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エドガー六賢老♯3

 

 途中、三回休憩を挟んで、顔を洗い、煙草を吸った。

 加齢とともに涙腺が緩んできている自覚がある。

 ハンカチがグシャグシャだ。

 動物ものの映画なんて、恐ろしくて見られないのだ。

 涙活要らずの駿馬である。

 

 孤児は二十一人いた。

 ラシャは、老人もいるという話をしていたが、みな子供だった。老人はラシャの話を信用しなかったのだろう。それならそれでいい。


 恐怖の涙腺圧迫面接をどうにか終えた駿馬だ。

 まずは食事にしようと考えた。

 やることは色々あるが、まずはメシだ。

 駿馬はテーブルとイスを人数分宿から借り、裏庭に出した。厨房の裏手になる。

 移動を仲間達に任せ、駿馬は厨房に入る。

 屋台の料理を買って食べさせればいいと考えていたのだが、子供達の栄養状態は思ったよりも悪く、ガッツリ飯はやめた方が良さそうだと判断したのだ。

 煮込み料理を作っている時間は無い。


「なら、鍋だ。鍋料理しかねえ」


 かまどに炭を追加して、土鍋を置く。空いているかまどは三つ。追加も視野に入れなければならない。

 土鍋に湯をはり、沸かす。

 その間に材料を用意する。

 威吹を呼んで、しっかりと手を洗わせてから、野菜を刻ませる。威吹は刃物の扱いが上手いし、戦場においては炊事が出来なくてはならないため、経験があるのだ。

 宿からレニを派遣してもらい、雑用に使う。アスラ人はこういった作業に向かないからだ。威吹だけは身体の大きさ、形が人間に近いので、手伝ってもらえる。

 大根、人参、白菜。全部さいの目でいい。細かく刻ませる。シメジはほぐして、軽く水洗い。

 駿馬は猪肉を薄くそぎ切りにして、沸いた湯に片っ端からぶち込む。

 薄切りの肉はすぐに火が通る。

 大量のアクが出るので、全てすくい、固くならないよう一度肉を取り出す。

 そこに干し貝柱を入れ、刻んだ昆布を入れ、炙った魚の干物をほぐし入れ、最後にさいの目の野菜とシメジをぶち込む。白菜の葉っぱの部分はまだ入れない。

 沸騰寸前で一度かまどから外す。

 余熱で野菜に火が通るのを待つ。

 味つけは塩だけでいい。


 小麦粉に大目に水と、少しの塩を加えて、よくこねる。これは後で使う。


 土鍋を再びかまどにセットして沸かす。ここで白菜の葉っぱの部分を入れ、最後にさっき茹でた肉を乗っけてやる。

 トドメに鶏脂をひと回し。

 有り合わせ寄せ鍋の完成だ。


 雑ではあるが、キノコ、貝、肉、昆布、魚と。複数の旨味成分が相乗効果を発揮するように組み合わせた。

 肉のアクもとり、ほかの旨味は沸騰させないことで味を劣化させないようにした。

 鰹節や乾燥しいたけがあれば更に美味くなるし、本来駿馬はコンソメを使う。トマトなんてあれば最高なのだが、今日はこのへんで良しとしよう。


 テーブルでは子供達が待っていた。松明の灯りがオレンジ色の照明で照らしている。

 夜なので少し肌寒い。さっさと熱い鍋を食わせてやろう。


 深めの器に取り分けてやる。

 野菜は細かくしてあるので、火が通りやすく、味もよくしみており、しかもサジで食べやすい。箸が使える者はいないだろう。

 肉は大きいが、薄っぺらいので頑張って食べて欲しい。

 どうしても二杯目を考えると汁が足りなくなるので、汁をよそってやるのは少なめに。

 三つの土鍋の中身は汁を残してすぐに空っぽになった。


 すぐさま土鍋に野菜と肉を加え、今度は味噌を溶き入れる。そしてさきほどこねた小麦粉をちぎって入れて、煮込む。

 味噌味のすいとんだ。

 少し煮込んだ方がいいので、その間に威吹とラミ子ちゃんに食い物を買ってきてもらう。

 野菜が腹に入っているので、多少はガッツリでも大丈夫だろう。

 このへんで、そう言えば猪肉って、豚肉と違ってよく煮込んだ方が美味いんだったっけか…と思い出す。

 一杯目の肉の仕込みは失敗だったかもしれない。


 焼き鳥と、塩茹で牛を人数分。

 提供している間にすいとんが出来た。

 今度は汁もタップリ提供する。

 鍋は汁まで全て空っぽになった。


 子供達はみんな、汗と涙と鼻水とで、ひどい顔になっていた。


「おめーら!まだ食えるかー!?」


 はーーーい!!と、頼もしい返事が聞こえてくる。


 駿馬はデザートを仕入れにかかった。

 五平餅のようなものと、甘く煮付けた林檎の包み焼きを人数分買った。

 瞬く間に子供達の胃袋に消えていった。


 今日のところは駿馬の負けだ。

 明日は見ていろ、と。

 駿馬はリベンジを心に誓った。



 仲間達にテントの設営を頼んで、駿馬は子供達を連れて街へ出た。

 目的は銭湯だ。

 

