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ハニーの虎

 十の月ともなれば朝方の空気は随分冷たい。

 日本の断熱材の仕込まれた住居とは違い、単なる木造の部屋は夏熱く冬寒いのが当然だ。

 羽毛の掛け布団のパフォーマンスを最大に活かすためにパンツ一丁で寝るのがいつものスタイルであるが、今朝の目覚めはかなり違和感があった。


 いつのまにか自室で寝ており、布団の中に自分由来以外の熱源が有る。

 これはおかしい。

 夕べの記憶の最後からの連結性が無いのだ。


 確か夕べは、美人局に遭遇したのだ。昼過ぎから飲み始め、間も無く若い娘に酌をされ、連れ込み部屋に連れ込まれ、案の定男が出てきて、それから…

 ハッスルハッスル?

 うっ!頭が!

 あと胃も!


 頭が痛く、胃がムカつくのは、呑みすぎに由来するのだろう。これでも酒呑みを自負している。

 だが酒で記憶をなくすことなど滅多に無い自分だ。となると…


 あれ、俺負けた?うそぉん。

 あんだけ調子こいた言動しておいて、若造にやられて腰布一丁でおネンネですか?

 くっ…何故に人はいい年こいて尚黒歴史を重ねていくのだろう。なにあの紳士ぶった台詞まわし。

 鏡を見ながら言葉を選べ俺!

 決めた。今日は手鏡を買いに出よう…


 となると、まんまと身ぐるみ剥がされて(素ッ裸だったが)命からがら自室に戻り…

 憂さ晴らしにおネーちゃんを部屋に呼んで?

 現在に至る、と。

 Q.E.D。

 情けない感じが実に俺っぽいな。

 まあ、生きてるだけで丸儲けか。


 やれやれ…テーブルの上の煙草に手を伸ばす。

 キセルが真っ二つに折れていた。

 …なんてことすんのよ…高いのに…

 夕べの若造の仕業だろうか。

 持ってって売ればそこそこの金になるだろうに。これだから最近の若いモンは。


 寝起きの一服は諦めて、動き出すことにする。

 まずは布団の中のおネーちゃんを起こすことにする。

 そう言えば誰を連れ込んだのだろうか。

 オキニのアリサちゃんは子供がいるから泊まりNGだったハズだ。


 布団をちょいとめくってみる。

 ケツが出てきた。綺麗なケツだ。

 肉付きは少な目だが、野生の鹿を思わせるしなやかさがある。

 余談だが俺はお腹フェチだ。ミロのヴィーナス像のお腹とかツボだ。

 よってケツではなくお腹を触ることによって素性を判断するのは自明の理と言えよう。

 余談じゃなく本談かもしれない。


 くっくっく。かつての西川口仕込みのフェザータッチをもって朝から昇天させてくれようぞ。

 あまりワザとらしい演技なら無言でお願いしたい。

 さあいくぞ!


「うわわわ!あ、なに、なに?あひゃひゃひゃ!!ちょっ、くすぐったい!」

「ていていてい!とっとと起きねえかい、目ん玉腐っちまうぜ!」

 こちとら江戸っ子、神田の生まれよ!

 じーちゃんがな!

 俺は川越。小江戸っ子です。

「起きる!起きるから!あひゃひゃひゃ!これ、ね、とってよ!」

 釣りたての魚のようにピッチピチ跳ねながら、俺の前に両腕を出してくる。

 手首のところが荒縄で縛られていた。


 …おや?

 …ど、どんなプレイをしてらっしゃるのでしょうか、ワタクシってば?

 跳ね回る小振りな胸を無意識にまさぐりながら、目は荒縄に吸い寄せられる。

 顔ももう露わになっている。

 赤毛の少女だ。


 誰だ。


 見覚えがない…いや、あるな。

 だがこのお腹を触った覚えはない…いや、あるな。

 しかし金で買ったりは…払ったような気がする!!


「あ、またするのかな?えと…大丈夫だよ、うん。そんなに痛くなかったし」


 …

 ……

 ………


「こ、こいつぁ…アッシが結んだんでしょうかい、お嬢さん?」

「そうだよ?」

「いや、しかしアッシゃこんな縄なんて持ってはいなかったような」

「おれはまるで狼男だ。うおおん!って」

「みなまで言うねい!そいつぁ…そいつぁ野暮ってもんだぜ!」

 クロだ。完全にクロだ。弁解の余地も無い。


 心臓がバクバクいっているのは生きている証拠だ。切りぬけろと身体が言っているのだ。

 そう、俺はまるで内燃機関。ピストンシュポシュポ、ピストンシュポシュポ。

 こんなこと考えてるからダメなんだよ俺は!マジメにやれや!


 震える手で少女の手首を掴み、縄を解きにかかる。

 縄に血が付いていることに気づく。

 血の気が引くのを感じながら急いで結び目を解くと、意外や締め付けは緩く、手首周りには出血も内出血も見つからなかった。

 本人も、そんなに痛くなかったとは言っていたので、怪我はしていないのだろう。


 いや、果たしてそうか?

