ハニーの虎♯2
モーリーとラシャが二人で駿馬のもとにやってきた。
意外な組み合わせだな、と駿馬は思った。
あまり仲が良くないように見えていたのだ。モーリーがラシャをうとみ、ラシャはモーリーを苦手としている、そう思っていた。
「坊、少しいいかい?ラシャがお話をしたいってさ。そうだね、ラシャ」
「…はい。おじさん、あたし、話がしたくて…」
「あ、ああ。片付け終わったらな」
「私たちでやっときますよ。この羽根じゃ洗い物は出来ないけどね…ホウ、ホウ、ホウ」
逃げるな、ってことか…
駿馬は場所を移した。屋敷にラシャを迎えるのは初めてだ。
「こ、ここがおじさんちなんだ…す、凄いね」
そりゃ凄いだろうさ。巨大なアスラ人が五人も住めるだけの空間があるのだから。
調度品などは何一つ無かったが、建物だけは大きくて頑丈だった。
没落した二級国民の邸宅だったとかなんとか。
腐るほど持っていた悪銭も流石に目減りしたが、後悔はしていない。
「あー、まあ、あんまし綺麗にしてなくて恐縮だけどな。ほら、みんな体格的に掃除とかに向いてなくてな」
「お手伝いさんとか…いないの?」
「あんまし、よそもん入れたくなくてな」
「あ…うん。ごめんなさい」
やべ、よそもんいた。
「あー、つまり、なんだ。みんなアスラ人怖がるだろ?威吹とかコワモテだし。あれで割烹着が似合うんだから、不思議なもんだけど」
「こ、怖くないよ?さ、最初から全然、怖くなかったし!」
「そうか?だってちびるくらい…」
「…」
「…」
「…」
「…」
オウ、イェアー。
もうやっちまったか。
「…お茶、入れるな…」
「…オカマイナク…」
湯よ、願わくば永遠に沸くな。
「…おじさん、あたしのこと抱かないの?」
「っっ!!」
ド直球だった。お茶にむせた。鼻が痛い。
「他になんにもないから、だから、せめて、さ」
「あー、いやー」
「娼婦の人と違って、タダなんだから…お得、だと思うんだけど…」
「いや、そういう問題じゃないだろって」
「…」
「…」
「…」
「…」
気まずいんだよぉぉぉぉ!!!!
なんか喋ってぇぇぇぇ!!!!
「…ホントは、わかってるんだ」
…なにがでしょうか。
「こんなんじゃ、おじさんは抱いてくれないって」
「…まあな」
何がまあななのか。
「おじさんがしたいことじゃないって。わかってる」
「…う、む?」
「おじさんがしたいこと、教えて。して欲しいことでも、いいし」
「…俺の、したいこと、か…」
実際、何がしたいんだろうか。
本人が一番わかっていない。だもの、誰にもわからんだろうなあ…
いや、アイツらなら、わかってそうだな。アイツらに聞くのが一番早い気がする。
「…俺はな、ここで、うちの連中と一緒に、平穏に余生を過ごしたいんだ」
うむ。これは間違いない。
「余生って?」
「老後、というか、引退後、というか」
「…何を、引退するの?」
そりゃあ…
「人生」
目を丸くするラシャ。
「…え…え?え、と、じ、自殺!?」
「ああいや、自殺はしないしない」
もうしない。
「たださ。寿命で死ぬまで、だらだらーっと暮らしたいだけさ。波風立てずに、楽にさ」
「楽に…?
「そうそう、楽に。楽隠居ってやつだよ」
「…結婚は?」
「しない」
「子供は?」
「いらない」
「仕事は?」
「ボケない程度に程々に」
唖然としているラシャ。
「…おじさん、今何歳なの?」
「あー…確かー…三十六、だな」
「…まだ若いよ」
「ラシャくらいの娘がいてもおかしくないさ」
人生をレースに例えるなら、周回遅れだ。
「…嫁、出来たよ?」
「いや…なんだ。その、悪かったな…酒の勢いで、よ」
「なんで謝るの…?」
「俺と違って、まだ若いんだし。それだけの器量なら、男なんかいくらでも寄ってくるさ」
「なんだか、アベコベだよ…」
「…そうだな」
「おじさんは、あたしのこと殺してもいいんだよ?」
「…ま、そうだな」
「…あの子達のことだって、別に、ほっといたっていいんだよ?」
「ま、乗りかけた船ってヤツかな」
「…なんの得もないのに」
「…あん?」
ちょっとイラッときた。
「なんで、なんの得もない、なんて言い切るんだ?」
「…え」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているラシャ。
「なんだ?お前、アイツらのことどう思ってるんだよ?言ってみ?」
「え、え?」
「アイツらに、何の価値も無いって、そう思ってんのか?お前が」
「え………だ、だって」
ぽかん、としているラシャ。
「身寄りが無くて、みんな身体ちっちゃくて、字も書けないし…」
「ほー、んで?」
「よ、四級国民で、中には、そ、それ以下もいるよ?実は…」
「はんはんはん。んで?」
「し、仕事ももってないし、えと、ぬ、盗みとか、して、ます」
「てやんでえ!べらぼうめぇ!」
「ひゃっ!」
あったぁきた!
