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はじめての美人局

 


 ははぁん…と思ったね。

 コイツが噂の美人局(つつもたせ)ってやつか、と。

 なにせこの女ときたら、一人酒を楽しんでいた俺にやたらと積極的にからんできて、あれよあれよと言う間に酒場の二階の部屋に連れ込まれちまった。


 一発銀貨二枚だよ、と言われたって笑顔で応じるくらいには気分良くさせられて。しかして金の催促は無し。

 貴方とても魅力的、なんて言葉を鵜呑みにする程若くはない。自分の価値なんてイヤって程分かってんだよこちとら。

 てやんでいべらぼうめ!


 となれば、後から法外な料金を請求する系かとも思ったが、枕から耳に響く足音から察するに、もっと剣呑な事案だな。

 行為の最中にドアが開けられて、後ろからグサー!ってところかな。

 刺激的だな!

 というか大分酔ってんな俺!


「さ、脱いで脱いで。これからたのしーことするんだから」

 ベッドに寝転んでる俺を起こして、上着を脱がせにかかってくる。

 内ポケットのズシッとした持ち応えを感じたのか、大事そうにハンガーにかけてくれる。

「重くないかい?」

「え!あ、重いね!…えへへ、おじさんってお金持ちなの?」

「どうかな?開けてみないとなにが入ってるか分からんさ」

「えー、分かるよー」

 心なしかギラギラとした目つきでコートをまさぐっている。

「金貨って、凄い薄っぺらいんだよ」

「そうか?分厚い方ならいくつかあるけどな」


 大金貨はコイン状をしていない。親指大のインゴットだ。一つでもひと財産になる。

 銀行など無いこの世界、財産は皆身につけておくものだ。よって当たりを引けばこれくらい出てくることもあるだろう。

 俺は当たりだ。見る目あるじゃん。

 懐の暖かさをつい自慢して女の気を引こうとしてしまう、愛すべき馬鹿と笑ってほしい。


 布越しに高額貨幣を探り当てたのだろう。掛け値無しの笑顔で振り向いてくる。

「えへへ…いい男めっけ」

「ん、どこに?」

 おどけて後ろを振り向いてみる。

 シュルシュル…ストッという音がした。

 しまった。楽しみな光景を見逃してしまっただろうか。酒が入っているとはいえ、不覚だ。

「てーい!確保ー!」

「ぐえ」

 腹に飛び乗られた。別に苦しくもなかったのだが、俺のおどけ癖はこんな時も度し難い。

 年相応の渋さってやつをいつになったら身に付けられるのかねぇ。

「捕まえたよ。おじさん、あたしの獲物だから」

 幸いにして(何が幸いか知らんが)着けたままの下着に喜びが湧きあがる。

「食べちゃうぞ」

 それは、ネギしょった鴨的な意味ですね。分かります。


 しかし、惜しいなあ…と思う。

 モテた試しのない俺としては、こんな愛想の良い娘に言い寄られた日には、すぐにでも所帯を持ってもいいという気になってしまう。

 願わくば俺が本当にモテてますように。

 …あ、無いわ。


 お互いの服を脱がせあいながらジロジロと観察すると、身体付きはやや幼いが、下手な化粧の下の素顔を想像するに中々に可愛いらしく、また幼い。

 つまり幼い。


 …ん?


「あれ」

「んー、どしたの?ゴメンね、胸小さくて」

「ああいや、バランス良くていいと思う」

「そお?ちっちゃいの好きなの?」

「決して嫌いじゃないぞ」

 えへへー、とニヤけるのは素直に可愛い。

 いや違う。そうではなくて。

「あー、ところで、随分若いけど、今何才?」

「十八だよ?ちょっと嫁き遅れ気味でさー、割と焦ってたりして」

 よし、結婚しよう。僕の髪が肩まで伸びて君と同じになるほど毛根に体力が残ってたら。


 この世界の人間は絶対的に栄養が足りていないと見えて、一部の富裕層以外の者は小柄な体格がほとんどだ。

 肉食文化があるので、明治以前の日本人よりはマシなようだが。

 おかげでこんな俺でもそこそこ身長が高い方に分類される。

 ありがたい。


 洒落にならない年齢なんじゃないかという一抹の不安が杞憂だと分かったことで、俺の中の獣性が目を覚ます。

 俺はまるで満月の夜の狼男だ。

 うおおん!

