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新入社員研修♯2

 

 現れたのは、魔獣の群れだ。

 その数、七千。

 流石は亥の国らしく、ほぼほぼ魔猪で構成されている。

 多少魔牛や魔犬、魔鼠や魔鳥の類も混じっているようだが、大体が魔猪だ。

 体格が大きいアスラ人にとっては、魔鼠が一番厄介だ。


 外壁から向かって左手には海に続く大きい河が流れている。その向こうには草原。家畜の放牧地帯だ。

 右手には急な斜面。その上は果樹園となっている。

 魔獣の群れはある程度決まった進路をとる事になる。

 偶然ではない。

 この国は、魔嘯の起こる場所に向けて戦いやすいように造られた、計算ずくの砦なのだ。

 尚、仮にこの国を突破すると、その向こうには二つの中型都市がある。その周囲は穀倉地帯となっている。

 この国が魔嘯を食い止めることで、防衛のための税金を二つの中型都市から取っているそうな。

 防衛に直接関わるのは二級と三級の国民なので、なんの恩恵も無いらしいが。

 ま、国があっての国民であり、国が潤うのはいいことだ。なにかの災害が有れば復興に使われることだろう。

 どれだけ国民が苦しもうともそんなことを考えず、自身の老後のためだけに税を貪る、どこかの国のどこかの財務省とは違うと信じたい。死ねよあの国。二度と戻らないぞ。


 鎧を着込んで長槍を携えた、神話の如き勇壮な人馬が、川沿いに駆け出した。

 背中には屈強なる竜人の武者を乗せて。

 長大な斧槍を片手で振り回す、一騎当千の威吹が小太郎に乗って駆ける。

 成る程その勇ましさたるや、人間の戦士からすれば千人でかかろうと敵わないと思えるだろう。

 だが敵は七千の魔獣。恐れを知らない狂気の獣達。

 圧倒的な物量の前には、英雄であろうと潰されるのみだ。


 だが、こちらのエースは英雄ではない。

 踊り娘だ。

 お手を触れないようお願いします。


 ラミ子ちゃん出陣す。


 本日のラミ子ちゃんは、普段のセクシーな軽装とは違い、重装備だ。

 腰から下のぶっとい蛇部分を丸ごと包む、ノワール氏特製、ラミ子ちゃん専用鱗鎧。

 天然の鱗の上に炭素鋼の鱗を纏った、アーマードラミ子ちゃんだ。

 上半身は布と毛皮と鎖帷子を組み合わせて作った、動きやすさを重視した軽鎧。革手袋の手のひらには、大型鮫のギザギザな皮を使用している。絶対に握手とかしてはいけない。

 そして何より特徴的なのは、ツルツルピカピカに磨きあげられた鋼鉄のヘルメット。ちょっとカッコ悪いのだが、これが無ければラミ子ちゃんの美しいキューティクルが駿馬のような薄らハゲになってしまう。


