陸鮫のガトー
着流しを纏った男が道を歩けば、群衆は必ず脇に避ける。避けない者は同じ和装の者だけだ。
街には彼以外にそんな者はいない。
彼は上機嫌だった。
男の名前はガトー。
人喰いだ。
彼は貧民の生まれ。母親は娼婦だった。
十歳になった時、母親に売られた。相手は少年愛をこじらせた二級国民の豪商だった。
夫に先立たれ、男に飢えた四十女だった。
ガトーは今でもその女を敬愛している。
ガトーに自らの身体をもって女を教えた。
ガトーに人買い商売のいろはを教えた。
ガトーの嫌う者を殺すことで愛を教えた。
ガトーの母をガトーに殺させることで救いを教えた。
ああ、人喰いとはこういうものか、と。
ガトーは納得がいった。
女はガトーが二十を超えたころに二級国民に上がったが、間も無く病に伏した。
数年後に女は死んだ。
女は一級国民となり、聖別されることを夢見ていた。
ガトーはそれを代わりに叶えようと思った。
女の乳房がとても美味だったからだ。
女の死後、その息子達にガトーは放逐されたが、人買いの事業とかなりの額の金を貰った。
二級国民であるために、汚い事業は不都合だったらしい。
ガトーには才能があった。
それを育んだのは、その女だということを、忘れなかった。
頭角を現したガトーは、子の国の貧民を全て収穫し、一人残らず金に換えた。
その事業を貧民救済の名目に置き換え、ある男に取り入った。
一級国民、《亥子の豪農》だ。
彼は近く聖別されるだろう。
後を継ぐのは、ガトーだ。
次の一級国民は、ガトーだ。
付け届けを切らしてはならない。
早く次の供物を用意しなくては。
子の国にはもう獲物がいない。
だが亥の国にはまだ手付かずの狩場があった。
誰も喰わないなら、ガトーのものだ。
鮫は獲物を残さない。
歓迎会はてんやわんやの大騒ぎだった。ベラを見た子供達の中には顔見知りがいたのだろう。
駿馬の屋敷は、二日連続のバーベキュー、というより今日は青空焼肉の煙が上がった。
子供達は、今日は昨日より上手く肉を焼いて見せるとの気合にあふれていた。頼もしい限りだ。
共有の大きな壺に灰を詰め、そこに昨日の炭の残りを埋めておいたので、今日は種火が使えた。
さて問題はベラだ。
「でも」とか「だって」とか繰り返すベラを、駿馬は我らが六分の五賢老の元へ連れていった。
闘うために生まれてきたかのような捕食者が五人。
どう腰を抜かすかを駿馬は楽しみにしていた。
したところ…
「格好いい…お馬さん…騎士様のよう…」
「え、そうかい?ははは、キミも可愛いね」
お前はどんなイケメンだ小太郎。
「可愛い…にゃんにゃん?私と遊んでくれる?」
「に、にゃんにゃん!?…トラ子は…トラ子は、にゃんにゃん…?そうか…そうなのか…!」
トラ子ちゃんは新しい自分を発見したようだ。
「割烹着似合う…優しそう…格好いい…」
「ガハハハ!戦装束の方が似合うのだぞ!薙刀でも今度教えてやろうか!」
照れ臭そうな威吹。実際優しいぞ。
「すっごい!なんか、もう、すっごい!」
「キミも秘書やるの?ウチが教えるよー」
ラミ子ちゃんの上半身の凸凹か、下半身の蛇の方か、あるいは両方に目をキラキラさせている。
「…ふわっふわ…あったかい…」
「ホウ、ホウ、ホウ」
魅惑の巨大梟に抱きついて夢見心地のベラ。
それがどのくらいの期間なのかは知らないが、短くはない時間をアスラ病みとして生きてきたベラにとって、アスラ人はむしろ自身に近しい存在だったのかもしれない。
まるで憧れの存在に出会えたかのように、アスラ人達に親しんでいった。
会いに行けるアスラ人。週末肉食獣といった勢いだ。
…四十八人、集めてみるか…?
ちょっと楽しいかもしれない。
「みんな、ベラは見たとおりちょいアスラ人だ。俺の娘だと思って扱ってほしい」
「新しい妹だね。ラミ子より手がかからなさそうだ」
「やたー!ウチの妹ー!」
「利発そうですねえ…年寄りのお話はお嫌いかしら、ホウ、ホウ、ホウ」
「我にしてみれば孫のようなものですな…」
「にゃんにゃんとは、にゃんにゃんとは、何なのだ…ああ、トラ子は…!」
歓迎ムードだ。
「あれ…なんだろう、あたしと随分違うっていうか、うーん…」
「ふむ?」
「なんか、モヤモヤするよ…?」
そりゃ、美人局とは扱いも違うだろう。
「…おじさんもさ、なんか、扱い違くない…?」
「そうか?」
「おれのもんになれ、とかさ…あれじゃまるでさ…」
「勧誘上手いだろ?」
ぶちぶち言ってるラシャだった。
「や、中々決まってるじゃないかラシャ」
「あ、小太郎さん!えへへ、ありがとうござ…」
「それより兄貴、明日の納品ヤバいよ…」
「お前でも無理か?」
「ボクより荷車だよ。無理させたらイカレる。無理させないと間に合わない」
「…あれ、なんか雑…?」
「威吹とラミ子ちゃんつけたらどう?」
「正直トラ子の手も借りたいくらいだよ」
「ぶっつけだがラシャに営業回らせて、俺もそっち行くか…」
「ラシャに?大丈夫?」
「いけるよな?」
「い、いけます!頑張ります!」
存在感をアピールするのに必死なラシャだった。
「男たちは、新しい女に夢中だな」
「あ、トラ子…」
「ふむ。時は満ちた。これをやってみるか」
ラシャにブラシを渡してくるトラ子。
「トラ子はラシャに愛でられるのを望む。飼い主のことなんて、忘れさせてやろう…」
「ああ…トラ子ぉ…優しい…」
トラ子に手をひかれて別部屋に消えていった二人。
仲良くなれそうな二人を、駿馬は暖かい目で見守っていた。