 途中で質素な貫頭衣と草履を人数分購入する。

 下着だのなんだのは、また明日だ。


 銭湯に着いた。営業時間ぎりぎりなので、亭主は迷惑そうな顔をしていたが、駿馬は金貨を三枚払い、銭湯をしばらく貸切にすると言うと、大喜びしていた。

 蒸し風呂なので湯に浸かることはできないが、身体を洗う為の組み桶から湯を被ることは出来る。

 若干気掛かりだったのが女子の存在だが、男女で分けられていない作りのため、否応もなくみな一緒に入った。

 江戸時代の倫理観は、こうだ。性的行為は性的であるが、裸は性的なものではない。

 よって混浴なにするものぞ、と。

 アメリカに指導されて、男女分けられるようになったとか。



 よってラシャもレニも一緒だ。



「…いや、この作りはどうなんだ。ダメだろ」

 とはいえ、銭湯に子供達が入ったことが無い以上、駿馬が監督するしかないわけであり、都合はいいわけなのだが。

「あの…おじさん、背中、流すね…」

 素っ裸のラシャが備え置きのヘチマを持って寄ってくる。

 レニもだ。

 こう比べてみると、やはり他の子供達とは身体の起伏が違う。

 十八歳なのだ。そうなのだ。だから大丈夫。

 いや、それむしろダメじゃない?なんで十八歳で混浴してんの?

 あれ、じゃレニは何歳よ?

 あれ、そもそも何がダメなんだっけ?

 駿馬の倫理観は、よく分からないことになっていた。

「んしょ…」

「いや、なんで、背中にへばりつく?」

「気持ちいいかなって」

「…否定はしないが、何故手を前に」

「だって、届かないもん」

「どこに…掴むなっ!?」

「おっきくなってるよ?えへへ…」

「だーらって、こんなとこでおっ始め…いや、乗ってくんなって、馬鹿、入る入る入る!やめい!」

「あの、先生、あたいもしていいかな?」

「ダメです!」

「じゃあ、あたいに…」

「もっとダメです!」

 駿馬は頭がクラクラしてきた。暑さのせいだけではない。

「俺より、この子達洗うの手伝ってくれ」


 子供達から出た大量の垢や汚れは、店主にとっては歓迎出来ないものであろうが、迷惑代を含めて駿馬は大金を払ったのだ。

 自作の石鹸はすっかり使い切った。

 女性陣は肌から香る花の香りにウットリとしていた。

 小さくても、女性は女性なのだ。


 湯冷めしないよう、早足で帰った。


 宿の裏庭には簡易的なテントが設営されていた。

 地面に刺した竹を組み合わせ、布を繋ぎ合わせて作ったシートを被せただけのもの。風除けにしかならないが、大切なのは外と隔絶させること。

 大量にストックしてあった魔猪の毛皮を敷き、シーツを広げてやれば、柔らかでほどほど清潔で暖かい寝所が完成する。

 掛け布団がないが、子供達の体温は高い。今夜はこれで我慢してもらおう。


 色々あったが、今日はここまでだ。

 何より、腹が減った。


 アラン達が帰った後のミーティングルームで、大分遅い夕食をとる。

 屋台の売れ残りを小太郎がまとめ買いしておいてくれた。それらをつまみに駿馬は、エールだかビールだか分からないが、意外に冷えた麦酒を飲む。

 ラミ子ちゃんは肉を好む。今日はよく働いてくれたので、駿馬が昼に買った肉煮をタップリ取り分けてやる。他にも茹で牛肉や揚げ鳥など、肉食系女子っぷりを披露している。

 小太郎は野菜と果物と穀物を好むが、肉も食べられる。肉肉しいものは苦手だが、肉煮は臭みが無いので好物としている。多めに取り分ける。乾杯の一杯は駿馬と同じものを。途中からはワインを飲んでいる。

 トラ子ちゃんは子供達に混じって鍋とすいとんを食べていたのでそんなに腹が減っていなかったらしく、塩茹で牛肉を食べたあと、今はワインを舐めながら果物をつまんでいる。

 モーリーは肉しか食べない。茹でた牛の肉を食べているが、本人は生肉を好む。

 威吹は駿馬と同じメニューで、芋の酒をチビチビとやっている。そんなに強くはないのだが、酒の味にはそこそこうるさい。料理ごとに酒を替えて呑むのを至福としている。


 仕事の手が空いたディンが駆け寄ってきた。

 深く、深く頭を下げて、礼を言ってきた。

 駿馬は顔をソッポ向かせて、飽くまで軽く受け答えした。


 明日から社員研修を始めねばならない。

 今日は深酒はしないで、早々に寝ぐらに帰ることにする。

 ラシャとレニには三階の駿馬の部屋を与えた。レニは昼勤になるので、二人で駿馬の部屋に住むこととなった。

 五人のアスラ人と連れ立って、屋敷に戻ることにする。

 今日は小太郎が帰りも背中に乗せてくれた。


「兄貴、今日はお疲れさん」

「あいよ。明日からも、頼むよみんな」




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