「おうおうおう!黙って聞いてりゃあこのスットコドッコイ!」
「す、すっとこ?」
「ウチのモンにケチつけるたぁいーい度胸だ!コイツァただじゃすまされねぇぜ、このオカチメンコ!」
「め、めんこ?」
「見せてやろうじゃぁねえかい、アイツらぁ金の卵だってぇとこをよ!」
「え、ええ…?」
「俺にゃ見えてんのよ、アイツらの価値がな。値千金!バリバリ金を産むんだぜ!何も得が無いって?馬っ鹿野郎、得しかねえ!!」
もはや、言葉も無いラシャ。
やり過ぎたか?
「いいか?なんか勘違いしてるみたいだがな。俺は聖人君子じゃないし、お人好しでもない。合理的でクールな経営者だ。アイツら育てて、優秀な社員としてバリバリ働かせて、そんで俺は不労所得で楽隠居すんのよ。アンダスタン!?」
「ええっと…売ったりとか、しない?」
「そんなんより千倍儲かるからな!」
「…ウチのモン?」
「おうよ、もうアイツらぁ、ウチのモンだ!社員の引き抜きノーサンキュー!」
「…ウチのモン、かぁ」
ようやく、笑顔が戻った。
ほんわかした顔の方が似合う。
「お前も、もうウチのモンだ」
「ホント?」
「人、働いて強くなるってな。好きな漫画の言葉なんだが。お前はウチで働いて強くなれ。あいつらも強くなるさ」
「強く…?なれるかな」
「ああ。嘘は言わねぇ。だがちっとアレだな。第二秘書としては華やかさに欠けるな」
「ひしょ?」
「第一秘書のラミ子ちゃんは神レベルとしても、それに近いレベルは欲しい。よし、明日服買いに行くぞ」
「ふく…ふく?」
「ああ、セクシーな服買って、高いメシ食って、そうだ、ラミ子ちゃんのブラシとワンピース買わなきゃいけなかったな。あとまあ色々回る」
「ふ、ふく!?」
「明日、そうだな…昼の十一時…先亥の刻に、待ち合わせだ。繁華街の端っこの方の、プジョーズって高そうな料理屋、分かるか?」
「ぷく…プジョーズ?知ってる…知ってます!」
「うんじゃ、先亥の刻に、プジョーズの前な。服買いに行くんだから、そんなめかしこまなくていいぞ」
「は、はは、はい!」
「うーし、じゃあ今日は解散!気をつけて帰るように!!」
「は、はい!」
扉から退出しようとしていたラシャが戻ってきた。
「どした?」
「あの…これ…」
紙の袋に入った何かを差し出してくる。
プレゼントだろうか。
…女の子からの、プレゼント、だと?
なんだ、その懐かしい響きは…
「えっと、モーリーさんに、相談、してたんです。ずっと、引っかかってて…」
…む、感謝の品ということか。
「お、おじさんとの、関係、このままじゃ、イヤだから…なら、ちゃんと、話をしろって」
「中身、見ても?」
コクンとうなづくラシャ。
中身は、半端な量の酒の瓶と、これは…赤い、木の実というか、草の実というか…
「あ!これは!」
ビクッとするラシャ。
駿馬はそれを見たことがある。
いや、似ていると言うべきか。
自然と、口元が緩むのを感じた。
「ハハ…」
「…怒ってる?」
「まさか」
赤い実を見て思い出す。子供のころにこれでよく遊んだっけ…
ヨウシュヤマゴボウに、そっくりだ。
「ラシャ」
「っっ!!」
「…ありがとな」
「…え…」
信じられないものを見るように、恐る恐る顔を上げるラシャ。
目に、じわりじわりと涙が浮かんでくる。
「よく泣くよな、お前…」
「えぅっ!」
弾けたように後ろを振り返るラシャ。
そのまま走って、扉を開けた。
「あ、明日!!」
「おう」
「また、明日ね!おじさん!おやすみ!」
上擦った声で言い残し、走り去っていく赤髪娘。
夜の一人歩きは危険だが、恐らくモーリーが見ていてくれるだろう。
「しかし、本当懐かしいな、これ」
ヨウシュヤマゴボウだ。に、似た何かだ。
「これ、服に着くと落ちないんだよなぁ…」
ラシャがくれた酒をクピッと一口いただく。
強い。そしてあまり美味くない。
「…まさか、こっちの世界だと、これ食えるヤツだったりするのか…?」
試しにパッチテスト。
一粒潰して左手の甲に塗ってみる。
赤黒い、血液の色だ。やはりちょっとヨウシュヤマゴボウとは違う。
手の甲が痒くならないので、一粒食べてみる。
…すっぱくて、ちょいシブ。美味くはない。でも食えなくはない。
「…この酒に合う、とか?」
合わせてみる。
「うーーーん…これは…新品の、畳の味…?」
ラシャの詫びの品だ。粗末には出来ない。
袋の中身は全部駿馬の腹に収まった。
夜中、駿馬はお腹を壊した。




