捜索
「振り落とされるなよ兄貴」
「落ちても構わねえ、全速で頼む」
この世界の夜は早い。
ある程度夜目の利く小太郎ならともかく、人間にはこの闇は辛い。
だが、駿馬は実は常に特別な力を使っていた。
自身の目に、己の身体の持つさまざまな価値を集中することで、視力を底上げする。
駿馬にはそれが出来るのだ。
本来の駿馬は近眼で、眼鏡無しでは日常生活もままならない。
今は、それを最大限に活かす。
超人的とも言える視力を発動する。それは真の闇ですら見通す力を持つ。見たものは必ず脳内に記憶される。見逃すことはない。
だが、無いものは見えないのだ。
二人はまず《紫》へと向かう。高級服屋はとっくに閉店していた。
その後、貧民街に向かう。
視界には、ラシャは映らない。女の姿自体がない。
見えないものなら、隠れているのかもしれない。
駿馬は大声を上げて、どこかの寝ぐらにいるかもしれないラシャを呼んだ。
どこからも返答は無い。この貧民街は、こんなにも人が少なかっただろうか。
いかにも乞食然とした老人を見かけた。
駿馬は情報を求め、彼に声をかける。
「おい!じーさん!赤毛の娘を知らないか!」
「…なんだい、知らんよ」
「見たことくらいあるだろう!ご近所さんじゃねえのか!」
「…もう、知らんと言っとるのだ」
「もうってのはどういう意味だ!」
「出てったモンのことなど、おれらにゃ、わからんということだ…」
「チッ!」
頭上から空気を切る音が聞こえた。
頼もしい増援の予感だ。
「モーリー!!どうだ!?」
「見えるところにはいませんよ!」
「みんなは!?」
「ベラを家に残して、散っています」
「引き続き探してくれ!…いや…」
「ホウ…どうしました?」
「…こことは反対側の方だ。多分だが…もう連れ去られて、どこぞに軟禁されてると見るべきだな」
「兄貴、場所は分かるのかい?」
「野郎の住処は知ってる」
「なら!」
「…倉庫は、全部は分からねえ」
「っ!!」
人喰いにとって、人間は獲物だ。
獲物はそのままでは売れない。商品に加工する必要がある。
男は単に労働力だ。良い取引先になら、喜んで売られることもあろう。死なない程度に痛めつけられることもあるだろうが。
女はなんだ?
性の捌け口だ。
ラシャはどう扱われる?
生娘は大切に扱われる。少なくとも性的な意味では。取引先に高く売りつけるために。
だがラシャはもう生娘ではない。それ程高い商品としては扱われないだろう。
だがラシャは見目が良い。
今、ラシャは恐らく輪姦されている。
味見という名目でか、抵抗意識を奪うためか。あるいは両方だ。
ラシャは生娘だと嘘をつくだろうか。ついても確認はされる。そしてバレる。そして犯される。
焦燥感が募る。
憎悪が募る。
殺意が募る。
「行くぞ。野郎の住処は、一級街の裏側だ」
ラシャを、一秒でも早く解放してやらなければならない。こんな話が、罷り通ってはならない。
自分の女だなんて言う気はさらさら無い。駿馬自身が加害者なのだ。
《女の子》は、能天気に生きなければならないのだ。
「飼い主!どこにもいないぞ!」
トラ子だ。外壁を駿馬達とは逆方向から走ってきた。
「もう探さなくていい」
「場所は分かるのか!」
「ああ。今から行く、着いてきてくれ。モーリー!みんなを集めろ!小太郎!走れ!」
「…待て、駄目だ兄貴」
「…なんだと…」
駿馬は己を乗せる小太郎に聞き返す。
「…命令だ。従え」
「…駄目だ。一度家に戻る」
小太郎が駿馬に刃向かうことは絶対に無い。
今までも無かった。これからも無いはずだ。
「…理由を言え。まさかビビってるわけじゃないよな」
「ビビってるさ」
「…なに」
そんな馬鹿な話があるだろうか。
たかが人間相手に、アスラ人である小太郎が臆するなど、あり得ない。
確かに威吹やトラ子に比べれば戦闘力は劣る。被弾面積の大きさを考えれば、ある意味駿馬よりも死にやすい身体とも言える。
それでも、今まで何度も修羅場を乗り越えてきた。
人間なんかでは決して太刀打ち出来ない存在とも、勝てないまでも渡り合ってきたのだ。
「このまま行けば、戦闘になる。大勢とだ。そうだろう?」
「当たり前だ」
「準備をしないと」
「駄目だ。間に合わない」
「何に間に合わないんだい?」
「こうしてる今も!ラシャが犯されてるってのが分からねえのか!!」
「…ラシャは、殺されるかい?」
「そんなわけねえ!ヤツらにとっちゃいい金ヅルだろうが!」
「なら準備をするんだ!!武器も持たずに何をするって言うんだ!!」
初めて小太郎は声を荒げた。
「兄貴は弱い。…弱くなった。昔の兄貴だったら、今すぐ一人で行ったって、どうにか出来るだろう。でも今は駄目だ。行かせられない」
「………っ!!」
駿馬は怒りで頭が沸騰しそうだった。
「ボクらは、兄貴が大切だ。ラシャは仲間だが、そこまで大切じゃない。まだ日が浅いからね。兄貴の命には替えられない」
「…てめえ…その言い方は卑怯じゃねえのかよ…」
所詮、小太郎はいつだって駿馬の味方なのだ。
少しはラシャの味方にもなってやればいいだろうに。
今、あの娘はどんな思いをしているのか、想像出来ない小太郎でもないだろうに。
「飼い主よ、小太郎の言うとうりだ。一度戻り、十分に準備をしてから臨むぞ」
「トラ子…お前がいれば、十分じゃないのか?」
「何を焦る」
「何って!だから…!」
「自分の女を犯されたが、なんだ?」
「………あ?」
惚けた顔になる駿馬。
すぐにはトラ子の言うことが理解出来ない。
やはり、駿馬は馬鹿なのだ。
「汚れたがなんだ?飼い主は掃除と洗濯が得意なのだろう。洗ってやればいい。じゃぶじゃぶとな。それで綺麗になる」
数日前に、駿馬が言った言葉だった。
「大体、処女でもあるまいに。ラシャを心配しているというのなら、過保護というものだ。あまり女を神聖視するな、処女厨め」
「…え、ええー…なんて言い草…」
駿足は口をあんぐりと開け、あまりと言えばあまりなトラ子の罵倒に慄然とする。
「あー、そりゃ言い得て妙ってヤツだね。流石はトラ子だ」
「なるほど…坊の気質が上手く表現されてますね」
「ラシャのことならトラ子も心配している。だがここは女で良かったと考えるべき。まず殺されることは無い。かと言ってゆっくりしている理由も無い。早く行くぞ。グズグズするな」
駿馬の頭は、もうすっかり冷えていた。
懐から煙管を取り出し、草とフィルターをセットして、火をつける。
頭がズキズキと痛む。やはり身体に良いもんじゃない。
プッハー、と吐き出す。煙を浴びる小太郎、すまん。
「だな…悪いモーリー、みんな探して、一度家に集めてくれ」
「ホウ!ホウ!ホウ!」
モーリーは音もなく夜空に飛び立っていった。
「…良し。いつもの兄貴だ」
「…毎度世話になるねえ」
「いいさ!ゆこう!」
小太郎の駿足は、今日一番の速さだった。




