新入社員研修♯3
沸かしたお湯とタオルでラミ子ちゃんの上半身を拭き、下半身はアルコール剤で拭く。
鎧は全て外してある。荷車に積んで、小太郎に引いてもらうことにする。
ラミ子ちゃんの身体は国宝級に大切なものなので、今夜は風呂を入れることにしよう。
ラミ子・トラ子の女性陣の風呂だ。モーリーは風呂を嫌がるので入らない。
男性陣は明日にしよう。
小川から汲み上げている水の流れを変えて、風呂に水を溜める。
アスラ人を風呂に入れるためには、相当に大きな湯船がいる。大きな入れ物にはそれだけ多くの水が入り、重さがかかる。
つまり、頑丈でなくてはならない。つまり、金が大いにかかる。
簡単な解決策がある。
地面に穴を掘って作ればいい。大地が湯船代わりだ。
地面に巨大な穴を掘り、モルタルで形を作って、見た目の良く丸い石を敷いて作った露天風呂が、屋敷にはある。
外から女性陣の麗しき素肌を見られないよう、竹で囲いも作ってあるのだ。
…トラ子ちゃんがいつも裸というか、毛皮一丁であることは忘れて欲しい。鎧はつけるけど、普段は悩ましくも素ッ裸なんだこれが。
着せれば着てくれるが。
石鹸が切れていることに気づいた。
倉庫にはまだ熟成途中のがあるので、それを使うことにする。少々不満だが、致し方あるまい。
季節の花のエッセンシャルオイルを使用しているため、香りが前回と違う。
前回はラベンダー。今回は金木犀だ。
トラ子ちゃんに大好評をいただいた。
ラミ子ちゃんからは、下半身に塗る香油も薔薇以外のが欲しいと言われた。
善処いたしましょう。おじさんは貢ぐ生き物なのです。
トラ子ちゃんとラミ子ちゃんを、心を込めて洗いまくる。あんまり気にする必要も無いような気もするが、デリケートな部分は自分で洗ってもらう。
今日もラミ子ちゃんの下半身は物凄い面積だった。
さて、本日のハイライト。
《岩鳥の巣亭》へ向かう。
昨日とは違い、準備は万全だ。
目にもの見せてくれるわ。
朝と昼はローストビーフサンドで済ましてもらったが、夜はそうはいかない。
栄養バランスに配慮しつつ、衛生的で、本当に美味しい、温かいものを食べさせねばならない。
何故か。
それは、駿馬に出来る事業とは、基本的に飲食に関係するものだからだ。
飲食業に従事する者が食に無頓着であることなど、絶対にあり得ないのだ。
子供達を風呂に入れ、新しい服を与え、寝床を与えるのも全て、衛生観念を身につけさせるため。
また、ノロウイルスなどの食中毒からも遠ざけねばならない。
全ては社員としての研修の一環であり、決して福祉の観点ではないことを、ここに説明しておく。
駿馬は決して偽善者ではないのだ。合理的な経営者としての合理的な判断である…!!
「そういうことだ、分かったな、みんな!」
『はーい!!』
やはり、子供は飲み込みが早い。
これも駿馬が合理的であるが故に下せた英断と言える。
社員教育に時間がかかれば、その分人件費がかかる。大人ではこうはいくまい。
また、勤労経験が無いということは、百パーセント駿馬の方針に従う、忠実な部下が出来上がる、ということだ。
十年後、二十年後のヴィジョンを考えるに、これほど合理的な判断があっただろうか。
ああ、なんて合理的、なんてクール…
血も涙も無い、経営者の模範と言えよう。
「そういうわけで、晩飯だ!学ぶ気持ちで召上がるのだ!」
『はーい!!』
本日の献立。
山盛りロールキャベツとたっぷりヒヨコ豆のコンソメスープ。
白身魚のフライと温野菜の甘酢あんかけ。
敢えて塩だけで味わう炭火焼ハンバーグ。
天然酵母の食パンはお代わり自由。ただしおかずのお残しは許さない…
「以上だ!さあみんな全員手を洗ったな…汚い布なんかで拭いたりせず、空気乾燥させてから、アルコール消毒をしたな…?いいだろう!いただきます!」
『いただきます!!』
子供達は料理に貪りついた。
まさか、足りないとは言うまい…
言わない、よね?