 だが満月の時は短い。聖水をたっぷりきこしめした狼男は新月の夜に胴長短足のダックスフントへと戻る。

 きゅうーん…

 短小という意味ではない。


 酔っ払いのテンションで女の身体を貪る。

 唇を求めると避けるそぶりを示したが、構わず強引に奪う。

 既にお互い裸だ。

 そして俺は言うなればダックスフントの狼男。アナグマ狩の猟犬にとっては、小さく狭い穴をこじ開けることなど造作もないことだ。

 ロングコートチワワとは違うのだよ。

 固く閉じた口をこじ開けて思う存分に中を蹂躙する。

 狩の範囲を広げて上へ下へと攻め立てる。ダックスフントは手足も器用なのだ。

 だが…

「あはは!くすぐったいよう!」

 俺のダックスフントは尻尾を丸めて降参のポーズ。

 俺の獣性など、所詮は愛玩用のミニチュアダックスフントに過ぎなかった。


 どうやら、獲物はこの穴にはいないようだ。

 分かってはいたのだが、こう、感じてる様子が全く無いというのは、堪えるものがある。

 つまり、俺に気なんかありゃしない。

 ちくしょう。手抜きの仕事しやがって。金返せ!

 まだ取られてないけど。


「ね、あたし濡れちゃった…」

 嘘おっしゃい。

「初めては、あたし上がいいな…」

 その設定、無理がありません?

 ああ、美人局をするのが初めてですか、そうですか。


 聞こえないようにそっと溜息をついて、ベッドの上で仰向けになる。その時女の腰をつかんで、その勢いで腹の上に乗っけてやる。

「ちょっと待っててね…あっ」

 俺の腹の上から立ち上がろうとする、その手を掴んで動きを制する。

「どこに行くつもりなんだ?」

「オンナの、嗜みってやつかな」

「要らないんじゃないか」

 俺は、警告のつもりで引き留めた。

「うん、でも…」

 大した力も込めていなかった手を、スルリと抜けていくその身体。

「やっぱ、要るかな」


 イチャイチャタイムは終了でございます。皆様まことにありがとうございます。

 続きましてはハッスルタイム。

 キャスト入れ替えにてお楽しみ下さいませ。


 女はさっき脱いだ服を拾って、まず口を拭いた。

 見えないようにやっているつもりだろうが、結構傷つくなこれ…

 俺はというと、手早く下半身にタオルを巻きつけて、テーブルの上の煙管を掴む。

 手作りのフィルターと市販の草を煙管に詰めて、マッチを擦る。

「…なにしてんの、おじさん?」

「んー…ま、オトコの嗜みってヤツさ」

 腰巻の方な。

 煙草なんて、吸っていいことなんか何もないぞ。言わば馬鹿の嗜みだ。


「ひょっとして、気付いてたりするのかな?」

「なにがかな」

 ぷっかー、と煙を吐いてとぼけてみる。

 女は拾った服を着るでもなく、今更身体を隠してこちらをうかがっている。 その顔には緊張感らしきものが垣間見える。

「この煙が臭くて、俺とはキスしたくない?」

「んーん。違うよ」

「じゃあ降参だ。俺が何に気付いてるって?」

 竹の子のはぎ方かな?俺は上手いぞ。

 今の子は皮に梅干し包んで吸ったことなんかあるまい。


「それはねぇ…あたしが本当に今日まで処女だったってこと」

「え、うそ!?」

 馬鹿な!?そんな話があるわけがない!!

 …ことも…ないのか?

 あれか?出勤最初の一発は処女と呼ぶ、業界の用語か…?

