バーベキューをしよう
駿馬達の自宅に出入りしている業者が大量の食料品を納品していった。シュバルツ商会の従業員だ。
主に海産物の干物と乾麺と香辛料の類だ。
植物製の油は特に、目新しいものがあったら必ず優先して入れて貰っている。
シュバルツ商会は他国との貿易を盛んに行なっているので、変わった商品が多い。
亥の国ではオリーブ油などは手に入らないので、重宝している。
亥の国には大小無数の商会がある。最大の商会がマクラーレン商会。その次がシュバルツ商会だ。
大体の中小商会はそのどちらかの傘下にある。
シュバルツ商会に対して、今回は駿馬は贈り物を用意していた。
魔嘯の際のおよそ三百頭の魔猪だ。
もちろん魔素を抜かねば食用にはならない。そのまま渡してはかえって失礼にあたると思われるが、魔素を持つ素材といっても、実は毛皮や獣脂はそのままでも使える。要は食用にならないというだけだ。
自治会にも手伝ってもらい、屋敷に運ぶ。血抜きと冷却は、壁外で済ましてもらっている。
何故冷却するのかと怪訝な顔をされたが、獣脂が溶け出さないようにと、苦しい言い訳をしておいた。
毛皮も肉も獣脂も、全てシュバルツ商会にプレゼントだ。通貨をもっての取引を行わないので、税もかからない。会頭のいい小遣いになるだろう。
会頭には、屋敷にてキチンと魔素を抜いた状態でのお渡しだ。
急いで解体、乾燥処理、燻製作りなどをしないとならないので、付近の業者を多数集めての大騒ぎになることが予想されたので、駿馬は早々に引き上げる。
今頃シュバルツ会頭は嬉しい悲鳴を上げていることだろう。
これで自治会長とシュバルツ商会に恩を得ることが出来た。金以上に有価値なものを駿馬は手に入れることが出来たのだ。
マクラーレン商会にも何か考えねばならない。それほど親密な仲ではないのが難しい。まして遥かに格上の商会である以上、単純な利益に直結する贈り物はいけない。
当然シュバルツ商会も遥かな格上なのだが、駿馬は客でもあるので、魔猪を受け取ってもらうことができたのだ。
防衛の人夫を節約できることは良い贈り物になったとは思う。普通なら十分過ぎる賄賂だろうが、駿馬は普通ではない頼みをマクラーレン会頭にするつもりでいる。
エドガー商会は、マクラーレン商会にとって、価値のある存在にならなければならない。
駿馬が営業に中々行けないので、数件のお得意先から注文を携えた小間使いが自宅に訪れており、お留守番のトラ子ちゃんが対応していた。
…なんというか申し訳ない。全員が腰を抜かしていたそうだ。
これについてはトラ子ちゃんも反省していた。
「美し過ぎるといのも、人には迷惑なのだな。トラ子は学んだ。目が潰れていないとよいのだが…」
「普段は服を着て、見える面積を減らすべきだね。トラ子ちゃんに魅了されたら、男達は人間の女に興味が持てなくなるかもしれない…」
「うむ。トラ子は配慮すべきだ」
「…ボクはツッコまないからな」
女神を裸眼で見ると目が潰れる。
明日あたり、ワンピースでも買ってこよう。
屋敷の中央には、立派な樹が鎮座している。
トラ子ちゃんは暇な時、よくその根元で日向ぼっこあるいは日陰を満喫している。
その樹の根元で寝そべりながら読書をする姿は、菩提樹の下のお釈迦様のようだ。
モーリーとラミ子ちゃんは太い枝に身を預けて昼寝をするのが好きだ。
