詮は気休めに過ぎない。
だが、心の持ち方が戦の勝ち負けを変えることがままある。
儀式は大切だ。
駿馬は小太郎の背中に騎乗した。ベラを自分の前に座らせ、落ちないよう支える。
「もう随分遅い。残業はさっさと済ませようじゃないか」
「くくく…我はゆっくり楽しみたいところですがな」
「帰ったら威吹の好きな銀杏で一杯やろう」
「それはなにより!良い夜ですな」
「トラ子は肉を食いたい。生に近い焼き方がいい」
「たっぷり焼いてやる。ツマミ喰いはするなよ?小太郎は人参だな」
「いや、だから…」
「出陣だ!ゆくぞ!」
松明の灯りをつけもせず、しとしとと降る雨の暗闇の中を、人外達は走りだした。




