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陸鮫のガトー♯2

 部下の失態が続く。

 ガトーはイラついていた。


 新しい狩場を探らせていた新入りの二人が、ガキに剣を盗まれた。

 ガキは今も捕まっていない。

 余程処分しようかとも思ったが、数打ちの安物の剣よりも、忠実な使えない部下の方がまだ価値がある。ガトーは合理的なのだ。これを教訓に今後は油断しないよう言い含めた。


 片割れが持ってきた情報は中々なものだ。ガキ共の中に二人か三人、結構な器量の女がいるという。

 一人はアスラ病みの下手物だが、金持ちにはかえって喜ばれることもあろう。そういった手合いも顧客の中にはいる。

 案外と、《亥子の豪農》もその気があるかもしれない。ものは試しだ。


 自分のものにするなら大人の女がいいが、売るなら子供がいい。経産婦など話にならないし、病気持ちは信用を失う。

 ガトーは子供を好んで喰う。


 もう一人の片割れが戻ってこない。逃げたか、野垂れ死んだか。多分死んだのだろう。

 持たせていた剣が勿体ないと思った。

 どうにも長生きしそうにない男だと思っていたが、その通りになったようだ。


 ぼちぼち狩りを始めてもいいだろう。ガトーが亥の国に来てから半年は過ぎた。

 出荷までの仕込みの時間も馬鹿にならない。

 鮫の狩りは前触れも無く突然始まる。




「と、いうわけでだ」

 駿馬が壁に貼り付けた石板にろう石で何事かを書きなぐる。

「ビスマスという、原子番号八十三の物質にだ。亜鉛という原子番号三十の物質を、もんの凄い速さでぶつけると、ニホニウムという原子番号百十三の物質が生まれるわけだね。あ、ちなみにビスマスは、タングステンと一緒に採掘されるらしいぞ。みんなもビスマスが欲しかったら、まずタングステンを探そう。タングステンはガス溶断に使う火口によく使われてるな。火に強いとても便利な金属なんだ。金属と言えばダマスカス鋼はやっぱり浪漫があると思うんだよ、レインドロップ型の模様とか好みでね…錆びないし、いい粘りがあるんだ。俺はダマスカス包丁を買ったね。握りは鹿の角だ。あ、ちなみにステンレスっていうのは錆が無いっていう意味で、鉄にクロムを十三パー以上配合したものがそうなんだが、まあ他にも色々錆びない金属はあるというか、そもそも鉄しか錆びない。自然界にある鉄は錆びた状態が一番安定した状態で………」