デ、デザートならあるよ?屋台のだけど。
料理の手伝いをしてくれた、《ドーリーズ》のシェフ、ドーリーさんと奥さんに感謝。駿馬と威吹はあんかけのタレ作りと料理の指示と取り分けをしただけで事足りた。
代わりに駿馬の料理レシピを教えて欲しいという。
なお、《ドーリーズ》のメイン料理は、塩茹で牛肉というシンプルな代物だ。
駿馬はこれが結構好きなのだが、本人は改善の余地があると感じているらしく、色々試しているようだ。
時々新商品を出しても、あまりふるわず、結局塩茹で牛肉だけに戻ってしまうという。
インパクトがあり、食いごたえがあり、腹持ちもいい。看板メニューが他を圧倒してしまうようだ。
改めて一つ食べてみる。
ナイフで骨から削ぎ落としながら食べる牛肉はやはり食べ応えがあっていい。添えてある香辛料を付けて味を変えながら食べる。麦酒が欲しくなる。
パンにはあまり合わないかもしれないな、と思った。
パンと一緒に食べるなら、もっと柔らかく、甘みのあるほうがいい。
ビーフシチューのようなものはどうだろうか。
せっかく肉を茹でた汁があるはずなので、アクをキチンととって、焼いたスネ肉を加えてコラーゲンを足し、香味野菜とトマトを加えて何日も煮て、改めて野菜を加えて、細かくした茹で牛肉にぶっかけてやる。
多分美味いはず。
料理屋にとって、新メニューは鬼門にもなり得る。
扱う材料が増えることによる廃棄ロスの問題。
そして似たメニューが増えることによって、既存のメニューの注文率が下がること。これを、俗にカニバるという。共食いのことだ。
その点、駿馬の提案は悪くないはずだ。
牛のスネ肉は基本的に安い。大体牛肉自体が安い。固くて美味くないからだ。黒毛和牛のようにはいかない。
薪のコストが高くなる恐れはあるが、それは余熱調理で対応出来るはずだ。何も二十四時間火にかける必要は無い。
そして、メニューの方向性が違う。酒のつまみではなく、主食のお供にするためのメニューならカニバらないだろう。塊肉と違って女性にも食べやすいと思われる。
あとは、茹で水の中の塩分が最終的にどうなるかだ。
塩茹で肉ではなく、茹でた肉を塩につけて食べる、という風に料理法を変えるのはどうかと提案する。
とりあえず一度作ってみる、ということになった。
他にも、ハンバーグについて。パン粉を入れる利点と、入れない利点。臓物などの廃物利用のハンバーグの食べやすさと美味さ。
衣をつけて揚げたメンチについて。
なにより、牛脂の有効活用について駿馬は大いに語った。
無数のレシピを教えたところ、大変感謝された。
じわじわと、駿馬のところから肉を発注していくようにするというお言葉をもらった。
急に取引先を変えるのは仁義にもとる。
駿馬もまたそんなことは望んではいないのだ。
それにしても、米が食べたい。この世界にも米はあるのだが、特権階級しか食べるのを許されていないのだ。
《プジョーズ》という高級店にはあるにはあるのだが、品種が違うため、おこげにして提供している。
ああ、卵かけご飯が食べたいなあ…と思いにふける。
…盗んでこようかな、と思ったが、せっかく足を洗ったのに、また泥棒に戻った日には小太郎に何を言われるか分からない。
せめてラーメンが欲しい。
ラーメンがあるならば、米が無くてもいける…いや、ラーメンライスこそ至高。むしろラーメンリゾットをこの世界に爆誕させて…ニンニクいれますか?
思考の迷路に入り込みそうなので、切り上げることにする。
見ると子供達はすっかり完食し、皿にパンをなすりつけてなお食べている男の子もいる。あれはディンか。
ぼちぼちデザートといきますかね。
今夜は果物のヨーグルト和えを全部購入し、早仕舞いさせてやった。
明日あたりには、子供達の引越しも考えねばならない。やることは山積みだ。