威吹と小太郎は近くにテーブルと椅子を置いてよく将棋を指している。
駿馬は七輪を持ってきて、干し芋を焼いてお茶を飲んだり、干し烏賊を炙ってイッパイやったりするのが好きだ。
トラ子ちゃんの腹の下には一枚の石板が敷いてある。
そこには女性の名前が刻まれている。
この場所は、駿馬と六賢老が集まれる唯一の場所だ。この立派な樹は、駿馬達にとって、聖なる樹なのだ。
その樹を中心にして今夜は大量の七輪が並べられた。
晩飯は、バーベキューだ。
いつまでも新入社員を遊ばせてはいられない。今日は準備から彼等に手伝ってもらうことにする。
シュバルツ商会に七輪を三十個注文した。
社員達に一人一個ずつ支給する。自身で管理させるのだ。
炭の火起こし夏下冬上。これでなかなか難しいものだ。
種火があるのなら、炭の上に置いた方が間違いない。
だが、種火が無い時はどうするか。
流石に弓きり式発火からなどはやっていられないので、マッチから始める。
藁や乾燥した木の皮にまず、火をつける。そこから乾いた木の枝、次に細かい薪につけ、上に炭を乗せる。
そしてひたすらに空気を送り込む。板状の物ならなんでもいいが、軽くて硬いものがいい。うちわが最高だ。
安物の炭はよく爆発するが、そんなものにビビっていては料理なんてやっていられない。
嫌なら高級な備長炭に火種を用意すればいい。高いので自分で用意したまえ。
薪は割安だが火の持ちが悪い。そして火力が高い。
炭の方が割高だが、長持ちし、火力が安定する。
目に見える炎で食材を焼いてはいけない。遠赤外線で焼くのだ。
強火の遠火ってヤツだ。
皆が七輪に火を入れ終わったので、用意した食材を持ってくる。
デカい塊の、肉だ。それと、小刀と革製の手袋が一つある。
バーベキューというと、みな勘違いをしているのではないだろうか。
バーベキューは、塊肉を使って、雑なローストビーフっぽいものを焼くことを言う。
薄切りの肉を焼いてタレをつけて食べるのは、青空焼肉なのだ。
どちらが上とか下とか、そういう話ではない。趣味嗜好の話にしかならない。
むしろ、青空焼肉の方がみんなが楽しめていいと思う。駿馬もその方が好きだ。
だが、あえてバーベキューを行う。
肉を、焼いて、食う。
それを、自分の手で一からやってもらう。
駿馬はステーキが好きだ。肉と言えば、ステーキなのだ。
日本人というものはとにかく炭水化物が好きな人種だと思う。
米が好きだ。お好み焼きをご飯に乗っけて食う。
パンが好きだ。焼きそばをパンに挟んで食う。
麺が好きだ。ラーメンにライスは付き物だ。
馬鹿なのではないか?自覚はある。
濃厚民族もとい農耕民族にとっての最上の食べ物とは、やはり自分の手で育てた収穫物なのだろう。小麦と米は、宝なのだ。
だが、それでは駄目なのだ。
肉を食わねば。そして野菜と豆類と木の実を食べねば、身体は育たないのだ。もちろん運動も。
駿馬は成長期を遥かに超えてからそれに気づいた。
背は、もう、伸びないのだ…
ステーキとは、白人。
ステーキとは、高身長。
ステーキとは、足が長い。
ステーキには駿馬の夢が詰まっている。
同じ過ちは、繰り返してはいけない。
それ故に駿馬は、子供達に『肉』を教えるのだ。
ならステーキを教えればいいじゃないか、そう思ったそこのあなた。そうあなただ。
美味いステーキとはなんなのか。
この俺以上の答えを、あなたはもっているというのか…!!