 子供達は地面に置いた木枠の中に砂を敷き詰め、そこに指で数字を書いて算数をすることになっている。

「まあ、そんなこんなで、八十三足す三十の計算が出来ると、どの原子が作れるか分かる。だから算数はとても便利なのだよ」

「ごめんよ兄貴、ボクでは最早つっこめない」

「小太郎。こういう時は単にひっぱたけば良いのですよ」

「そうか、そうしよう。よし兄貴外へ出ろ」


 算数の授業をしているハズなのに何故か元素周期表がびっちり書き込まれた石板を見て、ベラは苦笑いを浮かべた。

「はい、じゃあ社長に代わって、私ベラが算数を教えますね。まずは一から十まで、あらびあ語で書いてみましょう」

 ベラは非常に有能だった。


 《岩鳥の巣亭》の一階奥の部屋では、学習塾が開かれていた。

 社員研修の名目で始めたそれだが、外部の人間も数人混じっている。この宿のお抱え娼婦の子供たちがそれだ。

 駿馬はウンチク垂れの、脱線したら二度と帰って来ない暴走機関車だということが発覚したので、モーリーとベラが二人体制で教師をすることとなった。


「頼む!俺に!せめて核融合の話をさせてくれ!圧力の話はとても面白いんだ!もしくはペニシリンの製造方法の話だけでも…!」

「一桁の足し算も出来ない子供達に何を語ろうって言うんだ!さっさと仕事してこい!じゃないとボクも出られないだろう…」

「俺は!諦めない…!」

「去れ!」

「アイルビーバーック!」


 駿馬は今日も順調に頭が悪かった。



 ラシャはエドガーからお小遣いをもらった。

 お給料の先渡しとのことだ。

 営業先は食べ物屋が九割で、お得意様の味を知らないのは失礼に当たると教えられた。

 営業中の買い食いは役得だ、というのが本音だろう。


 今日のエドガーはラシャと別行動だ。彼は大物に会うという話だった。

 アスラ人達は今頃大忙しだろう。

 小太郎トラ子の組と、威吹ラミ子の組で、荷車いっぱいの食料品を納品にまわる。

 トラ子は珍しく青いワンピースを着て、肩までの革手袋をつけていた。

 トラ子の毛が食肉に付かないようにとの配慮だが、これにトラ子は意見があった。


「飼い主よ、トラ子の毛が混入するのは、むしろ僥倖というものだ。何故邪魔をする」

「次に入ってなかったらガッカリするだろう?」

「しねえよ」

「なるほど、確かに…」

「納得すんのかい」

「小太郎さん律義ですよね…」

「そう思ったなら手伝ってくれ…」


 つっこみは手伝えないので積み込みを手伝った。

 荷車に荷物を固定するのに、南京縛りを駆使して活躍するラシャに、小太郎は教えを乞うた。

 ラシャはなにも盗みで生計を立てていたわけではない。港で日雇いの荷積み荷降ろしの仕事もやるし、漁師の使う囲い込みの網の修繕もやる。

 ラシャは縄仕事には自信があった。

 力が無ければ無いで出来ることも有る。

 生きるために必死で習得した技術が役に立つことが、ラシャはとても嬉しかった。


 五件の営業に回った。いずれもお得意様で、ラシャは単に注文を受けるだけなので、簡単だ。値引きなどの要望があったら絶対に返事はせず、メモを取ってエドガーに伝えることになっている。断っても受けてもいけないらしい。

 初めて顔を出したラシャが、エドガー商会の使いだと言うと、喜ばれることはあっても疎まれることは無かった。


 そのうちの、《酒食ゴメス》でのことだ。


「なんとまあ、可愛い娘さんを寄越すこと。気がきくようになったじゃないか、あのオッさん」

「本当は会頭が自分で伺いたいって、申してましたよ?」

「いやいやいや、アンタでいいよ。アンタがいいね。昼飯食ってくかい?タダでいいよ!」

「あん、嬉しい!でも、まだ仕事があって…」

「包んでやるよ、途中で食べな!」

 小麦粉を薄焼きにして、野菜と薄切り肉の入ったものをお土産に持たされた。竹の葉に包まれたそれは温かく、我慢出来なくなってすぐに食べてしまった。

 エドガーの作った茶色と桃色の混じった肉ほどの汁気はないが、野菜のシャキシャキした食感と強めの塩っけがとても美味しかった。

 粗食で生きてきたラシャは、もうお腹いっぱいだ。


 終始和やかに話ができた。ミスは無い。

 幸先が良いと思った。


 《安い内臓料理ヌルハン》でのことだ。


「なんだいあの男、年増が好きだって言ってたのに結局若いの囲いやがって。とんだ助平だよ全く…アンタ会頭のコレだろ?」

 小指を立ててくる。

「コレです」

 小指を立て返す。

「タハーッ!苦労するよアンタ!ほれ麦煎餅やろうか!」

「やった!」

 固くて長持ちする麦煎餅は、そのまま食べて良し、湿気たら煮込んで良しの保存食だ。これは持って帰ろう。もうお腹がいっぱいなのだ。


 それにしても美人秘書大活躍だ。ひょっとしたら本当に美人秘書なのかもしれない。

 いつもは安い内臓だけの発注だと聞いたが、今日は特別と、正肉まで注文してくれた。

 ラシャはこの仕事をやれている。


 《甘味いのいの》でのことだ。


「おわーー!!なんか可愛いのきたーー!!かあさん見て!見て見て!!」

「うるっっさい!お客さんに迷惑だろ!」

「ども!エドガー商会でっす!」

「え、黒のとこ!?もったいないよー、ウチ来て!その服でー!」

「制服だから無理ですよー」

「じゃアタシ黒のとこで働く!」

「業者さんを色で呼ぶんじゃないよこの子は…ゴメンねうるさいので。今日も山砂糖と脂をお願いね。量もいつものとうり…ヤダ本当可愛いわねあなた」

「でへへ…服のせいですよう」

「青!これ食べな!いの焼き!!形悪いけど!」


 名物いの焼きは、木の実の入った猪脂の混ざったこってり餡子を麦粉で包み、猪型の型にはめて整形して焼いた菓子だった。

 意外に塩気があり、濃ゆーい甘味に、奥歯でコキッと良い食感の木の実の風味。皮の香ばしさも、たまらない。

 お腹がいっぱいなのに、なぜかみんなで食べ物をラシャに与える。


 ラシャは美味しすぎて、なんだかもう泣けてきた。きっとこんなに美味しいのがいけないのだ。

 楽しいのも、嬉しいのも、強すぎるのは心臓に悪いのかもしれない。大体、せっかくお小遣いを貰ったのに、これじゃ全然使えないではないか。ハンカチだって持っていない。

 ああ、そうか。

 いっぱいなのはお腹じゃなくて胸だったのだ。


 きっと今夜は眠れない。

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