 混乱が顔に出ていたのだろう。一本取った余裕から、女はニンマリと笑っている。

「エヘヘ、それでね?」

「そ、それで…?」

 ゴクリと唾を飲む俺。

 次はどんなアメージングな気付きを与えてくれるのだろうか。

「明日からも、まだまだしばらくは処女のまんまってこと!!」

 女はドヤ顔で、ドアのかんぬきを下から蹴り上げた。

 パカンっと小気味の良い音が部屋中に響くや否や、素早くかつ静かにドアは開かれた。

 二人の乱入者によって。


 残念。二つ目は大してアメージングでも無かったようだ。

 ドヤ顔のとこ悪いが。


「さ、おじさん。おっきな声あげちゃダメだよ?あたしの初めての口づけ、高いんだから!これからお会計の時間ね?」

「武器は取り上げたのか?どこだ」

「持ってなかったよ」

「何もか」

「なんにも。不用心だよね」

「金持ちの余裕かよ、どこかに金預けてあんじゃねえのか」

「そーゆー額じゃないよ。財布はコートの中。きっと全財産」

「へへ…ならいいや。馬鹿だなコイツ」

 右手に持った短剣をゆらゆらと揺らし、人を小馬鹿にした顔でこちらを見てくる乱入者その一。顔を布で隠した小柄な男だ。若そう。

「それより、早く服を着な。これ以上見せてやることなんかないんだからね。アンタもこっち向くんじゃないよ!とっとと金だけいただいちまいな!」

 意外やその二は女のようだ。これも若い。背は高め。同じく顔を隠している。

 手にはやはり短剣と、荒縄の束を持っている。

 狭い部屋に二本の短剣。そいつが向いてるのは俺の方ときたもんだ。


「ふむ…」

 肺の奥まで煙をたっぷり入れて、ゆっくり吐き出す。

 ぷっはー。おお、頭がくらくらする。

 本当はタール四ミリくらいがいいのだが、お手製フィルターでは上手く調整出来ないのだ。しょせんただの綿だし。

 嫌がらせに若者達に向けて吐いてやる。

 クックック。臭いだろう?キミたちは吸っちゃダメよ?

「てめ…」

「複数プレイのお誘いの上に縛りも有りとは、魅力的なオプションだな。それで、追加料金はいくらかね? ああ、男はいらないよ。二輪車で充分だ」

 ベッドから腰を上げる。

 キセルは歯で咥えて、指をポキポキ鳴らす。肩もポキポキ鳴らす。なんなら腰もポキポキ鳴らす。首なんてもう、ベキボキ鳴らす。


「…おじさん、状況分かってる?ひょっとして呑みすぎ?」

「うむ。美味い酒だったよ、ありがとう。キミのおかげだ」

「うへ?ああ、その、どういたしまして…」


 腰布一丁のままコートに手を伸ばし、内ポケットから金の入った袋を取り出す。

 大金貨こと金のインゴットを一個取り出して、自称処女に放ってやる。手渡してあげたいが、進行方向に刃物があるからね。

 慌てて受け取った拍子に身体を隠していた服を取り落とし、隠すべきところがまたも丸見えになっているが、誰も、本人すら気に留めない。

 皆の目はインゴットに釘付けになっている。


「キミへの正当な報酬として支払おう。それで充分なのではないかね?」

 大人は問題を金で解決するのだ。クールだね!

 最後のチャンスよ?

 犯罪者にならないで済むよ?

 そんな気持ちで言ってみる。


 自称処女が背の高い女の顔をうかがっている。コイツがボスなのかもしれない。

「ダメだね。全部寄越しな」


「おじさん…悪いけど…。少しは残すから。怪我もさせないから、ね。大人しくしてて、ね」

「いーや、それじゃダメだな。それじゃ足んねえ」

 男が前に出て来る。短剣が喉元に突きつけられる。

「テメー、まだ持ってんだろ?隠してんだよなぁ。どっかによ」

「無くもないな」

「そんじゃあそれ全部だ。さもなきゃ…」

 やだねえ。交渉決裂ですか。

「殺すぜ」


 さて、ハッスルしますか。


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