「お屋形様…一人でブツブツ、何を言ってるのでしょうか。そろそろ始めませぬか?」
「ハッ!?」
「しゃちょー…お腹すいたよぅ…」
「お、おお、すまんすまん。じゃ、各自肉を焼いて食べるといい」
自分の世界に入り込んでしまったようだ。
「…いや、ええっと…」
「え、どうやって?」
当然のこと、みんなが戸惑っている。
ただ七輪が人数分あり、ただ塊の肉がある。
さあ食えと言われても困るだろう。
「えー、みんな。肉に太い串が刺さっているね。それを持って、火にかざして焼くんだ」
「…は、はあ…」
「重い…」
「で、まあいいかな、ってとこで塩つけて食え」
「いやアンタはアホか兄貴っ!?」
「噛みきれなければ小刀もあるぞ。赤いとこは食っちゃいかん。桃色のとこは多分大丈夫。白っぽいのもいい。黒いのも、黒すぎなければ大丈夫だ」
恐る恐るではあるが、その通りにする子供達。
「色々やってみるといい。どれくらい熱くすると肉は焼ける?火からどれくらいの距離が一番ちょうどいい?どんな匂いがする?上手く焼けば美味いものが食えるぞ。だが上手く焼かないと美味いものは食えない。自分次第だ。さあやってみるんだ」
「…これ、教育なのかい、兄貴?」
ニヤリ、と駿馬は笑う。
「例えば、こんな食い方もある」
駿馬は自分の肉をみんなに見せる。
全面がカリカリに焼けて、いかにも美味そうだ。
「これは、中がほとんど生だ」
「ええー…」
残念な声を上げる子供達。
駿馬はそれを皿に置いて、小刀で表面を削いでいった。
「これは、シュラスコという食い方だ。焼けたところから、削いで食う。残りはまた焼く」
削いだ肉にザザッと塩をかけて、一切れ口に運ぶ。
カリッとした表面と、肉汁に満ちたレアの部分が同時に味わえる。
中の生っぽいところはまた火にかける。
それを見た子供達は、慌てて小刀を手に取る。
「手を切らないよう、みんな片手に手袋をはめるように」
思い思いに肉を焼き、削いで食べる子供達。
ある者は薄く切り過ぎ、焦げたところだけが口に入る。
ある者は欲張って厚く削ぎすぎ、生の部分がついてしまい、その部分を小刀で刺して、ちょうど良くなるまで焼いて口に入れる。
ある者は塩をつけすぎてしょっぱそう。
ある者はじっくり時間をかけて焼いて、大口でかぶりつくチャレンジャー。
中には先に肉を削いでから焼いている、頭のいい者もいる。
「おまえ、そんな赤っぽいの食べて平気かよ…」
「あたし、これくらいが美味しいよ?パーンそれ焼きすぎよ…」
「焦げたとこウメェ!表面がガリガリして、最高!」
「桃色のとこが一番。でも、すぐ桃色じゃなくなっちゃう…」
十人十色の好みが垣間見える。
失敗したと思ったら違うやり方を試す。
成功したと思ったら、もっと精度を上げる。
トライ&エラーを繰り返す。
子供達の吸収力は最強だ。
「モーリーは生で食ってるな」
「ま、モーリーはね」
「お前は?」
「ボクは、兄貴が焼いてくれたヤツしか、あんまり…あのタレが無いと無理かな」
「ああ、玉ねぎと大根おろしのソースか。作っときゃよかったな…」
「今日のとこは果物でもかじっとくさ」
「…悪いな、人参ないんだ…」
「果物の方が好きだと、何回言えば覚えてくれるんだい?」
ステーキの焼き加減も、結局は個人の好みだ。最高のステーキが食べたいのなら、自分の手で焼くのが一番なのだ。
失敗したら美味しくない。失敗したら量が減る。
自然と美味しい焼き方が分かってくる。肉というものが分かってくる。
美味しいものを食べたいから、料理が上手くなる。
最高の料理人とは、最高の食いしん坊のことだと、駿馬は思う。
そのためのこの会である。
決して、魔猪が余りに余ってるから処理するためにやったわけではない。
嘘じゃない。
嘘じゃないんだ…
「ところでさ」
「なんじゃいな?」
「これが、バーベキューっていうのかい?いつも山の中でやってた食べ方に似ているね」
「………」
シュラスコをやっていたような気もする。
いつも予定を思い付きが追い越す男、それが江戸川駿馬だ。