「ほんだばしゃちょー!いってきます!」

「いってらっさい!無事のご帰還をお祈りします!」

「しゃちょー!」

「ラミ子ちゃん!」

 ヒシッと抱き合う二人。愛の別れだ。

 小太郎が(アホなことやっとらんと早よ来いや!)と念を送っているが、知能の低い二人には届かない。


「でっぱーつ!うらーらーらー!」

 高速移動モードのラミ子ちゃんは、とぐろを巻いた状態からバネのように尻尾を弾ませてジャンプして移動する。

 軽装だと、胸が弾みまくってみんなの目を癒してくれるとても良いものなのだ。

 駿馬以外に見せたら金を取るよう言い含めてある。

 ラミ子ちゃんが離れたので、駿馬は焚き火の用意をはじめた。


 道幅およそ十メートルの地帯。

 ラミ子ちゃんは外壁からおよそ三百メートルのその地点を目指してダッシュというかジャンプというか、つまり駆けていく。

 計算通り、その一番道幅が狭い地点で接敵する。


「ひっ!さーつ!」

 高さ三メートルを超えるジャンプで、魔獣達の頭上へ飛び上がり、その巨大質量をもって圧し潰す。

「ラミ子プレース!かーらーのー!」

 その場で上半身をとぐろの下へと潜りこませ、頭を地面において、逆立ちの体制。

 そして頭頂部を支点にして、横回転を始める。

「ラミ子!トルネード!!」


 吹き荒れる鋼の竜巻。

 高速回転によって秒間二周する、巨大質量。

 炭素鋼の比類なき硬さ。

 ラミ子ちゃんの尻尾へのダメージもありそうに見えるが、鎧と尻尾の間にはしっかりと衝撃吸収のための緩衝材が仕込まれている。

 自分では着ることも脱ぐことも出来ない、というのが唯一の難点と言える。


 やっていることは、ブレイクダンスのそれだ。

 頭を地面につけて、回転する技。

 ラミ子ちゃんが幼体のころに、駿馬が自分でも出来ないカポエラやらテコンドーやらを教えていた時に思いついてしまった。

 この尻尾で、回し蹴りしたらヤバくね?と。

 たどり着いたのが、これだ。

 ブレイクダンス。

 攻撃の技名としても、ブレイクダンスってカッコいいと思う。


 知性ある人間ならば近づかなければいいだけなのだが、いかんせん暴走している状態の魔獣達は進むことしか考えない。

 ラミ子ちゃんの半径五メートル圏内の魔獣が、宙を舞う。ある者は腹から内臓を飛び散らせながら。またある者は顔面を半分失いながら。

 まるで誘蛾灯のようだと駿馬は思った。

 飛んで火にいる夏の虫。

 今のラミ子ちゃんは、魔獣殺戮装置として絶賛稼働中だ。


 小太郎と威吹は何をしているかというと、川側から抜けようとする魔獣をラミ子ちゃんの方へ誘導するお仕事だ。

 ちなみに斜面側にはトラ子ちゃんが待機している。

 座って睨みを効かせるだけで魔獣が全てラミ子ちゃん側へと逃げていく。

 殺戮装置よりもトラ子ちゃんを恐れるあたり、やはりトラ子ちゃんは獣の王かなんかなのだろう。


 数少ない魔鳥がラミ子ちゃんを越えて外壁を目指すのが見えたが、見事にモーリーがキャッチして息の根を止めていた。

 空の王者は梟なのだ。


 流石のラミ子ちゃんとて、七千匹の魔獣を鏖殺することは出来ない。

 体力的な問題で。

 死獣三百匹を超えたあたりでラミ子ちゃんは回転を止めた。というより、回転出来なくなったのだ。

 死骸が多過ぎて。


 小太郎と威吹は、道が埋まるように、魔獣の死骸を重ねていった。

 バリケードの完成だ。


 普通の木材や岩でバリケードを作っても、魔獣はそれを踏み越えたり破壊するのだが、魔素を含んだ彼等自身で出来たバリケードを越えようとは中々しない。

 仲間を悼む気持ちがあるというわけでも無かろうが。


 あとは魔嘯が終わるまで、ときたま溢れてくる何匹かの魔獣を討つだけの、簡単なお仕事だ。


「みんな、お疲れさーん!弁当でも食べて休憩すんべー!!」

「おわったー♫」

 ヘルメットを脱いでいつもの美しい青色の長髪を解き放つラミ子ちゃん。笑顔に玉の汗とドス黒い魔獣の血液が眩しい。

 本日のMVPはラミ子ちゃんだ。


「なあに…これぇ…嘘ぉ…」

「会長も食う?ローストビーフサンド」

「でもぉ…お高いんでしょ…?」

「いえいえ、ちょっと建物を作ってもらうだけで、金利手数料は当社持ち!今ならローストビーフサンドも付いてくる!」

「わぁー…安ぅーい…」

 放心している会長。

 今なら何でも言うことを聞かせられそうだ。


「あ、あの…おじさん…」

「ん?ああ、どうだった?」

「ええー、いやー、その…ラミ子さんって…魔王?」

「はっはっは。うちはみんなあんなだぞぅ」

 小太郎くらいだろうか、常識的な強さなのは。

 俺かい?俺はほら、やっと生きてる哺乳類だから…

「…アタイ達、こんな人達に守られてたんだね…」

「ここ半年はな。その前はほれ、この会長さん達が頑張ってたんだ。毎回怪我して、たまに死人も出て」

「…あたし達…何も、してなかった…」

「ま、これからは税金を納めないとな。壁の補修や、医者代も金がかかってんだ。安全はタダじゃない」

「うん…頑張るよ」


 そのためにも研修。教育だ。

 それには金がかかる。

 設備、人材、時間、ノウハウも要る。

 会長には色々出してもらわにゃいかん。


「会長、学校ってか塾みたいの作りたいんだ。校舎と宿舎を兼ねる建物と、風呂と、あと研究室とか、工場とかも」

「お高いんでしょーう…?」

「後から儲かるからさー」

「なら安ぅーい…」

「そうそう、安い安い」


 よっしゃよっしゃ!これで言いなりだな。

 沸いたお湯でお茶を入れるか、それとも乾燥昆布と干魚のスープにしようかと悩みながら、駿馬はもう笑いを隠せなくなった。


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