 嫌がる少女を縄で縛り、うおおん!とか言ってしまう俺なので、暴力をふるった可能性が無いではない。

 この件は決して有耶無耶には出来ない。


「怪我ぁ無いのか?血が出てるんじゃないのか」

「うぇっ!?あ、まあ、無いけど…まだ」

「血は?」

「えと、まあ、どうしても、ちょっとはね」

「そうか…」

 やっぱりだ。俺はとんだDV野郎なのだ。

「すまねぇ。痛い思いをさせちまったか」

「…優しかったよ?」

 DVを行いつつも優しい態度で離れなくさせる…

 なんてこった。まるでサイコ野郎の所業だ。

 まだ怪我はしていない?血が出ているのならそれは怪我なのだ。

 俺はこの心優しい少女に償わなければならない。例え美人局だとしても。


 …あ、そうか美人局だ。


 そうかそうか。やっぱり無事撃退してたのか。

 んで、この少女を縄で縛って捕獲した、と。

 そしてあれか。衛兵に突き出す代わりに一発やらせろ、と。

 まあまあ最低だが、心の痛みは大分マシになった。

 縛首にはかえられめえ。


「見せろ。怪我が…傷が残っちゃいけねぇ」

「うぇええっ!?み、見せるの!?」

「ああ。しっかりと見せてくれ」

「し、しっかり!?」

 気を取り直し、毅然とした態度に切り替える。

 ナメられたらいけない。

 ナメる方が好きなんだよ俺!ハハハハハ!

 本当にすみませんでした。


 木窓を開け放ち、日光を充分に取り入れる。

 新鮮な空気が心地よく、濁った意識がいくらか澄んでいく気がする。

「あああ…こんなに明るくしちゃ…」

「これで良く見える。さあ」

「うう…わかったよぉ。昨日は優しかったのに…」

 ぶちぶち言いながらも覚悟を決めたようだ。

 というか、何故覚悟を決める必要があるのか。

 余程ひどい傷なのだろうか。

 決して見逃してはならない。

 ロクな人間ではないこの俺だが、日本男子として最低限の矜恃くらいは残っているつもりなのだ。


「じゃあ…はい」

 俺は顔面に右手を当て、ちょっとカッコいいポーズを意識しながら目に力を込める。今、この身体の全ての価値が両目に集まる。

 魔眼とすら言っても差し支えのない視力と映像の記憶力が顕われる。

 画面端に.RECという文字が出ていてもまるで違和漢の無い驚きの解像度だ。

 こっそり、ワンダフルエンジェルアイという技名をつけているのは秘密だ。

 脳内録画を開始した。


「つ、つまらないモノですが…」

 それは漢字で表すならば、(出)だった。

 人文字というものだ。

 一糸纏わぬ姿で仰向けになり、脚を開いて、流石に恥ずかしいのだろうか右手で顔を隠している。

「………」

 何故?

 何故にそんな大サービスを?

 冷や汗が止まらない。

 お、俺がさせてんの?


 混乱する脳の中に昔の記憶が蘇ってくる。

 それは大人の映像作品。ただし題名は現在の状況がミックスされている。

『流出映像、異世界円光・○○18歳ハ○撮り』

「名前はなんですか」

「○○です。18歳です」

「初体験はいつですか」

「16です。学校の先生が相手でした」

「じゃあ脱いでみましょうか」

 彼女は普通に20歳超えのプロの女優。地井知ってる。

 でもいいんだよ。それでいいんだよ。

 ホンモノに用は無いんじゃい!!


「け、けけけ、怪我ぁ、見せてみな?」

「え?」

「え?」

「だから、無いってば…生えてなきゃダメ?」

「………」

 毛じゃねえええええええええええあっっ!!!!


「いや、でも血がな」

 そうは言ってもシーツにもちらほらと血痕があるのが分かる。擦れたような痕だ。

「っっっ!!」

 突然息を呑む。

 わたわたとして落ち着きない素振りを見せるが、意を決したように手を下へ伸ばす。

「うう…こんなの見たいの…?汚いよ…?」

 新しい、鮮やかな紅の雫が、シーツに染みていった。


 …

 ……

 ………


「け、怪我ぁ無くて、良かった…ホント、はは…」


 ワンダフルエンジェルアイの録画が終了する。

 現在の俺はもう、すっかり全身無価値だ。

 よし、自首しよう。

 ベッドに顔を押し付ける。

「モガガモガーーーーッ!モガモガゴーーーーッ!!(お巡りさん、わたしです)」

「おお…凄い喜んでる。やっぱこーゆーの好きなんだね」

「モゴガゴガ、モガモガモガモガモッゴ!モガモガモガーー!!(こうなれば割腹して果てる所存。どなたか介錯をば)

「毛が無くて良かったの?…そっか、よく見えるもんね。生えてない方が好きなんだね!良かった!」

「それは冤罪だぞ!?」

 これ以上罪状増やすのはやめて!?


 みんな、こう思うだろう。

 なんぼ処女だったからって、美人局を手篭めにしたくらいでいいオッサンがどんだけ動揺してんの?

 え、童貞なの?どんだけモテないの?と。

 だが分かって欲しい。

 この世界の暦って、一年が288日しかないんすよ。

 一月24日で、12ヶ月。

 計算してみ。この世界で18歳って、俺ら的に何歳よ?

 もうね?なんで夕べの俺は計算とかしなかったのかと、一晩かけて問い詰めたい。


 シーツを身体に巻きつけた少女が抱きついてくる。

 そしておもむろに俺の唇に唇を重ねてきた。そればかりか舌を中に差し込んでくる。慣れていないことがよくわかるつたなさだが、かえって生々しく感じた。


「あたし言ったよね、おじさんはあたしの獲物だよ、って」

 少女は舌なめずりをするように、口周りの水分を舐めとった。

 ほんわりとした、日向の雰囲気をまとった少女だ。

 なのになんでこんなにも艶かしい唇と蠱惑的な目つきを持っているのだろう。

 ニッコリと笑って。


「…ごちそうさま♫」


「お、お粗末さまです」


「あたし、ラシャ。どうせ忘れちゃったんでしょ」


「お、俺ぁ江戸川駿馬(えどがぁしゅんめ)


「よろしく。エドガーおじさん♫」


 俺の発音は、あまり良くない。


24×12=288。÷365は、何才でしょーう♫

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